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さよなら米国。トランプの「米国ファースト」がもたらす世界の終わり

米国内のみならず、全世界に衝撃を与えたトランプ氏の大統領選勝利。彼は世界に何をもたらすのでしょうか。メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』では冒頭に「米国民は自爆テロ犯を自分たちの政府に送り込んだのと同じだ」という英紙の解説を引きながら、トランプ新大統領の登場で「全世界が直面する混乱」を詳細に分析、さらに日本が注意を要すべき彼の「思想の核」についても言及しています。

「トランプ大統領」という世界にとっての災禍─頓死する? グローバリズム

米国民は自爆テロ犯を自分たちの政府に送り込んだのと同じだ」と英紙『フィナンシャル・タイムス』のエドワード・ルース解説委員は書いた(10日付日経)。「合衆国憲法で慎重に扱うべきとされていることを軽んじると分かっている人物を大統領に選ん」で、「既存のシステムを粉々にすること」を託したのだから、ホワイトハウスの真ん中でどんな惨事が起きても、その結果を米国民は引き受けなければならない。しかしトランプが粉々にしかねないのは、国内秩序だけではない。「米国は第2次世界大戦後の世界秩序をつくり、守ってきた。トランプはその秩序を捨てるとはっきり語って選挙を戦ってきた」。他に解釈の余地がないこのメッセージに「世界は振り回されることになる」……。

問題は、米国主導のグローバリズムが経済・軍事の両面で完全に行き詰まってしまった中で、米国自身がその限界をどちらに向かって乗り越えていこうとするのか、である。トランプの「偉大なる米国の復活」は明らかに後ろ向き・内向きの道で、グローバル化以前にまで戻ろうとするかのようである。それに対してヒラリーが本来やらなければならなかったのは、その限界を前向き・外向きに超えていく道筋を示して、それを「21世紀米国の世界の中での生き方」の問題として論争に持ち込むことであるはずだった。が、彼女にはそのようなエスタブリッシュメント代表に相応しい矜持も戦略的思考も欠けていて、そのためトランプのペースによる誹謗中傷合戦の泥沼に引き込まれてまさかの敗北を喫してしまったのである。グローバリズムは一気に頓死する可能性に直面することになった。

グローバリズムなど、壊れても一向に構わないのだが、それを主導してきた米国の指導層が思考停止に陥って世界を無秩序の中に投げ込むのは余りに無責任で、その意味でトランプ大統領は、米国民はともかく、世界にとっては最悪の選択だった。

私がアフガニスタンとイラクの2つの戦争の最初の5年間を総括した本に『滅びゆくアメリカ帝国』というタイトルを付けたのは2006年のことで、その時はまだ「こんなことをしていたらいずれ米帝国は滅びるだろう」というニュアンスに留まっていて、何とかして米国は「帝国の終わり」に自分自身を軟着陸させるべきで、それが出来ずに硬着陸に行き着いて全世界を不幸にすることだけはやめてほしいという願いのようなものを、そのタイトルに込めていた。が、それから10年、いよいよ本当に米国が硬着陸的に帝国滅亡の坂道を転がり始めた転換点として、この選挙は歴史に記憶されることになるのだろう。

国際政治アナリストのイアン・ブレマーも「今回の大統領選挙はパックス・アメリカーナ米国主導の平和に終止符を打つものだ」と断言している(11日付日経)けれども、パックス・アメリカーナが終わるのは当然であって、その終わり方が問題なのだ。

「電子的金融資本主義」という化け物

今日的なグローバリズムの問題には経済と軍事の両側面がある。前者は、新自由主義、市場万能主義のなれの果てとしての「電子的金融資本主義」が08年リーマン・ショックで破裂してしまった後に、資本主義の本家本元である米国が、世界の人々ばかりでなく自国の大多数の人々をも不幸に陥れるこの経済モデルをいかにして乗り越えていくのか、という問題である。

水野和夫が言うように、16世紀以来、外へ外へと「地理的・物的空間」=フロンティアを拡大することで利潤を確保してきた資本主義は、20世紀末、いよいよこれ以上貪るべきフロンティアを失って、終焉の時を迎えた。しかしその時米国は、「電子空間」という物理的制限のないヴァーチャルな空間を「カネがカネを生む金融的カジノのゲーム場として開放し、これを資本主義の延命装置とすることを思いついた。その結果、世界GDP総額の1.5倍の株式・債券取引、10倍のデリバティブ取引、15倍の外国為替取引が、スパコンに組み込まれた金融工学的に自動化されたプログラム従って1取引当たり10億分の1秒のスピードで飛び交うという、資本主義の戯画ないしその末期的な症状としての電子的金融資本主義の時代が到来した。

このシステムは二重の意味で危険で、一方では、このゲームに参加出来るのは胴元である大銀行やブローカー、その上客である大富豪や投機ファンドや機関投資家などごく一部の人たちだけであり、その一握りの人たちに社会的な許容限度を超えた金銭的富の集中をもたらす。他方では、圧倒的多数の人々はそのゲームに参加資格を持たないのは仕方がないとして、そのゲームの結果には否応なく巻き込まれて翻弄されざるをえない。スーザン・ストレンジは『カジノ資本主義』(岩波現代文庫)で早くからそのことを喝破していた。

金融中枢の世界的カジノ……では、我々のすべてが心ならずもゲームに巻き込まれている。通貨価値の変動は農民の農作物の価値を収穫前に半減させてしまうかもしれないし、輸出業者を失業させてしまうかもしれない。金利の上昇は小売業の在庫保有コストを致命的なまでに引き上げてしまうかもしれない。金融的利害に基づいて行われる企業買収が工場労働者から仕事を奪ってしまうかもしれない。

金融カジノでは誰もが「双六」ゲームにふけっている。サイコロの目がうまくそろって突然に好運をもたらすか、あるいは振り出しに戻ってしまうかは、運がよいかどうかの問題である。

このことは深刻な結果をもたらさざるを得ない。将来何が起きるかは全くの運によって左右されるようになり、熟練や努力、創意、決断、勤勉がだんだん評価されなくなる。そうなると社会体制や政治体制への信念や信頼が急速に消えていく。自由な民主社会が最終的に依拠している倫理的価値への尊敬が薄らいでいく危険な兆候が生じる。

現代社会は、ただでさえいささか不公平なシステムだというのに、そのうえ不運によって傷つきやすくなっているというのでは、まったく平等とかけ離れた事態である。……こうなると欲求不満や怒りが強まり、いっそう暴力的に表現されるようになる……。

金持ちがラスベガスで遊んでいくら儲けようと損しようと、一般人には関係がない。しかし資本主義の中枢で行われるこの金融カジノは、否応なくそれに参加していない一般人の運命を振り回す。「1%vs99%」問題が意味するのは、単に所得格差が極端なまでに広がったという量的な問題ではなくて、資本主義の基盤となる倫理観や勤労観まで破壊し、ついには体制そのものを脅かす反乱まで引き起こしかねないという質的な問題なのである。

電子的金融資本主義は、資本主義を延命させる名案のように見えたけれども、実は、放っておけば欲望のままにどこまでも膨れあがって、やがて資本主義そのものを頓死させかねない化け物だった。だから、08年のリーマン・ショックでその危険が顕在化した時に、米国が本当に取り組まなければならなかったのは、金融的カジノを全面禁止して、それでもなお資本主義が生き残れる別の延命策を見つけるか、それが無理なら資本主義に代替する新しい経済モデルを作り上げるか、どちらかでしかなかった。ところが、その直後に権力の座に就いたオバマがやったことはと言えば、市場にあれこれの規制をかけて「ほどほどの金融資本主義」として制御しようという空しい試みと、過度に金融に頼ることへの反省からか、「ほどほどの産業資本主義」を復興させてモノやサービスの輸出で稼ごうという殊勝な努力であった。後者が、「14年までに輸出を倍増させ、200万人の雇用を創り出す」として発案されたTPPである

どちらもほどほどの中途半端でしかないことが、米国のみならず世界にとって悲劇で、そのため米国はもはや世界の憧れや尊敬を集めることができなくなった。そこをもう一度見つめ直して、オバマの8年間で成しえたことと成しえなかったことを冷静に総括し、「米国は21世紀をこう生きていくという覚悟を世界に示すことこそこの選挙の中心課題であったはずなのに、愚にもつかないドタバタの挙げ句、「自爆テロ犯のような人物を最高権力者に祭り上げてしまった

本当に問われているのは、真面目に額に汗して働いて、財やサービスを創造して価値を生み出す自分の仕事に誇りを持つことが出来て、それでいて何も華美なことを求めるのでもなく、手作りの料理を囲んでの家族との団欒、1杯の安酒とゆったりした風呂、園芸か山歩きかゴルフか何か1つのホビーの楽しみしか必要としていない、慎ましい労働者の存在こそが資本主義の命だというのに、そういう人々を馬鹿にする資本主義になってしまったということである。

クリントンは馬鹿にする側だから、それに対する答えを提示することが出来なかった。トランプは、彼らを馬鹿にしなかったのは偉かったけれども、間違った解決策しか提示しておらず、従って米国は自爆的な硬着陸に行き着かざるを得ない

TPPもまともに議論してほしかった

そういう意味では、TPPももっと真面目に議論してほしかった。もちろん私は、そもそもTPPには断固反対なので、結果的にトランプになってそれが破棄されることになったことを喜んでいるのだが、サンダースとトランプが共に「自由貿易が米国人の雇用を奪う」と言って下層労働者に媚びを売り、それに対してオバマ政権の国務長官としてそれを推進したヒラリーが無節操にもTPP反対に転向するというのはおぞましい光景で、こんなことは米国にとってよろしくない。

トランプは、NAFTAによって米製造業が低賃金を求めてメキシコなどに工場を移転する一方、そのメキシコはじめ中南米からは移民労働者が米国に流入したため、米国の白人を中心に500万人の雇用が失われたとして、

  1. WTO脱退、TPP破棄、NAFTA再交渉を通じて自由貿易体制から離脱し
  2. 中国製品に45%の関税をかけ
  3. 不法移民1,000万人を本国送還すると共にメキシコとの国境を壁で封鎖して新たな不法移民の流入を防ぎ
  4. さらに法人税を35%から15%に減税して米企業を国内に呼び戻すことを通じて
  5. 10年間で2,500万人の雇用増を図る、

──と公約した。これこそが「米国第一」の立て籠もり戦略という訳だが、誰が考えても無茶な話で、そもそも自由貿易体制のおかげで米国が全世界で現に得ているとてつもない利益とのバランスが全く考慮されていないことに加えて、白人労働者がメキシコ人と同じ賃金水準で働くのでなければ、いくら法人税を下げても米企業は国内に戻ってこないという当たり前のことが理解されていない。

問題は全然別のところにあって、第1期クリントン政権の労働長官を務めた経済学者ロバート・ライシュが25年前に著書『ザ・ワーク・オブ・ネーションズ(諸国民の労働)』で指摘したように、米国が自由貿易体制のメリットを享受しつつ国内の雇用を確保しようとすれば、米国の労働者自身が、自己啓発を通じて、あるいは国による再教育・再雇用などのセーフティネット制度に手厚く支援されて、より知的で創造的な仕事にシフトして国内ばかりでなく世界中で活躍できるように仕向けていくことが大事になるのであって、国境を閉ざして昔通りの単純肉体労働の雇用を回復させればいいという話ではない。

その意味では、TPPで200万人の雇用増を謳ったオバマの方が多少ともまともなのだが、彼のこれに関する最大の誤りは、初めから中国を巻き込むことを考慮しなかったことである。米中貿易は、米国から見て輸入4,833億ドル、輸出1,161億ドル、差し引き3,672億ドルの大幅赤字(15年)であるけれども、オバマが就任した09年に比べれば米国の対中輸出は6割方伸びているし、そもそも中長期的に見て世界最大の消費市場である中国を無視して通商戦略など成り立つ訳がない

それなのにそのような制度設計にならなかったのは「中国に通商ルールを決めさせる訳にはいかないルールは米国が決める」(オバマ)という妙な冷戦型覇権意識が頭をもたげたからで、そのためTPPは、米日中心で先にルールを作ってそれに中国を屈服させるとでも言うような、「中国包囲網」的な政治的色彩を纏ってしまった。そうではなくて、新しい貿易秩序のルールづくりに最初から中国を参加させる度量と根気が必要だったのである。

だから、選挙戦でヒラリーが言うべきだったのは、TPP反対ではなくて、「TPPで国内雇用が減るというのは間違いだ。むしろ中国をもTPPに包摂するよう組み直して、中国向けの輸出を増やせば、オバマが言った200万人どころではなく500万人の国内雇用が見込まれる」というようなことではなかったのか。

繰り返すが、TPPが潰れて日本にとってはこれでよかったのだが、米国のためを思えばこんな低次元の議論に終わるべきではなかった。

「世界の警察官」の辞め方が難しい

グローバリズムの問題には、軍事・外交面があって、それはどうしたら米国は「世界の警察官」であることをやめて、それに代わるべき多極世界の秩序づくりに主導権を発揮することが出来るのか──もっと端的には、米国は「冷戦をきっぱりと卒業することが出来るのか、という問題である。

ブッシュ父は89年12月にマルタ島でゴルバチョフと会談して「冷戦終結」を宣言したのだが、彼はこのことの世界史的な意味を取り違えていた。本当は冷戦には勝者も敗者もなく、両超大国が、お互いに間合いを取りながらも、核と通常兵器の軍縮に取り組みつつ、1945年以来の東西対決の国際的な枠組みをボルトを1本ずつ丁寧に外すようにして解体していくプロセスに踏み込まなければならなかったのに、彼は米国が冷戦に「勝利」し、もはや敵う者のない唯一超大国になったのだと錯覚した。その現れが91年の湾岸戦争の発動で、それが今日に至る米国の対外路線の長い長い「迷走」の出発点となった。

クリントン政権は、国防費の大幅削減、軍民転換(インターネットやデジタル衛星通信など軍需用に開発された先端技術の民需用への開放)によるIT経済戦略を積極的に進め、経済面からの脱冷戦には取り組んだものの、包括的核実験禁止条約の議会批准に失敗し、またブレジンスキー元補佐官の誤った進言を容れて「NATO東方拡大」に踏み出し、その延長で95年コソボ紛争でNATO軍を率いて空爆作戦に踏み切るなど、軍事・外交面について言えば何ら一貫したものはなかった

ブッシュ父の錯覚は、ブッシュ子が就任早々に9・11の大惨事に遭遇したことで、「単独行動主義」に基づく「対テロ戦争」という致命的に誤った戦略として具現化されて世界に禍をもたらした。結局、米国は、誰の言うことも聞かず、旧ソ連による牽制や抑止からも自由に、世界最強の軍事力を恣に振り回して問題を解決できるかのような幻覚に嵌まり込んでしまった。ネオコンという「世界永続民主革命」論とも言うべき特殊なイデオロギー集団を安易に政権中枢に引き入れたことが、その幻覚をさらに深刻なものにした。その結末が今の中東大動乱である。

オバマは、その幻覚から米国を救い出してまともな軌道に乗せ替えるために頑張ったとは思う。彼が就任早々に「核なき世界の実現を高らかに宣言し、ノーベル平和賞まで貰った割には実際には大したことは出来なかったとは言え、任期の終わり近くになってイランとの核合意を成立させたこと、広島を訪れたことは、1つの一貫したメッセージではあった。アフガニスタンとイラクからの撤兵は当然のことではあるけれども、ブッシュ子政権がこの2つの国の枠組みをブチ壊してしまった誤りの深刻さを後始末するのは容易なことではなく、その難渋を突いてISという癌細胞のようなものが生まれアル・カイーダが復活するのを防ぐことは出来なかった

ネオコン後遺症との抗争が際どいところまで行ったのは、13年9月のシリア空爆中止の決断で、これは要するに、シリアのアサド独裁政権を倒すのが先だと主張するネオコン、共和党右派、マスコミの大勢、シリアの反体制勢力などの主張が正しいのか、それともIS打倒に全力を注ぐべきだとするアサド政権自身やそれをバックアップするロシアのプーチン大統領の主張が正しいのかという両極の選択肢を迫られる中で、一旦は大きく前者に傾いたオバマがギリギリのところでプーチンの説得を受け入れてアサド爆殺に踏み切ることを回避したという事態である。

多少とも事情を知る者にとっては、答えは明らかで、

  1. アサドを殺したところでいわゆる民主化勢力にはそれに代わって政権を担うだけの能力もまとまりもなく、シリアが「レバノン化」するのみである
  2. シリア領内のISを追い詰めるだけの組織的な軍事能力を持つのはシリア政府軍しかいない
  3. 実際に侵攻してシリア北部の都市を解放して行った場合に、そこで治安を回復し行政機構を再建し経済生活を復興させるのはシリア政府の役目であって、民主化勢力のゲリラなりそれを支援する外国軍にそれを代替させることは不可能である

──等々からして、少なくともISを壊滅させるまではアサド政権をバックアップせざるを得ない。ISが壊滅しシリア政府が国家再建を果たした後にアサドを退陣させるのは一向に構わないが、この戦局で彼に主要打撃を集中させるという戦略設定はあり得ない。

ネオコンは「独裁者を倒せ」一本槍で、オバマがそれに引き摺られずに思い留まったのはよかったのだが、ことほど左様に、オバマの8年間もまた新旧原理のせめぎ合いの連続だったのであり、オバマ自身が「米国はもはや世界の警察官ではない」と繰り返し言いながらも、そこからきっぱり卒業できずに終わったのは残念な限りである。

トランプは、シリアに関しては、アサド政権を擁護してIS壊滅に全力を挙げるという路線のようだが、それが単に親プーチン感情から言っているだけのことなのか、もっと深い考察に基づいているのかは、分からない。ただ、彼もオバマと同様、「米国は世界の警察官ではない」と明言していて、それはそれで結構なことではあるけれども、実は米国が世界の警察官をやめるというのは簡単なことではなく、「や~めた」と言って済むことではない。

NICの「未来予測」を辿ると……

このように、歴代大統領の軌跡を見ると、米国の脱冷戦プロセスは、紆余曲折というより右往左往の連続なのである。他方、この期間を通じて、それこそトランプが大嫌いな米エスタブリッシュメント、その中核にある外交政策マフィアは何を考えてきたのだろうか。

それを推し量る標準として私が重きを置いているのは、CIAはじめ米政府内の全ての情報関係機関が結集する「全米情報協議会NIS)」の未来予測報告書である。04年から4年ごとの12月に発表されてきたので年末までに最新版が出るはずだが、トランプ政権発足を前に一体何を提起するのか、今から注目している。

● 04年のNIS報告書『2020年の世界』

米国は2020年においても、最も重要な単独の大国に留まるであろうけれども、その相対的なパワーは徐々に衰えていくのを自覚することになろう。

20世紀が米国の世紀であったのに対し、21世紀は中国とインドが先導するアジアの世紀となるであろう。

ロシアは、国内に多くの難題を抱えているけれども、恐らく、既成勢力としての米国や欧州にとっても、新興勢力としての中国やインドにとっても、主要なパートナーとなりうるだろう。

●08年のNIS報告書『世界潮流2025』

中国やインドの台頭によって、世界の富と影響力の重心は、西から東へと移動する。

第2次大戦後に米国が主導して構築された国際体制はほとんど跡形も
なくなるかもしれない。

その多極化した世界の中で、米国は経済力も軍事力も低下した「主要
国の1つ」として振る舞わなければならない。

●12年のNIS 報告書『世界潮流2030年』

今後15~20年間に米国の国際的な役割はどのように進化するか──それが1つの大きな不確実性だ──、また米国は国際システムを作り直すために新しいパートナーたちと共働することが出来るのかどうか、それが将来のグローバルな秩序の姿を決める最も重要な変数の1つとなるだろう。

最もあり得るのは、2030年にあっても米国が他の大国と「対等ではあるがやっぱり一番」という地位に留まることである。なぜなら米国は、パワーのいろいろな領域について優位性と、リーダー的な役割についての遺産を持っているからである。単なる経済力の大きさよりももっと重要なのは、米国の国際政治における支配的な役割がハードとソフトの両面にわたる全般的なパワーによってもたらされてきたことである。

しかしながら、他の国々の急速な台頭によって、あの「一瞬の唯一超大国」は終わり、パックス・アメリカーナ──1945年に始まったアメリカの国際政治における優越の時代は急速に終わりつつある。

他のグローバル・パワーが米国に取って代わって、新しい国際秩序を作り上げるということは、今見通せる限りの時間軸の中ではほとんどあり得ない。新興諸国は、国連、IMF、世界銀行などの重要な国際機関の幹部席を得ることには熱心であるけれども、それらの機関を別のものに置き換えるような構想を持っている訳ではない。彼らは、米国主導の国際秩序に対してアンビバレントな、あるいは嫌悪といえるような感情を抱いてはいるけれども、その国際秩序から利益を得てきたし、米国のリーダーシップに逆らうよりも自国の経済開発と政治的強化を持続させることに関心を注いできた。

彼らの展望は、中国でさえも、地域的な構造を作り上げることに向けられている。米国のパワーの崩壊もしくは突然の退却は、グローバルなアナーキー状態を広げることになりかねない……。

あの「一瞬の唯一超大国」が終わり、パックス・アメリカーナも終わって、米国は他の大国と「対等ではあるがやっぱり一番というステータス確保するのが精一杯であるけれども、その「超」ではない「大国」に巧く軟着陸出来るかどうかは「大きな不確実性であると言う。これは正しい自己診断であって、本当のところこの選挙戦を通じて世界が見ていたのは、その大きな不確実性を米国がどう克服して、多極世界への適合という新しいグローバリズムの展開へと踏み出していくのかということであったのだが、回答はゼロだった

トランプが「世界の警察官を辞める」と言っているのは正しい。しかし、それに代わってどういう多極世界のコントロール秩序を作るのかという展望なしにそうすれば、世界は混沌に転がり込んでいくしかない。

彼にその構想力はなく、従ってトランプ政権はNISの言う不確実性そのものとなって、21世紀的な新秩序の形成を妨げることになろう。

大統領になったら君子豹変する?

米国にも日本にも、「トランプは選挙戦ではあんなことを言っていたけれども、実際に就任すればそんな馬鹿な行動はとらないだろう」という楽観論がある。石破茂=前地方創生相は『日経ビジネス・オンライン』11月12日付に載ったインタビューで、「トランプ氏は選挙中なので過激なことをいろいろと言っているが、同盟国との様々な事情もよく分かっている。大統領になるとなれば回りに優秀なスタッフも集まってくるので、彼らが立案する政策も含めて、『トランプ大統領』の評価を下すべきでしょう」と述べた。

安倍晋三首相もたぶん似たような認識で、「何も分かっていないトランプに自分がTPPや日米安保の重要性をレクチャーしてやれば、少しは理解するんじゃないか」くらいに思って、急遽17日にニューヨークでトランプに会うことにしたのだろうが、この「斜め上から目線はかなり危険である。

米タフツ大学の政治学教授で『ワシントン・ポスト』の常連コラムニストでもあるダニエル・ドレズナーは、11月4日付の同紙に「トランプ大統領は選挙公約のどれを実行しようとするだろうか?」と題した論説を寄せ、要旨次のように指摘した。

トランプ陣営の誰に聞いても、拷問の復活とか国境の壁とかは「ただのキャンペーン・トークだよ」とか「そんなことを本当にやれる訳がない。議会がストップをかけるだろう」とか言う。また多くのトランプについての評論も「彼は何ら核となる価値観を持たない単なる詐欺師だ」と言っている。

しかし、トランプはいくつかの核となる価値観を持っていて、それは昨日今日言い出したことではなくて、彼が過去30年間、繰り返し語ってきたことである。米国が軍事同盟関係を通じて世界中で過大な負担を強いられていること、世界経済の中で米国が不利な立場に置かれていること、米国が主導してきた自由市場主義的な秩序に終止符を打ち過大な国際的約束から米国を解き放つこと、もっと権威ある強い指導者が必要であること──などがそれで、彼はそのような主張をテレビ番組で流し、1987年には10万ドルを費やしてニューヨーク・タイムズ他に全頁の意見広告を出して訴えた。

確かに彼は、それらをどうやって具体化するかの細かいことは知らないから、通常以上にスタッフ任せになるだろう。しかし、トランプの安保政策顧問は元国防情報局長官のマイケル・フリン将軍で、彼はオバマ政権の政策や自分への処遇に不満を抱いてトランプ陣営に加わり、7月の共和党大会ではヒラリーのメール問題を糾弾する演説に立って「彼女を牢屋にブチ込め! 牢屋にブチ込め! そうだ! 牢屋にブチ込むんだ!」と絶叫し続けた激情家でであり、このような人物を権力に近づけてはならない。

結論。もしあなたが、トランプは核となる外交政策を実行に移すことはないと考えているとしたら、大変な思い違いである。彼は、彼自身よりももっとクレージーな顧問に政策の決定権限を与えるだろう。

米スタンフォード大学アジア太平洋研究センター副主幹ダン・スナイダー教授も同意見で、『東洋経済オンライン』11日付で、トランプの勝利は「単に民主党の大敗とか、その一部に共和党員も含む政治的エスタブリッシュメントの大敗とかを意味するのではない。もっと衝撃的なことに、同氏の当選により、冷戦以降2大政党共通の外交政策の柱となってきた、介入による国際協調主義が明確に否定されたということだ」と述べ、それが日米関係にどのようなインパクトを与えることになるのか慎重に見極めるべきだと指摘している。また、トランプが意見広告を出して「日本人は意図的な円安で得た金でマンハッタンのビルを買い漁っている」ことを非難した80年代から、彼の考えが全く変わっていないことに注意を促し、まだ政権以降の準備も本格化していないこの段階で安倍が慌てて会いに行くのは「果たしてよいアイデアかどうか」と疑問を投げかけている。

いや、私も、トランプが実際に大統領になれば、多少とも現実的な路線を取るだろうとは思っている。しかしかれの思考の核の部分に、長年に渡って培われた徹底的な日本嫌いが潜んでいることを軽視すれば、日本は酷い目に遭うことになるだろう。

image by: Krista Kennell / Shutterstock.com

 

高野孟のTHE JOURNAL』より一部抜粋
著者/高野孟(ジャーナリスト)
早稲田大学文学部卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。現在は半農半ジャーナリストとしてとして活動中。メルマガを読めば日本の置かれている立場が一目瞭然、今なすべきことが見えてくる。
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