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カジノという名のギャンブルを成長戦略に据えるアジアの愚国

昨年12月、ついにIR法案が可決・成立しました。各方面からは早くもカジノ解禁による経済効果についての勇ましい「試算」等が喧伝されていますが、「カジノはもはや過当競争で失敗例が増えている」とするのはメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』の著者・新 恭さん。さらに新さんは背後の利権構造の存在を疑った上で、「カジノというギャンブルが国の成長戦略になるようでは世も末」と厳しい私見を述べています。

カジノ付き商業施設が観光振興の目玉というお粗末発想

若いころ、「飲む打つ買う」は男の甲斐性のように先輩から言われたことがあった。どれもやりません、と答えようものなら「何が楽しくて生きてるんだ」とくる。それだけ、日本人の遊び方に多様性がなかったのだろう。

どうやら、今でもさして遊びの貧困は変わらないようで、この国にはギャンブル依存症という名の病いにかかっている人が他国に比べて多いらしい。

パチンコ、麻雀、競馬・競輪・競艇…これらは法をすり抜けたり、別の法律で賭博罪の対象から除外されているというだけのこと。ニッポンはまぎれもないギャンブル大国だ。

もっとも、トランプが次期米大統領に決まったとたんに訳もなく上昇を続ける株式相場もギャンブルだし、そもそも日銀がお札を刷りまくるアベノミクスだって、ほとんどバクチに近い。

だから、カジノを天下御免にすると国が言い出しても、さして驚くにあたらないが、やれ「IR」だ、「観光振興だ」と、カジノ推進派の議員連中が薄っぺらい小理屈をこねてカジノを正当化しようとするものだから、筆者の懐疑心がウズウズしはじめた。

ろくな質疑もなく昨年12月15日、国会でスピード可決、成立した「IR整備推進法なるものの正体はいったい何なのか

IRとは「統合型リゾート」、つまりカジノ付きの大規模商業施設のことだ。統合とかリゾートという言葉に騙されちゃいけない。要するにポイントはカジノだ。とりあえずこの法律を通しておいて、カジノ解禁に向けて細部を決めていこうということらしい。

もっともこの法律、形式上はあくまで議員立法である。15年も前に自民党内で勉強会が立ち上がり、6年前からは超党派のいわゆる「IR議連」で議論してきたという。

議連の幹事長、岩屋毅(自民)は『「カジノ」の真意』という著書を刊行し、この法律のPRに余念がない。カジノ解禁の意義を理論建てようと苦心惨憺したようで、その分、突っ込みどころも満載だ。

たとえば日本は「観光立国」を進めるべきで、そのために「必要な改革を大胆に実行していかねばならない」と論じる。これは誰も異存なさそうである。だが、観光立国のための改革と、カジノがどう結びつくのだろうか

ここからは何段論法なのか、説明がとにかく長く、まわりくどい。そこで、勝手ながら次のように簡単にしてみた。

わが国の観光産業はこれまで日本人を相手にしてきた内向きのビジネスだった。それを外向きの産業に変えるには、外国人が関心を示すありとあらゆる分野で魅力的なメニューがそろっていなければならない。

観光資源は多いが、たとえば文化財行政は保護を目的としていて、宝の持ち腐れだ。世界の観光地ではツアー客を楽しませるさまざまなイベント、仕掛けがある。「観光立国」にはインターネット環境、交通インフラなど投資が不可欠だが、国の財政が厳しく財源の余裕がない

とりあえず以上で区切っておこう。まだ、ここまでにカジノは登場しない。いわば「観光産業論」だ。おもてなしの心で評判のいい現下の日本の観光産業ではご不満のようなのである。

もっとカネを注ぎ込まねばならない。だけど財政が厳しい。そう強調したうえで、いよいよ殺し文句がやってくる。「ではどうすればいいのか。ひとつだけ方法があります」。こう言われると聞きたくなる。

それは「観光消費」の中から徴収した財源をさらに「観光振興」のために投入することができる仕組みをつくることです。…そんな都合のいいものはないだろうと思われるかもしれません。しかし、世界にはすでにその実例があるのです。それを可能にするのがカジノを含む「IR」なのです。

IRはラスベガス発祥のビジネスモデルだ。十数年前から世界に広まった。岩屋議員は、その理由をさぐると「MICEというキーワードに突き当たるという。

MICEはミーティング(会議・研修・セミナー)、インセンティブツアー(報奨旅行、招待旅行)、コンベンション(大会、学会、国際会議)、エキシビション(展示会)の頭文字を取った造語だ。国際会議や展示会への参加などビジネスユースが主となるため、たくさんの集客ができ、消費額も大きいというのだ。

だが、こうしたMICEの施設は維持費がかさみ不採算になる。だから、カジノや娯楽商業施設で穴埋めしようというのである。

手間をかけた説明だが、いやはや、なんと甘い算段であろうか。どんな産業やビジネスにも成功、不成功があり、成功例はごくわずかなのがふつうだ。岩屋議員は、シンガポールの成功例をとりあげて、日本も成功するだろうと楽観視しているのである。

このあたりでひとつ疑問点をはさんでみよう。シンガポールと日本の観光客数の伸びの比較についてだ。

シンガポールでは、2010年に二つのIRを立て続けに設置したところ、それまで年間1,000万人前後だった外国人観光客数が1.5倍の1,500万人へと急増した。

日本では外国人観光客数が2013年に初めて1,000万人に達し、14年1,341万人、15年1,974万人と順調に拡大、2016年には2,000万人を超えた。実に3年間で2倍でありシンガポールの増加率をはるかに上回っている

円安などいくつか要因はあるだろうが、日本はIRなしに外国人観光客が激増したのである。シンガポールだってIRのおかげかどうかはわからない。

もう一つ。シンガポールがIRで客を呼ぶのに成功している間に、これまでIRでラスベガスをはるかに超える巨利を稼いできたマカオは4割も収益が減少している。これはどう説明すればいいのだろうか。

一般的には中国の景気後退などで中国富裕層の足がマカオから遠のいたとされるが、シンガポールが伸びているのは中国富裕層のおかげではないのだろうか。つまるところ、カジノ施設が増えたため、客が分散したに過ぎないのではないか

カジノはすでに乱立で過当競争時代に突入し、共食い共倒れが起きやすい状況になりつつある。

昨年12月12日の参議院内閣委員会で、鳥畑与一・静岡大学人文社会科学部教授は次のように参考人陳述をした。

アジアのカジノVIP市場が縮小局面のなか、周回遅れの日本が参入して中国富裕層を相手にシンガポールやマカオより高収益をあげられるのか。カジノは日本にしかないものでなく、世界中同じだ。米国アトランティックシティのカジノ産業は周辺州のカジノ合法化によって、12のカジノのうち5軒が廃業に追い込まれている。日本も同じ運命をたどる危険性が高い。

カジノは一般客より、圧倒的にVIP客からの稼ぎが多い。シンガポールやマカオが潤ったのは、中国人富裕層が主要顧客になっているからだ。VIPのなかには、マネーロンダリングや贈収賄の手段としてカジノを使う客も少なくないだろう。

ラスベガスはもちろん、ヨーロッパなどカジノの先進地に行き慣れた世界の富裕層が、日本にカジノができたからといって関心を持つだろうか

すでにSNSなどを通じて外国人が発見した日本固有の魅力が世界に発信され、通常の観光地ではなく、日本人には意外な場所が外国人観光客を集めている。

こうした動きの邪魔をしない範囲で、政府は世界に向けた情報発信を積極的に行うべきではないか。たとえば、「わび・さび」という日本独特の美意識を、外国人にわかりやすく伝える努力をどこまでしているだろうか。

筆者はIR議連がカジノを観光振興の目玉として掲げていることに違和感をおぼえる。はっきりいえば、理由に正当性を持たすためのこじつけで、背後に利権構造がかくれているのではないかと疑っている。

これだけ観光資源に恵まれている国はざらにはない。世界でトップ10に入るといわれている。これまでは、日本人だけで経済が成り立ってきたからこそ、観光戦略がフランスやイタリアなどにくらべ大きく遅れをとっているだけのことだ。

カジノ解禁については、かなり前からそれを望む声があったようだが、明確なかたちで出てきたのは、石原慎太郎が1999年の1期目の都知事選で「お台場カジノ構想」を打ち出してからだろう。

金になるならなんでもやるよ。カジノをお台場につくるのもいい。本気だよ。
(石原都知事99年5月26日、毎日新聞の取材に)

その後、石原はお台場カジノ構想をあきらめたが、東京五輪の開催が決定するや、IR議連が活発に動き始めた。埋め立ててつくった広大な遊休地に万博やIRを誘致しようと意気込む大阪府の松井知事も、親しい菅官房長官にカジノ解禁への法整備を直訴した。

彼らを喜ばせたのは、マカオやシンガポールのカジノを経営する世界最大規模のカジノ運営会社、ラスベガス・サンズ社のアデルソンCEOが昨年、日本のカジノ事業に1兆円を投じる用意があるとメディアに語ったことだ。

ラスベガス・サンズ社が当て込んでいるのは外国人観光客ではなく、日本人富裕層である。マカオに次ぐ市場として同社が期待している理由の一番はそれだろう。

政治家たちはそれを知っていながら、外国人観光客を呼び込むエンジンになると吹聴して、こう言う。外国カジノ資本のカネでIR法案をつくらせ、税収が増えれば願ったりかなったりではないか、と。

一般国民からみれば、日本人の富をカジノの胴元に移転させる装置をつくるだけのこと。だが、利益誘導政治家にとっては、インフラ整備で大規模公共事業の予算がついたり、パーティー券を買ってくれるパチンコ関連業者の利益につながることが大事だ。彼らはカネと票にしか関心はない

日本のパチンコ大手がカジノ事業に進出しようとしているのは間違いない。セガサミーホールディングスは韓国のカジノ企業と合弁で統合型リゾート「パラダイスシティ」を今年前半にも開業予定だ。マルハンも、マカオのカジノ開発企業に出資した。パチンコ大手が、IR法案で外国のカジノ資本と組むこともありうるだろう。

パチンコ業界と警察の腐れ縁はよく知られている。だが、政治家への献金の実態は闇の中だ。IR法案議連のメンバー数人がパチンコ関連会社から献金を受けていたことが最近、報道されたが、氷山の一角にすぎない。

IR法案事業が失敗しても、議連の政治家はフトコロが痛むわけでもなく、法的な責任を問われることも無い。気楽なものだ。政府は政府で「議員立法によって国会でお決めになったものと言い逃れができる。

全ては目先の利益から出ている発想だ。ラスベガス・サンズ社が進出してきても、儲けが出なくなったら、さっさと撤退するだろう。候補地の一つである大阪のウオーターフロント開発は大失敗を繰り返しているが、またまた巨大不良資産をつくりだす可能性が高い

そもそもカジノはもはや過当競争で、失敗例が増えているのだ。明暗の暗の象徴とされているのが、韓国の「江原カンウォンランド」だ。

このカンウォンランドが注目されるのは数ある韓国のカジノのなかで唯一、韓国人の入場が許されている場所であるからだ。世界には自国民を閉め出しているカジノが多い。

カンウォンランドは、地域の石炭産業が衰退したため地元振興策として誘致され14年前に開業したが、ギャンブルで破産した客がホームレス化し、犯罪が頻発地域の人口は逆に減少した。日本で同じような失敗例が生まれないとは限らない。

カジノはカジノにすぎない。日本ならではの魅力的なIR法案ができるはずという幻想とPRにふりまわされて、インフラ整備などという名目で巨額の税金が投じられようとしている。新たな腐敗の温床ができ血税消失の装置が増えるだけではないのだろうか。ギャンブルが国の成長戦略になるようでは、世も末だ。

image by: LMspencer / Shutterstock.com

 

国家権力&メディア一刀両断』 より一部抜粋

著者/新 恭(あらた きょう)
記者クラブを通した官とメディアの共同体がこの国の情報空間を歪めている。その実態を抉り出し、新聞記事の細部に宿る官製情報のウソを暴くとともに、官とメディアの構造改革を提言したい。
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