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まるで人身売買。アメリカにはない「日本の芸能界」が抱える深い闇

能年玲奈さんの独立問題やSMAP解散騒動、女優のAV出演強要問題など、近ごろ芸能界の闇が垣間みえるようなニュースが続いています。メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』の著者である作家の冷泉彰彦さんによると、実際に日本とアメリカの芸能界はデビュー前の段階からシステムが全く異なっており、現在の日本のシステムは「人身売買」にも近い、重大な問題があると厳しく追及しています。

「芸能プロと芸能人の関係、何が問題か?」

著名で人気のある芸能人が不明朗な理由でその地位を追われたり金銭的に不利な扱いを受けるというのは、見ていて楽しいものではありません。そうしたニュースが続くことで、芸能を楽しむのに必要な夢や輝きが失われるということもありますし、そうしたネガティブな感覚は回り回って社会を暗くするということもあります。

特に問題になっているのは、人気の出た後に芸能事務所から独立しようとしたら懲罰的な処遇を受けるという問題です。この問題は3つに分けて考えることができます。

1番目は、例えば芸能人を育成する場合に、事務所などが先行投資」をするということがあるわけです。ダンスや歌のレッスンなど直接の費用もそうですが、売れない間も給料や移動費などを負担し続けるわけですから、そうした額は大きく積み上がります。また、最終的に「芽が出ない」で終わるタレントもいるわけです。

ということは、自分と他のタレントの分も含めて、「売れたタレントの売上から事務所が回収」を図るというのはある意味で必然性があります。ですが、問題は、十分に事務所に貢献したタレントが、それでも事務所の専属契約に束縛されているという問題です。そして独立の意志を明らかにすると、妨害を受けるばかりか、独立後は仕事を干される」と一般に言われているわけです。

2番目は、売上の分担についてです。事務所の側のコストとしては、先行投資だけでなく、経営陣をはじめとして事務所に働いている人の人件費、そして事務所を運営するコストもあります。また、営業活動を行う上でのコストもあるでしょう。イベントや、作品制作に関しても事務所が積極的に関わった動きの場合で「費用が持ち出し」になるケースもあるでしょう。

ですから、タレントの売上に関して、事務所サイドと取り分を調整するということは分かります。歩合制とか、月給制などの契約を通じて、双方がしっかり取り決めて、明朗な精算をすればいいのですが、タレントのほうが著しく損をしているような印象を持てば、独立騒動の元凶となるでしょうし、それを力で押さえ込めば芸能というカルチャーのを奪うことになります。

3番目は、営業についてです。タレントとしては、自分に代わって、事務所が仕事を見つけて来てくれるのであれば、その分は事務所に払ってもいいと思うでしょうし、ファンにしても事務所が頑張ることでタレントの活躍範囲が広がったり、興味深い企画が進んだりすることは歓迎するでしょう。

ですが、事務所が介在することで、本来は人気に比例した納得感のあるものであるはずの媒体露出が個人的な思惑で抑えこまれたり、あるいはファンのニーズが十分にあるのに、そのタレントの活動が制限されたりというのは、やはりおかしいわけです。媒体や作品の側でのタレントの人選も、そこに妙な力関係が介在するのでは、健全な競争が働いているとは言えなくなります。

では、こうした問題を解決するにはどうしたら良いのでしょうか?

少なくとも、芸能という産業を世界一大きな規模で回している、従って裾野もはるかに広いアメリカの場合はどうやっているのでしょうか?

アメリカの場合は、日本とは全く違うシステムで動いています。

まず育成に関してですが、基本は自己責任です。自己責任というと過酷なような感じですが、要するに歌手や俳優を志望している人は、まず「学校でしっかり基礎を身につける」ことが要求されます。

歌にしても、ダンスにしても、あるいは演技にしても、アメリカの高校のクラブ活動は大変にレベルが高く、そこでまず基礎が磨かれるようになっています。そして、その上で才能が明らかであったり、本人のモチベーションが高い場合は、大学や専門学校でパフォーマンス・アートミュージックのコースを受けてより高いレベルを目指します

そうして実力を養って様々なオーディションを受けてチャンスを目指すわけです。この間については、まず大学の学費については、奨学金制度はありますが、基本的には自分で払い、またその他にダンスや歌のレッスンを続ける場合も自費になります。

ですから「オーディションを受けまくっている」下積み時代には、それこそスーパーマーケットのレジ打ちや、レストランの店員などをして頑張るわけです。正に過酷な自己責任ということになりますが、それによって「自分で獲得したスキルは間違いなく自分のものという権利は確定します。

ですから、第三者が自分に先行投資」をしてくれる代わりに、そこに人身売買のように「貸し借りの関係」ができるということは「ない」わけです。

次にサクセスした後の「営業」ですが、勿論タレントが自分でメディアに売り込みをするのは大変ですから、プロが介在します。一般的に米欧では「エージェント」と呼ばれる職種になります。そのエージェントですが、大手の事務所に属する事が多いのですが、基本的に売上の一定割合、つまり10%とか20%という金額を自動的に払う契約になっています。

ということは、例えばジェニファー・ローレンスのようなトップ女優が映画に出演して、一本20ミリオン(20億円)の出演料を得たとしたら、その中の仮に10%なら2億をエージェントに払うというシステムです。金額的にはかなりの支払いになりますが、少なくとも本人のプライドとか、世間的には「20億の仕事、20億の稼ぎ」としてのリスペクトは得られるし、何よりも明朗会計になっています。

そんな一本20ミリオンなどというトップクラスで仕事を「選べる」身分はともかく、そこまで行かない「中堅」の場合はどうかというと、組合制度があります。つまり組合に加盟して、組合費を払っていると、何らかの公平なシステムで仕事を割り振ってもらえるし、万が一依頼者の方が不当なことをした場合は組合に守ってもらえるというシステムになっています。

この「スキルは自分のもの」「雇ったエージェントが営業」「中堅以下は組合を通じて」というシステムですが、確かに日本の制度とは全く異なるのは事実です。ですが、長年この方法でやって、とりあえず回っているのは事実であり、参考にはなると思います。

グループは解散するが、個人は依然として事務所に囲い込まれるとか、契約破棄を認める代わり本名での活動は禁止されるなどといった、社会的な常識から離れたことを続けて、芸能というカルチャーの「夢の部分」が消えてしまっては元も子もありません。アメリカの方式をすぐに導入とは言わないまでも、この時期に比較してみるのは意味があると思います。

「芸能人・スポーツ選手と契約の概念」

芸能人の場合に「事務所とのビジネス・スキーム」に見直すべき点がありそうだというお話をしましたが、それとは別に契約のあり方という点でも問題がありそうです。問題は、契約の概念が曖昧だということです。

例えば、今年に入って問題になった「CM違約金」「選挙出馬の問題」といった条項に関しては、以降は全ての芸能人と所属事務所の間で、もっと厳格に取り決めるべきだと思います。

つまり、想定される紛争のパターンは全て想定して、その際の扱いを契約書で取り決めるということにするのです。その結果として、契約書が分厚いものになっても良いのです。日本における日本語の契約書の場合は、必ず最後に「この契約に定めのない紛争については、双方が誠意をもって協議する」という条項が入れられます。

いかにも「日本らしい和の精神」に見えますが、違います。要するに、契約書に書いていない問題については、社会的・経済的な力関係で決定するということなのです。これではダメです。契約によるビジネスではなく、野蛮な暴力と強要の世界になるからです。

契約社会というのは、その味付けについては国によって異なりますが、例えばアメリカの場合、今年は多くの著名な野球選手がシーズン途中で引退していますが、レンジャースのプリンス・フィルダーにしても、ヤンキースのアレックス・ロドリゲスにしても、巨額の複数年契約の残りの期間については支払いが保証されています。その額は、フィルダーが96億円、ロドリゲスは27億円と言われています。

どうして、そんな額が払われるのかというと、フィルダーの場合は負傷理由の引退であること、ロドリゲスの場合は球団が申し出た自由契約であることから、契約に基いてこの金額が保証されるのです。大事なのは球団が「気前よく払う」というだけでなく、ファンも契約なら仕方がないとして文句を言わないということです。

少し以前の話になりますが、阪神から鳴り物入りでヤンキースに移籍した井川慶投手の場合、残念ながらアメリカンリーグへの適応ができず、一軍ではほとんど活躍できずにマイナーで投げ続けることになりました。その場合にも、5年間で20ミリオン(20億円、但し代理人のフィーをそこから払う)という金額は満額払われています。契約社会とはそうしたものだと思います。

今回日本で問題になっている「男女交際」「独立」「出馬」といった問題も、とにかく厳格に定めておく必要があると思います。その上で、もっと民事裁判というものを活用できるようにして、社会常識(公序良俗)に反するような契約は無効にするといった判例を積み重ねて、オープンな商慣習を作り上げるべきなのだと思います。

image by: Shutterstock.com

 

『冷泉彰彦のプリンストン通信』より一部抜粋
著者/冷泉彰彦
東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは毎月第1~第4火曜日配信。
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