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中国が南シナ海上空に飛ばした「偵察用の飛行船」の軍事的意義

今年1月、「中国が南シナ海の上空で飛行船を飛ばし、レーダーで敵のミサイルを探知する新型装備の開発を進めている」という衝撃的な記事が毎日新聞に掲載されました。近年、アメリカは偵察・監視などを従来の人工衛星から、飛行船や無人機に切り替えているそうですが、中国も確実にその後を追っているようです。静岡県立大学グローバル地域センター特任助教の西恭之さんは、軍事アナリスト・小川和久氏の主宰するメルマガ『NEWSを疑え!』の中で、「飛行船による中国の早期警戒システム」を紹介。さらに、今なぜ人工衛星でなく無人機や飛行船なのか、そのメリットについて詳しく解説しています。

人工衛星が時代後れになる

:毎日新聞が2017年1月、「中国 ミサイル防衛開発へ 南シナ海上空に飛行船」という見出し記事を掲載しました。どういうことですか?

小川和久:「まずは、その記事を引用しましょう」

中国 ミサイル防衛開発へ 南シナ海上空に飛行船 (毎日新聞 2017年1月11日朝刊)

【台北・共同】中国人民解放軍が南シナ海上空でのミサイル防衛に向け、高層大気圏に飛行船を飛ばしてレーダーなどで「敵」のミサイル発射を探知する新型装備の開発を進めていることが、軍関係の文書で10日までに分かった。実現すれば中国軍の宇宙開発を絡めた防空能力は大きく高まる。

 中国筋によると、文書はミサイル攻撃などに対処する早期警戒システム構築に関する中国軍の専門家が執筆。中国軍は宇宙や空からの「脅威」に対処するため、2004年から飛行船や極超音速ミサイル、気球などの開発を続けていることを明らかにした上で、高度18~24キロの成層圏にレーダーや赤外線センサーを搭載した無人の飛行船(最大で全長約230メートル)を配備することで、ミサイル発射を早期に探知できると指摘している。

小川:「偵察・監視(早期警戒)・通信などは長い間、人工衛星の役割と思われてきたが、アメリカはこれを飛行船や無人機に担わせるための研究開発を進めている。──このことは、当メルマガで数年前から何度かレポートしたとおりで、中国は着実にその後を追っています。今回は、おなじみ静岡県立大学グローバル地域センター特任助教の西恭之さんに答えてもらいましょう」

飛行船による中国の早期警戒システム

:毎日新聞は「中国人民解放軍が成層圏に飛行船を飛ばし、ミサイルを早期に探知するシステムの開発を進めていることがわかった」と書いていますが、西さんは当メルマガ2015年10月19日特別号のテクノ・アイで、「成層圏を飛ぶ中国の飛行船の軍事的意義」についてレポートしていますね。

西:「15年10月13日、中国の飛行船『圓夢号が内モンゴル自治区シリンホト市の拠点から離陸し、高度20キロまで上昇、データ中継と地上の観測をおこないました。操縦できる飛行船が高度20キロに達したのは、2005年にアメリカのサウスウエスト研究所と米陸軍が飛行船ハイセンティネル号を浮揚させて以来、10年ぶりのことでした」

「特定地域の上空20キロ以上に数日間とどまり、データ中継や地上の観測・偵察を継続できる高高度滞空型無人機、高価で脆弱な衛星の機能を代替する潜在力があり、米英の無人機メーカーが試験飛行を繰り返してきました。高度20~100キロの大気上層は、英語で『ニア・スペース』、中国語で『近空間』といいます。ジェット機が飛ぶには空気が薄すぎ、人工衛星が周回するには空気抵抗が大きすぎる層で、これまでほとんど利用されてきませんでした。その層に無人機でなく無人飛行船を飛ばそうという中国の動きは、各国の注目を集めました」

圓夢号は、広告をつけて飛ぶのを見かける一般的な飛行船より大きく、外皮部分の容積1万8000立方メートル、全長75メートル、高22メートル。外皮上側に柔軟に形状を変える太陽電池パネルつけ、プロペラとペイロード(搭載機器)の電源とすることで、3か月以上の滞空時間5トン以上の搭載量を実現しました。北京の民間企業・南江空天科技、北京航空航天大学、内モンゴル自治区シリンゴル盟(シリンホト市を含む行政区)が共同開発したもので、中国政府科学技術部が所管する『科技日報』(15年10月14日付け)は圓夢号を『軍民両用新型ニアスペース・プラットフォーム』と表現しています」

「南江空天科技は、成層圏飛行船の用途として次の6項目を挙げています」

1)大気・水質汚染の観測 
2)都市の観測による交通情報収集、違法建築摘発、突発事件の情報収集 
3)陸地から最大500キロ沖の船舶に対する第4世代移動通信ステムの提供 
4)ブロードバンドテレビ放送 
5)レーダーによる気象観測と天気予報 
6)赤外線センサーによる林野火災の監視と消火支援

西:「3)で500キロというのは、高度20キロの飛行船から平線までの距離です。たとえば浙江省・福建省沿岸~沖縄県石垣島が約500キロ。上海から九州・沖縄に向けて500キロ進むと中間点を超えます。つまり、中国は高高度滞空型飛行船の開発によって、自国の地対空ミサイルの傘中から500キロ以上沖の海上を精密に監視する手段を手にしたわけです。この軍事的な意義を否定する世界の専門家はいません」

「毎日新聞の記事は、圓夢号の延長上で、さらに大型で高性能な高高度滞空型飛行船を開発し、早期ミサイル警戒システムを構築するという構想を伝えています。もちろん圓夢号が浮かんだときからわかっていた構想ですね」

中国の新型近宇宙飛行船、軍民共用を実現 (人民網日本語版 2015年10月16日) 

科学发展 – “圆梦号” 临近空间飞艇在锡林郭勒盟成功首飞(YouTube)(科学発展 – “圓夢号”臨近空間飛艇在 錫林郭勒≪シリンゴル≫盟成功首飛) 

ヘリウムガスを充填中の「圓夢号」(上記の映像)

これが無人機・飛行船のメリットだ

:西さんは、当メルマガで2011年から、衛星をしのぐ高高度滞空型無人機の時代がくると予見していましたね。なぜ、衛星でなく無人機や無人飛行船なのですか?

西:「そもそも偵察・監視(早期警戒)・通信などは、利用できる情報の価値が大きければそれでよいのであって、人工衛星、飛行機、飛行船、気球、凧など、どんなハードウェアを使ってもまいません」

「もちろん係留気球や凧は、高く上がれず見通しがききませんから、戦国時代ならともかく、現代では使い物になりません。飛行機も、特別に開発された航空機の場合でも長期間滞空できる技術的な限界高度は12万フィート(37キロ)とされてきました。さきほど申し上げたように、高度20~100キロの大気上層は飛行機・人工衛星ともに使いにくい不毛の空間ですから、これまでは不毛の空間より高いところに打ち上げた人工衛星を使ってきたわけです」

「しかし、さまざまな技術の進歩によって、最新の太陽電池・燃料電池・小型センサー・構造材などを使えば、高度20キロ以上の成層圏中層域に長期間とどまることができる人機の実現可能性が開けてきました。そこでアメリカやイギリスが開発にしのぎを削るようになりました。それを見て中国も後追いを始めたのです」

「高高度滞空型無人機の第1のメリットは、特定地域の上空に長期とどまることができることです。この能力があるのは静止衛星けです。低軌道衛星では1日のうち特定地域の上空を通過する回数は多くて14回(1時間40分おき)、少なければ1回で、特定の目標が視野に入っている時間は毎回15分以下しかありません。無人機はこれをカバーできます」

「第2のメリットは、高度20キロ以上の高高度に滞空するため、情報収集やデータ中継の視野(通信範囲)が広いことです。たとえば航空機の技術的な限界高度37キロからは、周囲690キロの地平線を見通すことができます。日本海上空から北朝鮮全土を監視して、弾道ミサイルの発射を探知することもできるのです」

「第3のメリットは、人工衛星と比べてはるか地表近くに滞空するため、カメラの解像度も、微弱電波の受信能力も格段に向上することです。たとえば、無人機が低軌道周回衛星の10~20分の1の高度にいると、同じカメラでも解像度が10~20倍に、同じアンテナでも受信能力が100~400倍に向上します。これは、高い位置にある衛星より視野が狭いとうデメリットをはるかに補って余りあるメリットです」

「第4のメリットは、打ち上げロケットも、加速度や放射線に耐えるセンサーも不要で、人工衛星よりもはるかに安価なことです。安ければ数多く製造して飛ばすことができ、撃ち落とすための長距離地対空ミサイルのほうが高くつく、という話になります。すると敵国からの攻撃を抑止する効果も生じます」

「第5のメリットは、気球・飛行船・ソーラー飛行機のような低速の航空機はレーダーに映りにくいこと。地上から目で見つけることも、エンジンの排熱を探知することも、きわめて難しく、電波を発信していない限り、高いステルス性があります」

「以上のようなメリットを考えると、高高度無人機より偵察衛星のほうが優れていることを見つけるほうが難しいのです。偵察衛星のメリットは平時に外国上空を通過する国際法上の権利だけ、ということになるかもしれません。衛星が無人機に置き換わっていくことは必然といえるでしょう」

アエロバイロメント社のGlobal Observer(AVIA.PROサイト)

ボーイング社のPhantom Eye(同)

●英キネティック社のZephyr(同)

 

超小型ドローンを編隊で運用

:毎日新聞は相前後して「米国防総省 超小型ドローン開発 全長16センチ 103機が編隊飛行」という記事を掲載しました。これについては?

西:「米国防総省の開発した超小型ドローンが、103機で編隊飛行する実験に成功したというものですね。FA-18戦闘機の胴体からポコポコ飛び出した超小型ドローンが、AI(人工知能)で自機や他機の動きを認識し、衝突しないように統一行動を取ります。記事は、低空での偵察飛行などに投入する計画としています」

米国防総省 超小型ドローン開発 全長16センチ 103機が編隊飛行 (毎日新聞 2017年1月10日夕刊) 

西:「これは小型ですから、遠くまで長時間飛行することはできませんが、数が多く小さすぎて、撃ち落とすことが非常に難しいと思われます。当メルマガ2016年12月8日号で取り上げたバグボット、スマートインセクト、スマートダストなどにコンセプトが近い超小型ドローンです。各機がそれぞれ自分の担当する狭い範囲の超低空偵察映像を送ってくる、撃ち落とされた機があれば近くにいる機がすぐカバーに回る、といったことが可能でしょう。こうしたハイテク兵器の登場で、たとえば南シナ海をめぐる情報収集でも新しい展開が予想されます

「あるいは、高性能爆弾を搭載した小型ドローンが、メッシュに区切ったそれぞれのエリアに散らばって自爆する、というような使い方をするのかもしれません。こんなものが何十機かワーッと飛んできたら、たまったものではないですね」

(聞き手と構成・坂本 衛)

image by: Drop of Light / Shutterstock, Inc.

 

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地方新聞記者、週刊誌記者などを経て、日本初の軍事アナリストとして独立。国家安全保障に関する官邸機能強化会議議員、、内閣官房危機管理研究会主査などを歴任。一流ビジネスマンとして世界を相手に勝とうとすれば、メルマガが扱っている分野は外せない。

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