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新規上場したワシントンホテルは、顧客の見えない不満を解消してさらに成長できるのか

ワシントンホテル<4691>は、10月18日東証2部、名証2部に新規上場しました。同社の株価は、公募価格1,310円に対して初値は+11.60%の1,462円をつけました。(イノベーションの理論でみる業界の変化

本記事は『イノベーションの理論でみる業界の変化』2019年11月26日号の一部抜粋です。全文にご興味をお持ちの方はぜひこの機会に、今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール:山ちゃん
東京でシステムエンジニアおよびITコンサルタントとして大企業の情報システム構築に携わったあと、故郷にUターンし、現在はフリーで活動。その後、クリステンセン教授の一連の名著『イノベーションのジレンマ』『イノベーションへの解』『イノベーションの最終解』を読んで衝撃をうけ、イノベーションをライフワークとしている。

初値は公募価格から11.60%上昇し、1,462円でスタート

ワシントンホテルをジョブ理論の視点からみる

ワシントンホテル株式会社<4691>(以下、同社)は、2019年10月18日東証2部、名証2部に新規上場しました。業務内容は、ホテル事業の運営およびゴルフ場のクラブハウス内にあるレストランの運営受託です。

同社の株価は、公募価格1,310円に対して初値は1,462円をつけました。差異率は+11.60%。なお、11月25日時点の株価は1,383円です。

クレイトン・M・クリステンセン他『ジョブ理論』(ハーパーコリンズ・ジャパン)によれば、この理論はクリステンセン教授たちが長年の歳月を費やして練り上げたもので、次の新しい機会を見つける方法を示し成長のための筋道を明らかにするだけでなく、イノベーションを予測可能にし、その効果は、アマゾンのジェフ・ベゾスらによっても確認されているといいます。

では、このレンズを通して同社のビジネスモデルを眺めると何がみえてくるのでしょうか。これはまたある意味において、イノベーションを生み出すための「思考実験」だともいえます。

ビジネスモデルの特徴

同社グループは、次の3つのホテル・ブランドを有しています。

(1)ワシントンホテルプラザ
「ワシントンホテルプラザ」は1969年の1号店開業以来、50年の歴史があり、高度経済成長の時代の中、低料金で安全に泊まることができるスタイルがビジネスパーソンに支持をされ出店を伸ばしてまいりました。ビジネスホテルのチェーンとして、全国の多くのビジネスパーソンに認知していただいております。主要駅もしくは繁華街に近い「立地」と、老舗としての「安心感」が評価されており、部屋タイプは、シングル、ツイン、ダブルと各種タイプの部屋を保有しております。また、一部のワシントンホテルプラザには飲食店や宴会場を併設し、幅広い顧客ニーズに対応しております。利便性の高いビジネス・観光の拠点となるよう直営18ホテルをチェーン展開しております。

(2)R&Bホテル
「R&Bホテル」は宿泊特化型ホテルとして首都圏を中心に、全国で直営23ホテルのチェーン展開を行っております。毎朝、スタッフが焼き上げるあつあつの焼きたてパン、挽きたてのコーヒー、ジュース、スープ、味付けゆで玉子を無料で提供することで、付加価値の向上を目指しております。また、スタッフの95%以上が女性であり、細やかな配慮で、少しでもお客様のお役に立てるよう親切な応対を心がけており、女性のお客様でも安心してお泊りいただけます。

客室はR&Bホテル八王子の16室のツインを除いて他はすべてシングルであります。さらに、チェックインの工程を細分化し、宿泊台帳記入や金銭授受には従業員の人手を介さず、宿泊台帳記入は館内の案内表示にてお客様を誘導することで対応し、金銭授受は自動精算機を導入して対応するなど少人数オペレーションを徹底し、業務効率を上げることでリーズナブルな価格での提供が可能となっております。

(3)名古屋国際ホテル
「名古屋国際ホテル」は、1964年に名古屋初の本格的都市型ホテルとして開業した、歴史と伝統ある老舗ホテルであり、飲食店舗と宴会場を付帯して運営しております。名古屋市の繁華街である栄の中心に位置し、立地の良さでビジネスをはじめ、観光客からも支持されております。

同社グループは、ビジネス客・観光客・スポーツ遠征客等の一般顧客に対し、客室等サービス、料理・飲食・会場等サービスを提供し、その対価として収益を得ます。

ビジネスモデル的にみれば、同社グループのそれは、未完成または不完全な事物を高付加価値の完成品──客室・料理・飲食・会場等サービス──へと変換する価値付加プロセス型事業です。

同社グループは経営方針の一つとして「顧客満足度の向上」を、事業等のリスクとして「経済、金融動向に伴うリスク」「競合他社の出店、競争過熱に伴うリスク」「事業遂行上のリスク」等をあげています。

Next: ワシントンホテルが今後、成長するために取り組むべき課題とは?



思考実験──片づけるべき用事とは

『ジョブ理論』によれば、以下の問いに答えることで用事をより具体化できるようになる、としています。

1.その人がなし遂げようとしている進歩は何か。求めている進歩の機能的、社会的、感情的側面はどのようなものか。

2.苦心している状況は何か。誰がいつどこで何をしているときか。

3.進歩をなし遂げるのを阻む障害物は何か。

4.不完全な解決策で我慢し、埋め合わせの行動をとっていないか。ジョブを完全には片づけてくれない商品やサービスに頼っていないか。複数の商品を継ぎはぎして一時しのぎの解決策をつくっていないか。

5.その人にとって、よりよい解決策をもたらす品質の定義は何か、また、その解決策のために引き換えにしてもいいと思うものは何か。

出典:『ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム』(第2章 プロダクトではなく、プログレス)

用事の特定

イノベーションを起こすための最初のステップは、ある状況下で顧客がなし遂げようとしている進歩を特定することです。そして、その進歩には機能的、感情的、社会的側面があり、どれが重視されるかは文脈によって異なってきます。また、用事を特定することにより、真の競合相手もみえてきます。では、同社の場合はどうなるのでしょうか。

今回は、同社グループの経営方針の一つである「顧客満足度の向上」を取り上げます。同社グループはそれを次のように認識しています。

お客様の一つひとつの声と向き合い、「不満」「不安」「不快」といった「不」の解消に努め、改善を図っていきます。また、ハード面に加えて、接遇面の教育を強化しソフト面の向上を図ります。

ここで着目したいのは「不快」の解消。『医療マーケティングの革新』は次のように指摘しています。

(前略)コンタミネーション知覚とは、他者の製品使用後の痕跡に対する感覚知覚である((Argo et al.,2006)。医療機関では通常の施設よりも、患者が接触に対して神経質になっていると考えられる。

実際に、待合室の入り口においてあるスリッパに、われわれは何となく抵抗感を感じる。前の患者が使った直後の生温かいスリッパを直接履かずとも、外側のカバーに触れただけでも、不安を感じてしまう。あるいは、他の患者が座った温もりの残るソファーに座ることにも少なからず抵抗を感じる。温もりを通してその患者の何かを受け取ってしまいそうな気がしてしまうからである。

スリッパやソファなどにみられるこのような現象はコンタミネーションの一種であり、他者が対象に接触することで付着する何かを消費者がネガティブに知覚する。

これと同じことは、ホテルの待合室にあるソファーについてもいえます。こういった状況で待合室にあるソファーを雇うとする顧客がなし遂げようとする進歩の機能的側面は「腰をかける」ということ。感情的側面として「リラックスする」、社会的側面として上記のような「コンタミネーション知覚」を重視するでしょう。

なお、同社グループは、新規参入者を含めた競争について次のように認識しています。

既存の競合他社に加え、民泊という新業態の参入のほか、昨今は異業種からの業界参入もあり、競争激化により集客が低下し、当社グループが展開するホテルの稼働率が低下する可能性があります。

Next: ワシントンホテルがすべきは、顧客が声を上げない不満を解消すること



体験の構築

用事が特定できたら、次になすべきことは、顧客がなし遂げようとしている進歩に伴う体験を構築することです。製品・サービスの購入時や使用時におけるすぐれた体験が、顧客がどの製品やサービスを選ぶかの基準になるからです。では、同社はどのような体験を構築すればいいのでしょうか。

待合室にあるソファーを雇うとする顧客にとって障害となり得るのは、先に述べたように、他人が座った温もりの残るソファーに座ること。この障害を取り除くことは、顧客にとっては不快の解消につながり、それはある意味ですぐれた体験といえます。ただし、一部のいわゆるクレーマーは別として、一般の顧客が「さっき座ったソファーが生温かった」という声をあげるかは疑問です。

プロセスの統合

最後は、顧客がなし遂げようとしている進歩のまわりに社内プロセスを統合し、顧客に対して彼らが求める体験を提供します。そうすることにより、プロセスは摸倣が困難になり競争優位をもたらすのです。

上記で触れたように、そもそも顧客が声をあげなければ、同社グループがいうように「お客様の一つひとつの声と向き合い」ということができません。いずれにしても、「生温いソファー」という顧客の不快を解消するためには、ハード面とソフト面の対応が必要です。

まずハード面として、ソファーの素材を改良し、他人が座った温もりが残りづらくすることがあげられます。次にソフト面として、接遇の工夫があげられます。例えば、他の人が座ったばかりのソファーを避けて、別の空いているソファーに案内する係員を配置することも検討に値するでしょう。ただし、これらのことは容易に模倣されてしまいます。したがって、社内プロセスの統合という意味で同社グループにとっての課題となるのは、デザインや美観等に優れたオリジナルのソファーを開発すること、接遇面で従業員に対して独自の教育を施すこと等です。

では、同社グループがこうした取り組みを行おうとするのであれば、業績の評価基準をどうすればいいのでしょうか。クリステンセン教授たちは次のように指摘しています。

ジョブ理論は、プロセスを何に合わせて最適化するのを変えるだけでなく、成功の尺度も変える。業績の評価基準を、内部の財務実績から、外部的に重要な顧客ベネフィットの測定基準へと移す。

・顧客の行動について集めたデータは、客観的に見えてもじつは偏っていることが多い。データはとくに、ビッグ・ハイア(顧客がなんらかのプロダクトを買うとき)だけを重視し、リトル・ハイア(顧客がなんらかのプロダクトを実際に使うとき)を無視している。ビッグ・ハイアが、顧客のジョブをプロダクトが解決したことを意味する場合もあるが、本当に解決したかどうかは、リトル・ハイアが一貫して繰り返されることによってしか確認できない。

この指摘を踏まえるのであれば、同社グループはリトル・ハイア──待合室のソファーに座る人の数──を業績の評価基準とするのが得策だということになります。

【参考文献】

・クレイトン・M・クリステンセン他[著]、依田光江[訳]『ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム』(ハーパーコリンズ・ジャパン)
・クレイトン M.クリステンセン『C.クリステンセン経営論』(ダイヤモンド社)
・クレイトン・M・クリステンセン『医療イノベーションの本質─破壊的創造の処方箋』(碩学舎ビジネス双書)
・恩藏 直人/編著 岩下 仁/編著『医療マーケティングの革新』(有斐閣)
・有価証券届出書(新規公開時)


本記事は『イノベーションの理論でみる業界の変化』2019年11月26日号の一部抜粋です。全文にご興味をお持ちの方は、バックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。

image by:Soloviova Liudmyla / Shutterstock.com

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イノベーションの理論でみる業界の変化』(2019年11月26日号)より一部抜粋

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クリステンセン教授たちが練り上げた「片づけるべき用事」の理論は、これまで不可能とされてきたイノベーションの予測を可能にし、その効果はアマゾンのベゾスらによっても確認されているといいます。3年目になる2018年からは内容を刷新し、従来のMBAツールとは一線を画すこの優れた理論を使い、各業界におけるイノベーションの可能性を探ります。これはイノベーションを生み出すための「思考実験」にもなります。なお各号はそれぞれ単独で完結(モジュール化)しているので、関心がある業界(企業)を取り上げた号を購読していただけます。

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