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平和の破壊。「暴政」北朝鮮をどうやって追い詰めればいいのか?

核実験や長距離弾道ミサイル発射を行うなど国際社会の声を無視する北朝鮮に対して、国連安保理が全会一致で採択した制裁決議。現在各国が経済制裁を行っていますが、その効果はあるのでしょうか。もしも効き目がなかった場合、次なる一手は? メルマガ『NEWSを疑え!』で軍事アナリストの小川和久さんが詳しく解説しています。

経済制裁に続く「海上封鎖」とは

Q:北朝鮮が相次いで実施した核実験(2016年1月6日)と人工衛星打ち上げを名目とする大陸間弾道ミサイル開発実験(2月7日)を受けて、日米韓が国連安保理の制裁発動を目指すなか、日本は独自制裁を決めました。米国と中国も「これまでにない厳しい内容」としてミサイル開発にも影響が出る航空燃料の輸出禁止をはじめ、外貨獲得につながる北朝鮮産の石炭や鉄鉱石など資源の輸入を禁止することなどで合意しました。今回は、こうした経済制裁の効果はどのようなものか、そして経済制裁の次にくる海上封鎖とは何なのかについて、聞かせてください。

小川:「北朝鮮に対する制裁は日米韓が中心となって国連安保理に働きかけてきましたが、中国の慎重な姿勢で安保理の議論は停滞していました。そこで3国は電話による首脳会談などで連携・調整を進め、それぞれが独自の制裁に踏み切ると発表。同時に中国にさまざまな要請を続け、中国の重い腰を上げさせたわけです」

「日本政府が2月10日の国家安全保障会議(NSC)で決定・発表した独自の制裁項目を、首相官邸サイトの『我が国独自の対北朝鮮措置について』のページに基づいてリストアップしておきましょう。付け加えた《復活》は、ストックホルム合意後の2014年7月にいったん解除した措置を復活したもの、《強化》は同様の措置をより強化したもの、《新規》は今回新たに設定したものです。なお下記以外に、北朝鮮に対する全品目の輸出入禁止と航空チャーター便の乗り入れ禁止措置が継続されています」

●日本の対北朝鮮制裁措置

【1】人的往来の規制措置

  1. 北朝鮮籍者の入国の原則禁止《復活》
  2. 在日北朝鮮当局職員及び当該職員が行う当局職員としての活動を補佐する立場にある者の北朝鮮を渡航先とした再入国の原則禁止(対象者を従来より拡大)《復活・強化》
  3. 我が国から北朝鮮への渡航自粛要請《復活》
  4. 我が国国家公務員の北朝鮮渡航の原則見合わせ《復活》
  5. 北朝鮮籍船舶の乗員等の上陸の原則禁止《復活》
  6. 「対北朝鮮の貿易・金融措置に違反し刑の確定した外国人船員の上陸」及び「そのような刑の確定した在日外国人の北朝鮮を渡航先とした再入国」の原則禁止《復活》
  7. 在日外国人の核・ミサイル技術者の北朝鮮を渡航先とした再入国の禁止《新規》

【2】北朝鮮を仕向地とする支払手段等の携帯輸出届出の下限金額を100万円超から10万円超に引き下げ《強化》/人道目的かつ10万円以下の場合を除き北朝鮮向けの支払を原則禁止《「3000万円超の送金の報告義務」から強化》

【3】人道目的の船舶を含む全ての北朝鮮籍船舶の入港を禁止《「人道目的以外」から強化》/北朝鮮に寄港した第三国籍船舶の入港を禁止《新規》

【4】資産凍結の対象となる関連団体・個人を拡大《強化》

日朝政府間協議におけるストックホルム合意(2014年5月29日発表)

小川:「北朝鮮はその後、日本独自の制裁措置に反発し、日本側がストックホルム合意の『破棄を公言した』と決めつけ、拉致被害者を含む日本人の包括的な調査を全面的に中止すると宣言、国家安全保衛部が率いた特別調査委員会を解体するとしています。これについては、特別調査委員会という担当組織による決定であり、最高指導部が関与していないというところがミソで、日朝間の交渉の余地を十分に残すものです」

北朝鮮制裁は中国がカギ

Q:経済制裁の効果をどう考えますか?

小川:「経済制裁の効果が実際にどのくらいあるかは、議論が分かれるところです。尻抜けというかザルというか、形だけの経済制裁も珍しくありません。アメリカやEUはクリミアを併合したロシアに対して経済制裁をおこないました。政府高官の渡航禁止、在欧資産凍結、特定企業との取引禁止などです。ところが、アメリカはプーチン大統領と取引関係のある銀行を制裁対象とする一方で、それを含めると自国が困るロシア企業は制裁対象リストから抜いてあります。ロシアもアメリカに対抗して経済制裁を発動しましたが、やっぱり自国が困る企業を抜いてあります」

「今回の対北朝鮮制裁は、北朝鮮の最大の貿易相手国である中国がカギとなります。2月9日には米国のクラッパー国家情報長官が上院軍事委員会の公聴会で、北朝鮮の貿易の対中国シェアは約90%と証言しました。北朝鮮最大の輸出品は石炭で、北朝鮮の年間受け取り額は12億ドル約1,400億円)というのです。もともと北朝鮮とほとんど貿易をしていない国がいくら経済制裁を強めても効果はほとんどありません。贅沢品が入ってこないというような制裁は、国として耐えられないものではないからです」

「そもそも北朝鮮は、2006年に実施した最初の核実験に対する国連安保理決議1,718の時点から経済制裁を受けています。決議の主な内容は、次のとおりでした。北朝鮮の核実験やミサイル発射が国連安保理決議違反とされるのは、この決議1,718に反するからです」

●「北朝鮮核実験実施に対する国連制裁決議」の主な内容(2006年10月14日)

小川:「国連安保理が北朝鮮に対して国連憲章第41条に基づく経済制裁を実施すると決めてから、今年で10年め。その間に北朝鮮は09年、13年、16年と3回も核実験を、09年、12年4月、12年12月と人工衛星打ち上げを名目とする大陸間弾道ミサイル開発実験を、それぞれ強行したわけですから、この意味では経済制裁の効果は薄かったといわざるをえませんね」

海上封鎖は平時と戦時の分水嶺

Q:経済制裁に効きめがないとなれば、その次にくる制裁は?

小川:「経済制裁が効かないからといって、一気に軍事的な制裁が始まるわけではありません。今回の航空燃料の禁輸などが効果を現す可能性もあります。しかし、それも効き目がなかった場合、軍事制裁に向かう一歩手前の重要なステップがあります。平時の非軍事的措置と戦時の軍事的措置の境目に位置し、『分水嶺』となるのが『海上封鎖』です」

「海上封鎖とは、ある国が海軍力を使って他国の港湾への船舶の出入港を阻止することです。戦争中にも作戦の1つとしておこなわれる場合がありますが(戦時封鎖)、ここで考える海上封鎖は非軍事的措置の一環とされる平時封鎖です。具体的には、海軍艦艇によって出入りする船を臨検、つまり強制的に船内に立ち入り、船舶書類を検査したり船内を捜索したりして、必要に応じて船の行き来を止めたりするわけです」

「ただし、海上封鎖というのは臨検して船をストップさせるだけではありません。海上封鎖をおこなうときは、封鎖を突破しようとする船舶があれば阻止する準備を整えるなど、いつでも軍事攻撃に移ることができる態勢をとるものです」

「たとえば、米政府・米軍はアメリカ人が滞在する世界各地で非戦闘員退避計画(NEO=Non-combatant Evacuation Operations)を立てており、朝鮮半島でも何通りかの計画をもっています。メインのそれは、3,000メートル級滑走路を備え1日5,000人(望ましいのは9,000人)の収容能力がある主要空港を確保し、米兵家族や政府関係者など12万5,000人を航空機で国外に退避させるものです。最初の7日間で空港確保などの準備を終え、10日めから避難を始め、23日めに終了する計画です。アメリカ人が航空機で朝鮮半島から続々と脱出しはじめれば、それと同時に海上封鎖を行う米軍と同盟国の艦艇が朝鮮半島周辺に展開します。NEOは、軍事攻撃をも辞さない圧力の1つとして実施され、相手の態度を変えさせることまで狙っているのです」

「ところが、安倍晋三首相が2014年段階の記者会見で日本人母子を描いたパネルを使って説明したような船舶による朝鮮半島からの退避は、メインの計画ではありません。アメリカは『海上輸送によるNEOは実施困難』としており、船舶によるNEOは、展開される海上封鎖部隊と調整できた場合だけとされています。海上封鎖は、小競り合いから軍事制裁へと移行しかねない分水嶺ですから、それ以前に自国民を主に航空機で避難させるわけです」

Q:経済制裁は国連憲章第7章第41条に基づきますね。国連憲章では海上封鎖はどう位置づけられているのですか?

小川:「長くなりますが、第39条から第51条まである国連憲章第7章の第42条までをざっとお読みください。第39条は、国連安保理が平和への脅威・平和の破壊・侵略行為を認定し、勧告し、第41条や第42条の措置を決めるという大枠の規定です。第40条は、勧告や措置の決定以前に要請もありというただし書き。第41条は、兵力の使用を伴わない措置で、これが経済制裁です。第42条は、陸海空軍による軍事行動です。その次の第43条は、国連軍について書いてあります」

【資料】
国連憲章 第7章 平和に対する脅威、平和の破壊及び侵略行為に関する行動

第39条
安全保障理事会は、平和に対する脅威、平和の破壊又は侵略行為の存在を決定し、並びに、国際の平和及び安全を維持し又は回復するために、勧告をし、又は第41条及び第42条に従っていかなる措置をとるかを決定する。

第40条
事態の悪化を防ぐため、第39条の規定により勧告をし、又は措置を決定する前に、安全保障理事会は、必要又は望ましいと認める暫定措置に従うように関係当事者に要請することができる。この暫定措置は、関係当事者の権利、請求権又は地位を害するものではない。安全保障理事会は、関係当時者がこの暫定措置に従わなかったときは、そのことに妥当な考慮を払わなければならない。

第41条
安全保障理事会は、その決定を実施するために、兵力の使用を伴わないいかなる措置を使用すべきかを決定することができ、且つ、この措置を適用するように国際連合加盟国に要請することができる。この措置は、経済関係及び鉄道、航海、航空、郵便、電信、無線通信その他の運輸通信の手段の全部又は一部の中断並びに外交関係の断絶を含むことができる。

第42条
安全保障理事会は、第41条に定める措置では不充分であろうと認め、又は不充分なことが判明したと認めるときは、国際の平和及び安全の維持又は回復に必要な空軍海軍または陸軍の行動をとることができる。この行動は、国際連合加盟国の空軍、海軍又は陸軍による示威、封鎖その他の行動を含むことができる。

国連憲章テキスト

小川:「海上封鎖という言葉は国連憲章には出てきませんが、第41条に『航海』の『全部又は一部の中断』とあり、経済制裁の最終段階と考えることができます。一方、第42条に『空軍、海軍又は陸軍による示威、封鎖その他の行動』とありますから、海上封鎖は42条の軍事的な措置につながる行動とも見なすことができます。海上封鎖は、国連憲章では第41条と第42条の間の行動と位置づけられている、まさに分水嶺なのです」

キューバ危機は核戦争寸前

Q:では、北朝鮮への経済制裁にあまり効果がないからといって、軽はずみに「次は海上封鎖だ」などと口にすべきではありませんね?

小川:「そうです。海上封鎖にともなう臨検は、公海上とはいえ、監視の目が行き届きません。そこで小競り合いが起こり、死傷者が出るなどして緊張が高まり、一気に戦争に突入する恐れもあります。国連安保理の決議がなくても、『この指止まれ』で有志連合による北朝鮮に対する軍事制裁がおこなわれる可能性は、ゼロではありません。そうなれば韓国は大混乱し、崩壊してしまう恐れすらあるでしょう。大量の難民が中朝国境を越えて流入することは中国も絶対に困りますし、日米もよいことなどありません。軍事制裁の一歩手前の海上封鎖は、本当に打つ手がなくなった最終段階の話です」

「海上封鎖で誰もが思い出すのは、1962年のキューバ危機ですね。1959年1月のキューバ革命で誕生したカストロ政権は、当初アメリカと友好関係を保つとして全方位外交を掲げ、革命の同志で工業大臣になったチェ・ゲバラを訪日させたりしましたが、アメリカが冷遇した結果、キューバはソ連に接近して共産化を進め、アメリカとの対立を深めました」

「1960年3月には米アイゼンハワー大統領とCIAがカストロ政権転覆計画を秘密裏にスタートさせます。キューバからの亡命者1,500人を反革命傭兵軍として組織化し、上陸作戦の訓練をしています。1961年1月に就任したケネディ大統領は計画を引き継ぎ、4月15日にピッグス湾事件を起こしましたが、CIAがキューバ軍を過小評価したうえ、米空軍の援護がうまくいかず失敗に終わりました。直後にアメリカは経済制裁の発動を発表し、8月には再度のキューバ侵攻作戦準備をスタートさせます。一方、ソ連はキューバへの爆撃機やミサイルの配備を秘密裏に進めました」

「1962年10月14日に米軍のU-2偵察機がミサイルを発見すると、緊張は一気に高まり、ケネディ大統領は22日の全米テレビ演説でキューバに核ミサイルが持ち込まれたと発表してソ連を非難する事態となりました。大統領は翌23日、海上封鎖、つまりキューバ海域の公海上に設定した海上封鎖線に向けて航行するソ連貨物船を米海軍艦艇が臨検する命令書に署名し、従わない貨物船は警告のうえ砲撃すること、ソ連側から銃撃などの敵対行為があれば撃沈することも指示しました」

「同時に全世界の米軍は臨戦態勢をとり、米国内の大陸間弾道ミサイルの発射準備をする、核爆弾を搭載したB-52戦略爆撃機や核ミサイル原潜をソ連国境近くに進出させ24時間体制で警戒するなど、全面核戦争の危機が現実になったのです。ソ連政府は貨物船に対し、米海軍の設定した海上封鎖線を突破せず引き返すよう指示しましたが、10月27日にはキューバ上空でU-2偵察機がソ連軍の地対空ミサイルで撃墜され、この日は後に『暗黒の土曜日』と呼ばれるようになりました」

「2002年に公になったことですが、同じ27日、米海軍がキューバ近海でソ連潜水艦B-59を捕捉し、これが核武装していると知らずに演習用爆雷を投下する事件が発生します。同艦では報復の核魚雷を発射するかどうか議論となり、艦長・政治将校・副艦長の3人の承認が必要だったところ、副艦長アルヒーポフだけが拒否して発射が回避された、とされます。当時の米国防長官ロバート・マクナマラは2002年に『当時の我々の認識以上に、我々は核戦争に近づいていた』と語っています」

「かくいう私も少年自衛官(第7期陸上自衛隊生徒)だった1962年10月、完全武装で三日三晩待機したことがあります。このとき渡されなかったのは実弾だけです。前年4月に武山駐屯地(神奈川県横須賀市)の陸上自衛隊生徒教育隊に入隊して1年半ほどたったころでした。全世界の米軍が臨戦態勢に入ったとき自衛隊も訓練名目で待機しましたが、訓練とは名ばかりで実際に動くことを想定していたと知ったのは、私が自衛隊や在日米軍の研究をするようになってからのことです」

「韓国では今回『いよいよ核武装のとき』と発言した国会議員がいた、という報道がありました。いつでもどこでも、そんな威勢のよい発言が聞かれますが、核武装にせよ海上封鎖にせよ、それが何を意味するのか熟知したうえで語られなければなりません。海上封鎖は臨検して船の出入りを止めること、といった漠然とした一般論では語れない、世界戦争につながりかねない大問題なのです」

(聞き手と構成・坂本 衛)

 

 

NEWSを疑え!』より一部抜粋

著者/小川和久
地方新聞記者、週刊誌記者などを経て、日本初の軍事アナリストとして独立。国家安全保障に関する官邸機能強化会議議員、、内閣官房危機管理研究会主査などを歴任。一流ビジネスマンとして世界を相手に勝とうとすれば、メルマガが扱っている分野は外せない。
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