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尖閣「安保適用」確認にしがみつく日本の安全保障の危うさ

各メディアがこぞって「成功裏に終わった」と喧伝しているようにも受け取れる日米首脳会談。その理由のひとつに、尖閣諸島が日米安保条約の適用対象として確認されたことも大きいとされていますが、メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』では、安倍首相訪米前日に習近平国家主席と電話会談したトランプ大統領が「1つの中国」原則を尊重する旨を伝えたことなどを上げ、今回の日米首脳会談の成果自体に疑問符を付けています。

「尖閣は安保の適用範囲」確認にしがみつく安倍首相の滑稽──半ば破綻している「中国包囲網」外交

トランプ米大統領との初めての首脳会談で安倍晋三首相が最も力を入れたのは、新大統領に「尖閣諸島は日米安保条約の適用範囲であると明言させることであったが、その目的は達成された。新聞各紙も「尖閣に安保、共同声明」(朝日)、「『尖閣に安保』明記、核による防衛も」(読売)など、そこを12日付朝刊の一面トップに持って来ている。

10日の共同会見の冒頭発言でトランプは(メモを見ながら)「私たちは日本とその施政下にあるすべての領土に対する安全保障に関与し、両国の極めて重要な同盟関係を一層強化します」と述べ、それを受けて安倍首相が「安全保障環境が厳しさを増すなかにあって、尖閣諸島が安保条約第5条の対象であることを確認しました。米国は地域におけるプレゼンスを強化し、日本も積極的平和主義の旗のもと、より大きな役割を果たしていく考えです」と、踏み込んで解説した。また発表された共同声明にも、そのような趣旨が日本側の注文通りと思われる表現で長々と述べられている。

これは一体何の騒ぎなのかと言えば、中国に対して「万が一、尖閣に手を出すようなことをすれば、ウチの親分が出てくるんだからな!」と凄味を効かせるために違いないが、果たして意味があることなのかどうか。

尖閣は今、平穏である

第1に、大前提として、中国が尖閣を軍事的に攻撃・占領したがっていて、それが日本にとって差迫った危機であるというのは本当なのか。

私の推測では、そもそも中国にそのような意図はなく(なぜなら軍事戦略的に無意味であるだけでなく、国際政治・経済的に百害あって一利もないから)、ましてやそれを足がかりに島伝いに沖縄本島から本土へと攻め上ってくるなどという作戦シナリオを描いてもいない(なぜならそんな作戦が通用したのは太平洋戦争までだから)。少なくとも当面、中国が尖閣に関して定着させたがっていることは、中国としての領有権主張は維持しつつも、ことさら荒立てることは避けて、事実上の「棚上げ状態を続けることである。

マスコミは、「中国公船が尖閣領海侵入を繰り返している」と言って危機感を煽るが、本誌が何度も書いてきたように、その実態を具体的に見ると、中国公船の動きは極めて抑制的なものであることが判明する。

● 15/08/10 No.797  『中国脅威論』に飛び移った安倍政権の軽はずみ
● 15/09/28 No.804  尖閣領海の近況のびっくり仰天

海上保安庁のホームページのトップに「尖閣諸島周辺海域における中国公船等の動向と我が国の対処」というメニューが表示されていて、クリックするとグラフが出てくる。グラフの赤い棒グラフが尖閣の領海内に侵入した中国公船の月別隻数、青い折れ線グラフはその外側12カイリの「接続水域」に侵入した隻数であり、煩雑を避けるために前者のみを取り上げる。

これを見ると、12年9月の野田政権による「尖閣国有化」以前には領海侵犯はほとんどなく、その月から跳ね上がって13年7月にピークに達し、丸1年が過ぎた10月に8隻まで減って、以後、今日に至るまで基本的に10隻を超えることなく横ばいで続いている。さらにグラフの下に月ごとに何日に何隻来たかの数字があって、それを並べると、奇妙なリズムがあることが分かる。最近1年間を見ると、このように基本は月3回で時に2回1回につき基本は3隻でたまに2隻か4隻。海保に訊いても「それだけ頻繁ということだ」と言うだけでそれ以上の説明はない(「月別回数と隻数」)。そこで知り合いの中国人記者を通じて中国側から取材すると、驚くべき実態が分かった。

領有権を主張している中国としては、最小限の行動を採って日本に対してデモンストレーションをするのは当然の立場である。

月3回になるのは、中国海警は北海(青島)、東海(上海)、南海(広州)の3管区に分かれていて、尖閣はそのうち東海管区が担当し、その下に浙江、上海、福建の3総隊があって各総隊が月に1回ずつ出すことになっている。

1回の行動で日本の主張する尖閣領海内に留まる時間は1時間半ないし2時間以内としている。

これらの様式は、中国側が一方的にルール化して実施していることではあるが、15年初からは日本海保に事前に「明日行く」と通告しているので、海保も「いつ来るか」と待ち構える必要がなくなって少し楽になったのではないか……。

つまり両当局間に馴れ合いによる事実上の領土問題「棚上げ状態がすでに現出しているということである。

なお、上掲グラフで16年8月だけが例外的に隻数が増えていることについては、すでに詳しく解説しておいた。

中国と「一触即発」のウソ。実は関係改善で、日中首脳会談の可能性も
「中国脅威論」はこうして作られた。新聞報道の巧妙な世論誘導

3つの次元をごちゃまぜにする詐術

第2に、尖閣と米国との関わりに関しては3つの次元があるというのに、安倍政権もマスコミも、それをきちんと論理立てて国民に説明しないどころか、どうも意図的にごちゃまぜにして感情論を煽っている節がある。3次元とは……、

1.領有権問題

尖閣の領有権そのものについては米国は一貫して中立で、それは当事者である日中で平和的に解決すべきことだという態度を崩したことがない。

2.施政権問題

領有権で紛争中であろうと、日本が実効支配している以上、そこには日本の施政権が及んでいる。ところで、日米安保条約第5条は「各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続きに従って共通の危険に対処するように行動することを宣言する」と定めているので、何も大騒ぎをして「再確認」などするまでもなく、安保が尖閣を適用範囲としているのは自明の理なのである。

14年4月のオバマ来日の時には、安倍首相は何としてもそのひと言を言わせようと銀座の寿司屋で口説き、同意を取り付けた。それをマスコミは「オバマ大統領が明言」と大見出しで報じたが、オバマはシラケ切っていて、翌日の共同会見で聞かれて次のように述べた。

● 14-04-28 No.729 日米首脳会談:虚飾の中の齟齬

この同盟に関しては、日本の施政下にある領土はすべて安保条約の適用範囲に含まれているという標準的な解釈を、歴代の米政権が行ってきた。……同時に私が首相に申し上げたのは、この問題に関して事態がエスカレートし続けるのは正しくないということだ。日本と中国は信頼醸成措置をとるべきだ。

我々も外交的にできる限りの協力をしていきたい。米国の立場は、どの国も国際法に従わなければならないというにあるが、国際法や規範に違反した国が出てくるたびに、米国が武力行使しなければならないというわけではない。

私が会談で強調したのは、平和的に解決することの重要性だ。言葉による挑発を避け、どのように日中がお互いに協力していけるかを決めるべきだ。米国は中国とも非常に緊密な関係を保っており、中国が平和的に台頭することを支持している。

安倍首相の「日米が結束して中国を抑えましょう」という幼稚な反中国姿勢にオバマがいかにウンザリして、「お前、いい加減に目を覚ませよ」とたしなめるような口調で語っていることが伝わってくる。なのに、性懲りもなくこのひと言を大統領の口から言わせようという涙ぐましい努力をしているのが、我が政府・外務省である。

ところで、竹島と北方4島は、日本の領土であっても実効支配が及んでいないので、安保の適用範囲ではない。12月のプーチン来日で領土問題が1ミリも動かなかった最大の壁も実はここにあって、1島だろうと2島だろうと日本に渡せばそこは安保の適用範囲となって、米軍が基地を作りたいと言えば属国=日本としては断ることができない。それを拒むだけの腹づもりがあって島を返せと言っているのか? というのがプーチンの深い問いかけで、その答えを安倍首相が用意していないが故に日露首脳会談は失敗したのである。

3.米軍参戦

尖閣にせよどこにせよ、対日侵略があったとして、安保の適用範囲だからといって米軍が自動的に日本に対して集団的自衛権を発動して出動・来援するとは限らない

安保条約第5条が「(米国が)自国の憲法上及び手続きに従って」と書いているのは、米国憲法が第1条8-11で議会に宣戦布告権があると定めているからであり、また現在では、ベトナム戦争がその議会の権限を無視して始められて泥沼化したことの反省に立って73年に「戦争権限法」が成立しているので、その制約も加わって、最高司令官である大統領といえども簡単には戦争を始められない。

さらに、手続き面だけでなく、尖閣という米国にとって何の興味もない岩礁の争奪戦に参加することで米中全面戦争にエスカレートするリスクが生じる訳で、それを冒すに値する事態であるかどうかという戦略的な判断は慎重に行われて当然で、普通の常識で考えれば、米国は尖閣ごときのために軍を動かすことはまずあり得ない

上掲のオバマの言葉もそれを示しているが、その2カ月前の14年2月10日にはアンジェレラ在日米軍司令官(当時)が日本記者クラブで記者会見し、日中がもし軍事衝突したら米軍はどうする? という問いに対してこう答えた。

● 14-02-24 FLASH No.031 尖閣で紛争があっても米国は介入しない

衝突が発生することを望まない。仮に発生した場合、救助が我々の最重要の責任だ。米軍が直接介入したら危険なことになる。故に我々は各国指導者に直ちに対話を行い、事態の拡大を阻止するよう求める。

さらに重ねて「中国軍が尖閣を占領したら米軍は?」と問われて、司令官は答えた。「そのような事態を発生させないことが重要だ。もしそういう事態が発生したら、まずは日米首脳による早期会談を促す。次に自衛隊の能力を信ずる

本当はこういうことであるのに、1.2.3.をごちゃ混ぜにして、米国が尖閣についての日本の立場を全面的に支持していて、いざという時には必ず日本と共に血を流して戦ってくれるという盟約が成立しているかに内外に印象づけようとする、これは明らかな詐欺の手法である。

トランプも中国と戦争をするつもりはない?

第3に、オバマもそうだったが、トランプもたぶん、中国と戦争を構えるなんてお止めなさいという立場だろう。彼は9日、明日は安倍首相が来て「日米同盟を強化して中国と戦いましょう」と言い寄ってくるのを百も承知の上で、習近平=中国主席と初めての電話会談を行い、「1つの中国原則を尊重する旨を伝えた。翌日の安倍首相との共同会見で産経新聞記者から中国の東シナ海・南シナ海での強硬姿勢にどう対応するかを問われたトランプは、こう答えた。

私は昨日、中国の国家主席と素晴らしい会話をした。我々は仲良くなろうとしているところだと思う。日本にとってもそれはとても利益になるだろう。

「対中国ズレ」と題した朝日新聞12日付の解説によると、

尖閣問題を抱え、中国の軍事拡張に懸念を強める首相としては、トランプの対中国強硬姿勢はマイナスではなかった。海洋進出への懸念で足並みをそろえ、中国を牽制する絵を描いてきた。

この日の会見でも、首相は「東シナ海、南シナ海、インド洋、いずれの場所であろうとも航行の自由をはじめ、法の支配に基づく国際秩序が貫徹されなければならない」と強調。米中がせめぎあう南シナ海に触れた。

ところが、日本メディアから中国への認識を問われたトランプは、前日の習との電話会談に言及、一転して融和的な姿勢を前面に出した。

首相にしてみれば、はしごを外されかねない展開とも言えるだけに、トランプの隣で落ち着かない様子を見せた……。

TPPが経済・通商面からの対中包囲網なのだから思い直してくれという安倍の訴えかけには、トランプは全く耳を貸さなかった。そこで、尖閣を持ち出して安保面からの対中包囲網を再確認しようとしているまさにその時に、トランプは中国とは仲良くするので日本もそうしろと言った。これでは安倍首相は面子が立たない。

とはいえ、トランプ政権の中枢では親中派と反中派がせめぎ合っていて、対中政策が今後どう転がるかは予測の限りではない。共和党系の外交政策エスタブリッシュメントの大ボスで親中派のキッシンジャー元国務長官はトランプに対して強い影響力を持っていて、9日の習との電話会談もその勧めによるものと言われている。しかし一方でトランプは、『中国による死』『米中もし戦わば』などの著作で知られる狂信的なまでの反中派のピーター・ナバロ=カリフォルニア大学教授を国家通商会議議長に任命しており、その影響力が強まる可能性もある。

すべては空しい虚空の儀式

それにしても、あの「日米共同声明」の空しさはどうだろうか。読者の皆さんも是非とも全文を一読して頂きたいが、まあ2,300字ほどのよくできた文章であるけれども、私が想像するに、両首脳はここに書かれたことの10分の1も議論していない

日米共同声明

例えば共同声明には、「両首脳は、日米両国がキャンプ・シュワブ辺野古地(沖縄県名護市)およびこれに隣接する水域に普天間飛行場同県宜野湾市の代替施設を建設する計画にコミットしていることを確認した。これは、普天間飛行場の継続的な使用を回避するための唯一の解決策である」と麗々しく書いてあるが、これは嘘八百で断言してもいいが両首脳はこんなことを議論していない

トランプはキャンプ・シュワブも辺野古も普天間も知らないに決まっているから、その話になれば、「それはどこにあるのか」ということになり、安倍首相は沖縄の地図とSACO合意の21年に及ぶ迷走の歴史を示す年表とかを持ち出して説明しなければならなかったはずで、それだけで40分間は終わってしまう。辺野古が「唯一の解決策」であると安倍が言ったとすれば、トランプはどうしてそうなのかと聞くだろう。あるいは、尖閣と言ってもそれがどこにあるかなど彼が知る訳もなので、ここでもまた地図を開いて解説をしなければならず、そうしたことのどれ1つとっても40分間では足りない。それでいて、翌日のフロリダでのゴルフには何時間を費やすというのでは、不謹慎と言われても仕方ない。

image by: 首相官邸

 

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早稲田大学文学部卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。現在は半農半ジャーナリストとしてとして活動中。メルマガを読めば日本の置かれている立場が一目瞭然、今なすべきことが見えてくる。

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