MAG2 NEWS MENU

蓮舫氏に早くもシラケムード。野田幹事長起用で「民進党は終わった」

圧勝という形で民進党の新代表に就任した蓮舫氏ですが、その最初の大仕事とも言える党人事で、周囲の反対を押し切り野田佳彦氏を幹事長に起用、党内からは反発の声が上がっています。メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』では野田氏の戦犯性と民進党の混濁ぶりを記すとともに、今回の人事について「政治的自殺行為」と厳しく批判しています。

「野田幹事長」という民進党の死に至る病

9月15日に民進党は臨時党大会を開き、蓮舫=代表代行を新しい代表に選出した。初の女性党首ということ自体はそれなりに新鮮で、先の参院選で惨敗した同党の再生を彼女に託そうという期待も党内外から高まった。が、翌16日、彼女が打った人事の初手が「野田佳彦幹事長」だったことに誰もが驚愕しそして失望した。党内に広がる不満や困惑を背景に、代表選で彼女を支持した赤松弘隆=元衆議院副議長や細野豪志=元幹事長らが直接会って撤回を求めたものの、彼女は聞き入れない。そのためそれ以外の人事が停滞し、仕方なく、取り敢えず幹事長だけを決める両院議員総会が開かれたが、147人の所属議員の4割の60人しか出席せず、「野田幹事長」の承認を求められて拍手したのはそのまた半分ほどでしかなかった。空席だらけの会場でパラパラとまばらな拍手で新幹事長誕生……。「これでもう民進党は終わったとつぶやく議員もいるほどの、おぞましい光景である。

野田の戦犯性

この有様は、第1に、同党が民主党政権の失敗について何も総括できていないことを示した。

私自身は、民主党政権の3年間を印象批評のようにして「失敗のひと言で片付けることには反対で、「コンクリートから人へ」のスローガンの下、大型公共事業を思い切って削減してそれを省庁の壁を超えて文教予算に回して高校授業料の無償化や30人学級の増加などを実現したり、医療・福祉予算を増やしてその分野の雇用を2年間で62万人増やしたり、農業を補助金漬けから脱却させてゆっくりと市場経済に適合させていくことを目指してEU型の戸別所得保障制度を導入したりした。

代表選の論戦の中では、前原誠司が「民主党政権が国民の期待に応えられなかった」と深々と頭を下げて陳謝し、それに対して玉木雄一郎が「羽田空港の国際化も、外国人観光客のビザ緩和も、前原さんの国交相としての功績じゃないですか。謝らないで下さい」と涙ながらに諫める場面もあったが、個別政策では面白い挑戦的な実験がいくつも行われたのであって、これもその1つだった。

そういったことの1つ1つをきちんと評価して、何が出来て何が出来なかったのか、ここまでしか出来なかったのは何が障害だったのかを明らかにし、その先に同党が目指す社会のあり方を描いてみせることが必要だったはずだが、そのような作業は全く行われてこなかった。

それはさておき、この場面で何より問題なのは、同じ「民主党政権の失敗」と言っても、鳩山菅両政権の失敗と野田政権の失敗は質が異なるということである。鳩山は、戦後自民党の安保・基地政策の非道の到達点とも言える「辺野古基地建設」をひっくり返そうとして日米にまたがる軍産政官の複合勢力の巨大な力に跳ね返されて挫折したのだし、菅は3・11の「首都圏壊滅か」という未曾有の危機の中で、戦後自民党が培ってきた、これまた日米にまたがる「原子力ムラ」の圧倒的な闇の権力構造に戦いを挑んで退けられた。

しかしその後を継いだ野田は、何かしら戦後日本を蝕んできた自民党的構造を転換しようとして1つでも戦いを挑んだろうか。何もしようともしなかったばかりか、逆に鳩山・菅両政権の挑戦が引き起こした「混乱」(と自民党やマスコミが呼んだもの)を収めて元の木阿弥にするようなことばかりした。自民党と親米売国官僚どもの注文通りにTPP交渉参加への道を整備したのは野田であり、官邸前の原発反対の市民デモを「うるさいなあ」と言って原発再稼働を許したのは野田であり、オスプレイの沖縄日本配備を易々と認めたのは野田であり、自民党と財務省が望んだ消費増税を自分の方から言い出して、小沢グループの大量離党による党分裂を招き、挙げ句の果てに負けると分かっている総選挙を打って173人の同志を落選させて大敗、第2次安倍政権誕生への道を掃き清めたのは野田である。

さらに、総理時代に「いざという時は集団的自衛権の行使に相当することもやらざるを得ないことは、現実的に起こる訳だから、原則としてはやはり認めるべき。しかし乱用されないように歯止めをかける手段をどのように用意しておくかの議論が大切」と、自民党と同工異曲のことを言って安倍の安保法制強行に予め同意したのは野田であり、尖閣の安易極まりない「国有化」で対中関係を悪化させ、安倍による「中国脅威論の流布にきっかけを与えたのも野田である。

こうして列記すれば明らかなとおり、安倍政権で起こったすべての悪いことは野田政権で下地が作られていた。そのことを本誌は12年秋当時「自民党野田派の誕生」と呼んだ。

鳩山と菅が、力量と経験の不足故に失敗したことは認めよう。しかしそれは戦後自民党的構造と戦って敗れた結果であってC級戦犯程度であるのに対し、野田の失敗は質が違っていて死刑相当のA級戦犯である。彼にほんの少しでも良識があるのなら、12年12月に自民党に政権を譲り渡すことが分かりきっている総選挙を発動した時点で、英キャメロン前首相のように、潔く議員辞職をしてしかるべきだった。その思い出したくもない人物が、おめおめと議員を続けていること自体が不快であるというのに、再生を目指す民進党の幹事長? 蓮舫を後ろから操る実質的な党首? 冗談もいい加減にして貰いたい。

それもこれも、同党が3年間の政権の経験から何を救い出し、何を排除すべきなのか、総括していないが故の体たらくである。

選挙協力の可能性

第2に、民進党は先の参院選の惨敗についても何ら総括出来ていない

本誌がNo.845で述べたように、先の参院選で民進党は、改選議席の43を大きく下回る32議席を得たに留まる惨敗を喫した。そのうち7議席は共産党などとの野党統一候補として辛うじて当選したのであって、自力の勝利ではない。それを差し引けば25議席というのが民進の実力で、3年前の17議席からは微増という程度。3月に東京維新と合同して議員勢力を増やしているのにこうだから、つまりは3年前のどん底から這い出せなかったということである。それに対して、32の1人区すべてで実現した野党統一候補が2桁に乗せる11で議席を確保したのは、この逆風の中では、大健闘と言えた。

ということは、民進党は、自らの力で再生を果たして安倍自民党に政権交代を迫る道筋を見出していないということである。だとすると、来たるべき総選挙でも野党共闘を一層深化させ、野党第一党としてそれを知的にリードして国民の信頼を得ることを通じて力を蓄えていくしかないはずである。

この代表選を通じて、国民が聞きたいことがあったとすればそこのところで、自前で再生するのであればどうするのか、それが当面難しいなら野党共闘をどう深めるのかということでしかないが、3候補の誰もそれを明確な言葉で語らなかったし、真面目な議論にもならなかった。

衆院選は政権選択を問うものであり、価値観を異にする共産党とは安易に共闘することは出来ないというのが、その理由であるらしいが、それは余りに幼稚で、共産党が綱領的に何を謳っていようと当面する課題について政策合意が出来ればその限りで共闘するのは当たり前で、それでも不安が残るのであれば、選挙共闘はするけれども政権樹立後は閣外協力に止めることを予め明示しておくという手もある。いずれにせよ、参院選のように1人区だけ共闘して比例は別々という形式は、全部が1人区で比例復活もある衆院選では通用しない。小沢一郎が18日の盛岡市の会見で述べたように、「衆院選は1つの統一団体で与党に対決しないと野党は全滅に近いことになる」ことは見えている。

政策面でも何ら総括がない。北海道5区補選とそれに続く参院選での野党選挙協力は、昨夏の安保法制反対デモの盛り上がりを背景に、共産党の自己犠牲的な問題提起があってそれなりの成果をあげた。そのため、取り敢えず安保法制廃案立憲主義擁護というところを一致点にして政策協定が結ばれたのだが、しかし野党はそれを中心的な争点に押し上げることに失敗した。32の1人区で勝利した11区では、安保と憲法を中心争点にして勝ったところは1つもなく、東北・甲信越の農業県では主に「TPP」、沖縄では「辺野古」、福島や同時に行われた鹿児島県知事選では「原発」など、その地域で切実なテーマだった。

安保が争点になりきらなかったのは、共産党が昨年9月、安保国会終了と同時に参院選共闘を呼びかけたにもかかわらず、民主党内の前原誠司や長島昭久や野田佳彦のような「集団的自衛権容認」派が反対して、共産党などとの共闘合意に達するまでに半年近くを空費したことが致命的だった。そのために、15年安保闘争の市民的エネルギーをそのまま参院選に繋いでいくことができなかった。それを何とか取りまとめて共闘合意まで持っていったのは、主として枝野幸男幹事長の獅子奮迅の努力の賜ではあったが、それにしても時間がかかりすぎた。

他方、野党が勝利した11区で実質的な争点をなしたTPP推進、原発再稼働、辺野古建設推進では、これまたどれをとっても民進党の野田前原らは自民党と同じ立場であり、それらのテーマまで含めたより包括的な、国民の期待に応えうる共闘が実現するのを妨害した。

つまり、安保でも、その他の重要なサブテーマでも、路線が混濁したままの民進党は、11の1人区での勝利にろくに貢献していないどころか足を引っ張りさえした。にもかかわらず、辛うじて共闘の実現にまでこぎ着けたことで生まれた淡い期待のムードに助けられて、同党は壊滅的な大惨敗を免れたのである。

この路線の混濁を切開手術的に整理して、文字通り野党第一党として野党共闘をリードして次の衆院選で安倍政治の流れにストップをかけるための民進党の再生であるはずなのに、その幹事長が自民党野田派の領袖であるとは……。政治的自殺行為である。これで秋雨政局は一段と憂鬱さを増すことになった。

image by: 首相官邸

 

高野孟のTHE JOURNAL』より一部抜粋
著者/高野孟(ジャーナリスト)
早稲田大学文学部卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。現在は半農半ジャーナリストとしてとして活動中。メルマガを読めば日本の置かれている立場が一目瞭然、今なすべきことが見えてくる。
<<無料サンプルはこちら>>

print

シェアランキング

この記事が気に入ったら
いいね!しよう
MAG2 NEWSの最新情報をお届け