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参院選で「戦後」が終る。憲法改正草案を読んでわかった危険性

バングラデシュのレストランで起こった痛ましい人質事件。殺害された被害者には現地で働く日本人も複数含まれていました。今まで良い意味で蚊帳の外であった日本人が、なぜテロリストの標的にされるようになってしまったのでしょうか? メルマガ『国家権力&メディア一刀両断』の著者・新 恭さんは、その原因が安倍首相にあると断言。今後、憲法改正が決まれば日本は自由と平和を完全に失うと警鐘を鳴らしています。

参院選争点はアベノミクスよりアベノリスクだ

バングラデシュのレストランでテロリストに襲われた日本人男性が私は日本人だ!」「どうか撃たないでくれと叫んでいたのを近隣の住民が聞いたという。

この男性が誰で、その後、どうなったかは、わからない。ただ、このテロ事件で20人が殺害され、そのなかに7人もの日本人が含まれていたのは確かだ。

バングラデシュは親日国として知られてきた。叫んだ男性は「日本人」であることに一縷の望みを抱いていたのだろう。

だが、イスラム圏で日本が中立的な平和主義国家として信頼されてきた時代はすでに終わっているのかもしれない。

さかのぼれば、9.11テロの後、テロ特措法により米軍のアフガニスタンイラク戦争を支援したころから、イスラム圏における「日本人」のイメージはしだいに変容していったのではないだろうか。

アフガニスタン東部で医療や農業支援を続けている「ペシャワール会」代表、中村哲医師は同会のボランティア、伊藤和也さんが拉致、殺害されたさい、「日本が兵力を派遣すればアフガン東部で親日感情をつないできた糸が切れる」と警鐘を鳴らしていた。

そして、昨年になって、「IS」などイスラム過激派に、「日本は敵」と認識させたであろう決定的な事件が起きた。

積極的平和主義を内外にアピールするため、エジプト、ヨルダン、イスラエル、パレスチナを昨年1月に訪問した安倍首相はカイロにおいて次のように宣言した。

「イラク、シリアの難民・避難民支援、トルコ、レバノンへの支援をするのは、ISILがもたらす脅威を少しでも食い止めるためです。地道な人材開発、インフラ整備を含め、ISILと闘う周辺各国に、総額で2億ドル程度、支援をお約束します」

安倍はあえて「IS」を名指しし、米英仏とともに立ち向かう姿勢を見せつけた。日本人人質、湯川遙菜、後藤健二両氏が「ISに捕えられているのを知りながら積極的平和外交と称するパフォーマンスを優先させたのだ。

これに対して「IS」はすぐさま人質二人の映像をネット上に公開し、2億ドルという法外な身代金を要求、応じなければ二人を殺害すると予告した。その後の両氏の運命は周知のとおりだ。

後藤氏の殺害実行をうかがわせる映像には日本政府あてのメッセージが吹きこまれていた。

「アベよ、勝ち目のない戦いに参加するというおまえの無謀な決断のためにこのナイフはケンジを殺すだけでなく、 おまえの国民を場所を問わずに殺りくする。日本にとっての悪夢が始まるのだ」

海外で仕事をしたり、ボランティア活動をする日本人がイスラム過激派によるテロ事件に巻き込まれるリスクは、格段に高まっている。

ところが、バングラデシュの事件が起きても、安倍首相は参院選の街頭演説などで「国際社会と力を合わせてテロを根絶する。内外の日本人の安全をしっかりと守っていく」と言うばかりだ。

いかにも虚しい言葉というほかない。今回の事件はレストランで起きた。ソフトターゲットといわれる日常の場がテロの標的とされているのに、どうやって守るというのか。警備体制が比較的厳重であるはずのイスタンブールの大空港でさえ防ぎようがなかったではないか。

テロには屈しないという安倍首相の発言は勇ましいがその犠牲になってはたまらない

カイロでの安倍スピーチを欧米メディアは「nonmilitary assistance to foes of the Islamic State(ISの敵への非軍事支援)」と報じた。結果として、日本は「IS」に敵対しているという姿勢を世界に宣伝してしまったのだ。

安倍首相は自分自身が日本の最大のリスクであることに気づいていない。今、われわれ国民がはっきり認識しておかねばならないのは、参議院選の争点から逸らそうとしている彼の大本命の政策、憲法改正こそが国民一人一人にとって危険きわまりないものであるということだ。

安倍首相が「占領軍に押しつけられた嘆かわしい憲法」と主張する現行憲法と、自民党が2012年に作成した憲法改正草案は、まったく性格の異なるものだ。

自民党草案では、現行憲法第二章9条にこめられた平和主義の理念は崩されている

自衛隊は、内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍となり、「武力の行使は永久に放棄する」から「武力の行使は用いない」へと変わり、さらに「前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない」と但し書きが加わって、自衛権の名のもとに戦争ができるようになっている。

第一章の「天皇」については、「日本国の象徴」から「日本国の元首」に変更。

「日本国民は、国旗及び国歌を尊重しなければならない」という条文を加えている。

また第三章「国民の権利及び義務」では、自由、権利は保持されなければならないが、「公益及び公の秩序に反してはならない」とし、為政者のモノサシで自由、権利を制限できるような仕組みにしている。

このように、自民党の憲法改正草案は自衛権という名目で戦争することを可能にし個人より国家を第一に考えるよう国民をコントロールする意図を有することがわかる。

憲法改正が祖父、岸信介から引き継いだ安倍晋三の悲願であることはよく知られているが、そもそも彼の憲法観は、根本から間違っている。

平成26年2月3日の衆議院予算委員会で畑浩治議員(当時)の「憲法とはどういう性格のものだとお考えでしょうか」という質問に安倍首相はこう答えた。

「いわば国家権力を縛るものだという考え方がある。しかし、それは王権が絶対権力を持っていた時代の主流的な考え方であって、いま憲法というのは日本という国の形、理想と未来を、そして目標を語るものではないかと思う」

絶対王政時代王権を縛るために憲法がつくられたというのは全くの勘違いである。

英国のマグナカルタは、貴族層が王の課税権を縛ったものだが、これは憲法とはいえない。成文はなくとも英国に立憲体制が確立されるには名誉革命を待たねばならなかった。

フランスは、フランス革命のあと、すなわちルイ王朝の崩壊後に憲法がつくられた。アメリカはもちろん独立戦争の後である。

神でも王でもない、間違いをおかしやすい普通の人間に統治権力を託すとき、絶対にこれだけは守ってもらわなくてはならないルールを定め、いわば覚書をつくった。それが憲法ではないか

安倍晋三に、祖父の岸信介より、政敵だった石橋湛山に目を向けよと言いたい。

石橋は大正10年、「大日本主義を捨てよ」「植民地を放棄せよ」と、自らが主幹をつとめる東洋経済新報の誌上で説いた。

欲が戦争という苦しみを生む領土への妄執を棄て自由と平和に生きよ─仏教的な生の知恵と西欧のヒューマニズムがみごとに調和した簡明な主張であった。

これにくらべ、戦後の自由と平和を所与のものとして享受してきた安倍晋三の政治思想はなんと下品な欲望に満ちていることか

石橋は戦後、いち早く靖国神社廃止を主張、やがて政界に入り、保守合同後の1956年、自民党総裁選で岸信介を破り、首相に就任したが、軽い脳梗塞で倒れ、わずか2ヶ月で退陣した。

米政府にしてみれば、気骨ある理想主義者、石橋の退場は歓迎すべきことであっただろう。その後を継ぎ、政界復帰後4年で首相となった岸は、反共の砦として米側の期待を集めた。

戦後日本に急拡大した左翼運動を押さえ込むために、米政府は右翼勢力を味方に付けるべく笹川良一や児玉誉士夫ら大物右翼を巣鴨プリズンから釈放した。

そのとき同時に解放されたのが岸だった。

満州国統治の実力者としてA級戦犯にされた岸が、かつての敵国に統治能力を買われ、釈放と引き換えに、親米反共のタカ派として日本政界に躍り出たのだ。

残念ながら、その孫、安倍晋三は確実に岸のDNAを継承し、祖父のなし得なかった憲法改正のチャンスをうかがっている。祖父を超えたいのである。一族における栄誉を勝ち取りたいのである。

選挙の結果、衆院とともに参院も3分の2の数がそろえば、安倍首相はかならず憲法発議を仕掛けてくる。まずは9条ではなく、緊急事態条項を加えることにターゲットをしぼるだろう。「大災害に対応するため」との理由で国民を納得させやすいと踏んでいるからだ。

民主主義的なワイマール憲法の「国家緊急権」を悪用してヒトラーが独裁体制をつくったのを思い起こさねばならない。自民党草案でも、緊急事態を宣言すれば内閣総理大臣に権力が集中し、国民は自由を制限されて国の指示に従うという条項になっている。

報道によると、自公など改憲勢力が78議席以上を獲得して3分の2の議席を確保することもありうる選挙情勢だという。

もしそうなって憲法改正が発議され、国民投票となれば、英国のEU離脱騒動に似たような事態に陥らないとも限らない。

自民党の憲法改正草案のような憲法になってしまえば、逆に国民の自由や人権が縛られ、平和国家から戦争のできる国家に変質させられてしまう

「後悔先に立たず」だ。憲法改悪の芽を摘み取っておくという明確な意思のもとに一票の力を使いたい。

 

 

国家権力&メディア一刀両断』 より一部抜粋

著者/新 恭(あらた きょう)
記者クラブを通した官とメディアの共同体がこの国の情報空間を歪めている。その実態を抉り出し、新聞記事の細部に宿る官製情報のウソを暴くとともに、官とメディアの構造改革を提言したい。
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