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行き着く先は餓死か……「農業」が商業化することで揺らぐ日本の食料安全保障

改正農協法、改正農業委員会法、改正農地法が8月28日の参院本会議で可決、成立。着々と農業改革が進んでいます。そんな中、中小企業診断士であり作家の三橋貴明さんがあるべき農業の形について話しています。

農業の商業化を推し進めようとする国家戦略は誤りだ

ないがしろにされる食料安全保障の確保

この世には、二種類の農業しかない。すなわち、国民農業と商業農業だ。
国民国家における農業の目的は、本来は「国民の農産物への需要を満たす」になる。すなわち、国民を飢えさせないためにこそ、農業はあるのだ。

国民を飢えから守るための農業について、筆者は「国民農業」と名付けた。国民農業においては、目的が「国民を飢えから守ること」すなわち食料安全保障の確保となる。当然、農業における「利益」の優先順位は下がる。

別に、農家が利益を出す必要はない、などと言っているわけではない。食料安全保障を破壊してまで「利益最大化」を求める農業は、国民農業ではないと言いたいだけだ。そう考えると、利益最大化を求める株式会社が国民農業を営むことは、不可能に近い。元々、株式会社と国民農業とでは、目的が違いすぎるのだ。

国民を飢えから守ることを目的とする国民農業に対して、ビジネス上の利益を追求する農業については「商業農業」とネーミングした。すなわち、国民の胃袋を満たすのではなく、「市場(グローバル市場含む)」で農産物を販売し、利益を上げることを目的とした農業である。

当たり前の話だが、別に一国内において国民農業と商業農業が混在していても構わない。但し、国民の食料安全保障が満たされているという前提の上での話だが。

食料安全保障について考えたとき、特に重要になるのが「穀物」の自給率である。何しろ、澱粉質を主体とする穀物は保存もきき、国民の命を繋ぐ「超・戦略物資」なのだ。

2011年 主要国の穀物自給率(単位:%)

我が国の穀物自給率はわずか28%と、惨憺たる有様になっている。無論、主食であるコメの自給率は100%を超えているのだが、小麦、大豆、トウモロコシといった主要穀物については、圧倒的に輸入に頼っている。

他の主要国を見ると、例えばイギリスは「生産額ベース自給率」が、実は日本よりも低い。ところが、こと「穀物自給率」に限って言えば、100%を上回っているのだ。

イギリスと日本と、どちらが国民の生命を繋ぐ食料安全保障について真剣に考えているだろうか。説明を要するとは思えない。

ちなみに、日本への穀物に関する最大の輸出国はアメリカだ。日本国はアメリカに「国民の胃袋」の大部分を依存しているのだ。

「国民農業」の供給能力が不十分な我が国において、政治家の多くが、「日本の農業は付加価値が高い農産物に特化するべきだ」などと主張しているわけだから、絶望感を覚える。「付加価値=粗利益」が大きい農業とは、もちろん「商業農業」の話になる。

Next: 「国民農業」から「商業農業」へシフトしたその先にあるものとは


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「国民農業」から「商業農業」へシフトしたその先にあるものとは

現在の日本は、国家戦略として「国民農業」から「商業農業」へのシフトを進めている。例えば、農林水産省は農家の所得倍増の目標を掲げ、「六次産業化」を推進しているのだ。

ちなみに、日本を除く先進国のほとんどは、農家の所得の大半を「税金」から支払っている。食料安全保障を維持するためには、農家に農業を継続してもらわなければならない。農地が売却され、商業地や住宅地に転用されていくと、いざ、外国から農産物の輸入が停まり、国内で生産を再開しようとしてもどうにもならない。

食料安全保障確立のためには、農地が農地であること。さらには、農地で実際に農業を営む「人材」が存在していることが必要不可欠なのだ。人材たる農家に農業を続けてもらうためには、農家の所得の九割強が税金からの支払いでも構わない(欧州は実際にそうである)。それ以外に、食料安全保障を確保することはできない。と、ごく真っ当なことを考えているわけだ。

それに対し、農水省が推奨する「六次産業化」は、農家に対し「加工業や流通業、卸売業や小売業に載り出せ」と、ビジネスの拡大を求めているのである。現在の農林水産省は、国民農業や食料安全保障の意味を完全に見失ってしまっている。別に、農家の所得倍増を目指しても構わないが、方法は(欧米のように)税金からの支払いを増やす以外にはなく、間違っても商業農業化ではない。

あるいは、TPP推進論者は、「日本の農業は付加価値を高め、世界に打って出ればいい」と、無責任に主張する。まさに、国民の「食」を守る国民農業から、グローバルに「稼ぐ」商業農業へと転換するべきと主張しているわけだ。

イギリス支配下のインドでは商業農業転換で大飢饉が何度も発生

自民党のある衆議院議員は、テレビのTPP討論番組において、筆者に対し、「日本の農業は付加価値がある作物に特化すればいい」と、主張した。

まさに、農業が「国民農業」である意味を全く理解していない発言であり、政治家たる資格がない。
日本の農家のほとんどが「付加価値がある作物」に特化したとして、その後、我が国の食料輸入が途絶えたらどうなるのか。国民が飢え死にすることになる。

ちなみに、帝国主義時代のアジア・アフリカ諸国の多くは、農業が国民農業から商業農業へと転換させられてしまう。いわゆる、プランテーションだ。

欧米諸国が「植民地」で推進したプランテーションは、被支配地域の社会・環境を取り返しがつかない水準にまで破壊した。同時に、被支配地域では飢えが常態化してしまう。何しろ、住民(植民地は国家ではないため、「国民」ではなく「住民」と表現している)の胃袋を満たす国民農業の規模を強制的に縮小させられ、農地の大半がゴムやコーヒー豆、綿花、芥子等の商業農業の農地へと変わってしまったのだ。

ちなみに、最も悲惨な状況になった被支配地域はインドである。イギリス支配下のインドでは、農業がイギリス本国の工場で使われる綿花の生産に特化させられ、数百万人が餓死する大飢饉が何度も発生している。

帝国主義時代の植民地の住民たちは、欧米の軍事力により国民農業から商業農業への転換を強いられたのだ。それに対し、現在の日本は自ら率先して国民農業を捨て、商業農業へとシフトしようとしている。

日本の農業が商業農業へと特化していった場合、将来的に日本国民に待ち受けるのは「餓死」である。

週刊三橋貴明 ~新世紀のビッグブラザーへ~』 Vol.326より抜粋
※太字はマネーボイス編集部による

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