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今さらだけど、なぜトランプが勝利したか、しっかり検証していく

世界中に衝撃が走った、共和党ドナルド・トランプ候補(70)の当選。まさかの「トランプ大統領」が本当に誕生してしまうことになりそうです。世界は、そして同盟国である日本は今後どうなってしまうのでしょうか? 今回のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』は、この結果を受けて緊急号外を発行。著者でアメリカ在住の作家・冷泉彰彦さんは、まだ日本のマスコミでは誰も語っていない、トランプの真の勝因とアメリカの未来、そして日本がとるべき外交姿勢について、緊急号外ならではの箇条書きにて綴っています。

トランプ当選、直後の印象メモ(号外)

アメリカでも世界でも、多くの、いやほとんどの専門家の予想に反して、そして多くの世論調査のデータにも反して、ドナルド・トランプが大統領選で勝利し、第45代の合衆国大統領に就任することになりました。

まだ、全く整理ができていない中ではありますが、皆さまの議論の材料として、また自身の思考を進める作業の一環として、直後の印象についてメモしておきたいと思います。完全な文章ではなく、箇条書きになりますが、ご参考にしていただければ幸いです。

▼勝敗を決したのは、「ペンシルベニア、オハイオ、ミシガン、ウィスコンシン」という俗に言う「ラスト・ベルト」つまり往年の製造業が錆びついた地帯。従来は民主党の牙城であり、今回もヒラリーの勝利が予想されたこの地域を、トランプは精力的に回って勝ち抜いていった、そのことが勝因。日本時間で9日の午後になってからのこの地域の票の急展開には鳥肌の立つような思いがした。

▼考えてみれば、つい一週間前「ワールドシリーズは最終戦」。オハイオ州のクリーブランドで行われた試合でありながら、球場にはクリーブランドのファンだけでなく、シカゴ・カブスのファンも20%ぐらい入っていた。シリーズが盛り上がり加熱した「再販市場」でチケットの価格は高騰し、平均で一枚2900ドル約30万円)になったという。そんな中、イリノイ州のカブスファンが、クリーブランドのインディアンズのファンから「カネの力」でチケットを奪っていったのだろう。オハイオの経済力では球場が埋まらずシカゴの経済力に屈したということだ。そこに、トランプに吸い寄せられる何か」があったのだ。

ペンシルベニアにしても、従来は「先に票が開く郊外」が共和党優勢で開票が進んでいって、最後に都市部の圧倒的な民主票で逆転というパターンだったのが、最後の方でトランプ票が怒涛のように出てきた。つまり都市圏や近郊圏でのトランプ票が従来と違う形で出た

▼とにかく現状不満層の情念が塊となって出てきた。それに尽きるのであって、今から考えれば不規則な発言も、お行儀の悪さも何もかもが「現状打破」ということで許容され、支持されてしまった。

▼有色人種、若者、女性の票も予想以上にトランプに流れた。その中にはサンダース支持票も相当ありそうだ。

▼排外は良くない、下品な言動も良くない、そんなことはわかっている、だが、そうしたネガティブなものを変革へのプラスのサインと受け止める「ほど」に、現状への不満があったということだ。

▼先進国型の社会、つまりITや金融・バイオといった高度知的産業にだけ富と尊敬が集中し、それ以外の人々の生存権は再分配で保証されるにしても、誇りや名誉は無視されるという社会モデル、仮にそれを21世紀型の先進国モデルと呼ぶのなら、ヒラリーは堂々と、そして余りにも無神経にそのモデルを肯定して、不信任を突きつけられた。

▼排外とか、非寛容というのは現象面であり、本筋はこの「先進国モデルへの不信任。そこで問われるのが、国や地域に根ざした労働、具体的には高度に知的ではない労働に対する評価と分配の仕組み。この問題に対する答えはまだない。だが、不信任を突きつけられたという事実は限りなく重い。

▼オハイオの知事で、大統領候補として善戦したジョン・ケーシックが言っていたのだが、トランプ支持者は決して貧しくはない」。つまり、本当に貧しかったら再分配を期待して民主党に行くというのだ。自分は仕事はある。だが、今度クビになったら「次はない」とか、自分の周囲に失業した人がいる、あるいは自分の属している産業が社会から尊敬されていないといった「今は困ってはいないが名誉や希望が失われている人」が核になっているという、その見立てはデータが証明した。

ヒラリーの選挙戦の失敗は、「チャレンジャーの輝きを失ったこと。「アメリカの現状・現体制の象徴」ということが「弱点」だということに、余りにも余りにも無自覚だった。

女性だということがマイナスに働いたということはあるかもしれない。特に「女性初の大統領」を狙うという運動が輝きと共に受け止められなかった悲運は大きい。

▼もしかしたら、もう少し一般的な問題があるのかもしれない。「男性と同様の理詰めのトーク」に加えて「母親的、あるいは女教師的な表情やジェスチャー」というものが、ある種どうしても人々の琴線に触れなかった、そんなコミュニケーションスタイルの問題があるかもしれない。

▼ちょっとだけ自分を卑下したり、自分の弱点も笑い飛ばしたりという、変化球的なコミュニケーションは苦手な人だった。そう考えると、実直な速球一本槍のスタイルの悲運とも言える。

▼一方のトランプは、アメリカの持っていた「公共性=お行儀の良さ」という「空間の開かれ具合」を壊したということは大きい。実効不可能なアイディア、そして偽悪的な排外や差別というのが、「悪意の薄い比喩」として「現状打破の象徴」として使われた。その結果は大きな形で出た。だが、それによって多様な者が共存する「公的空間」というのは傷ついた。

▼その点で、トランプの勝利宣言スピーチは救いだった。何よりも「分断の傷を癒やして団結を」というメッセージを冒頭に持ってきたというのは、とにかく、この場であのタイミングで言う勝利宣言のスピーチとしては、極めて妥当であり、「あのスピーチだけ」で言えば100点満点

▼当確と現在進行形だった東京市場は大きく下げたがその後の欧州は意外と平静で、更に後のNY市場が更に平静だったのにはこの「少なくとも勝利宣言はまともだったことが奏功している可能性はある。

▼そうは言っても、現時点ではトランプのブレーン候補に関しては全くの白紙状態。名前が出ている人間も、外交専門家にしても、軍のOBにしても一流半いや二流の人ばかり、そこを「共和党系の一流のブレーンで固められるかどうかが、当面の注目事項。

▼理想はレーガンが「芸能人」から「タカ派のカリフォルニア州州知事」だけの経験でホワイトハウスに入った1980年の選挙。結果的にレーガンは優秀なブレーンの進言に基づいて最適解に近い政策を実行していった。その再現ができるのかが大きなポイント。

▼そういえば、日本では大統領になる前のレーガンは「リーガン知事」と言われてタカ派的な、それこそベトナム反戦運動への過酷な弾圧者というイメージが出来上がっていた。そのためか、大統領になると同時に赤坂のアメリカ大使館が「リーガンではなく、正確にはレーガン」という訂正もしくは改名を行ってイメージアップを図ったことがある。その「前例に」ならうのなら、この際「DJトランプ」とか「ドナルド・J・トランプ」とかカタカナ表記を変える」ことも考えたほうがいいかもしれない。「トランプ」ではなく「トゥランプ」とか。(ちょっと非現実的かもしれないが)

▼いずれにしても、3つのシナリオを前提に考えたい。(1)共和党の中枢と和解し、現実的な中道保守政策を実行する、(2)勝利宣言で「全米のインフラ整備」と「退役軍人ケア」を打ち出すなど従来は民主党の政策だった内容を前面に出し、是々非々で民主党議員団との協調も行いながら、ユニークな政策を打ち出す、(3)結局は優秀な人材が集まらず、極端な政策の一部が本当に実行されることで早期に行き詰まる。

▼(2)は希望的観測にすぎるので、(1)か(3)を前提に考えてみたい。その場合に日本の取るべき道は2つ。(1)を前提にワシントンの穏健な共和党人脈との連携を密にするか、(3)の危険な兆候が出てきたらアメリカ抜きのG6で真剣に協調しながら自由世界の価値を守っていく覚悟が必要。

▼仮にアメリカが絶望的なまでの孤立主義に向かうのであれば、日本はNATOとの協調、韓国との徹底した協調、ASEANやインドとの連携などを中心に「これまでの政策からブレない」ということが必要になる。その場合に、仮にトランプが自由社会のリーダーをヤル気がないのであれば、安倍首相はG6/NATO/アジアの自由陣営の要として、国際社会におけるより重たい責任を担う覚悟をすべき。その場合は、但し、復古主義などの国内政治事情は封印しなくてはならない。

TPPの早期批准はアメリカの選挙結果に関わらず進めるべき。別にトランプに対するイヤミではなく、自由世界、自由貿易の価値を支えていく国という態度表明であり、G6やASEANあるいは日豪などとの相談を続けながら進めるべきではないか。

▼とにかく、日韓は内輪もめしている場合ではない。対北朝鮮の抑止力として、日韓連携にブレのないことを示さねばならない。

▼それは、台湾、香港の現状維持ということでも重要。中国にこの点での現状変更を思いとどまらせるという「アメリカの抑止力」が弱まるのであれば、その分だけ日本がG6と協調して静かな重しにならねばならない

▼別に中国と敵対する必要はない。安倍政権の進めている対中の関係改善はそのまま進める中で、「現状変更には賛成しない」というブレのない「ドッシリした姿勢を見せてゆけば良い。

ロシア外交も同じで、12月の日ロ首脳会談に成果を出しつつ、アメリカの「重し」が弱くなることを受けての、ロシアが現状変更という誘惑にかられることのないように、重厚な姿勢を取るべきだ。具体的にはシリア情勢でこれ以上の勝手を自粛させることだ。

最悪なのはトランプを恐れトランプの尻を追うような外交で、これは日米関係を損なうだけとなるだろう。

▼一つ懸念事項となるのは、アメリカの保守派の間に反日の兆候が少しだけ見られることだ。これには、オバマ大統領の広島訪問という大事件への「反動」が指摘できる。保守派の人気キャスター、ビル・オライリーの「ライジングサンを殺せ」という本が売れているのがいい例で、日本は下手に振る舞うと、「悪者にされる危険性がある。復古主義や、特に第2次大戦史観への歴史修正的な言動は、政権周辺を中心に厳しく自省するべきだろう。今は、それが許される時期ではない。

image by: shutterstock.com

 

冷泉彰彦のプリンストン通信』より一部抜粋

著者/冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)

東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。「ニューズウィーク」日本版にてコラム「プリンストン発 日本/アメリカ 新時代」を連載。また、メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは毎月第1~第4火曜日配信。

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