いかにも、共謀だけなら心配ないように聞こえるが、そこに落とし穴がある。準備行為については条文にこう書いてあるのだ。
その計画をした者のいずれかによりその計画に基づき資金又は物品の手配、関係場所の下見その他の計画をした犯罪を実行するための準備行為が行われたときは…刑に処する。
すなわち、複数の人が合意して、そのうちの一人でも下見などの準備行為をしたら、処罰できるということである。これを専門家は「処罰条件」と呼び、先述した「構成要件」と区別している。安倍首相はこの「処罰条件」を定めた条文の通りに発言したことになる。
「構成要件」は強制捜査に着手するために必要、「処罰条件」は処罰するために必要な条件である。
繰り返すが、共謀だけでも逮捕される可能性はあるということだ。捜査の結果、準備行為が認められなかったら処罰には至らないとしても、逮捕という事実による社会的イメージの低下と、最長23日間の拘留が心身にもたらす苦痛は深刻である。
安倍首相はあえて「処罰」の条件のみをあげ、一般市民には関係がないというイメージを強調したのだ。
では、政府が「テロ等準備罪がないとテロ防止の穴が埋まらない」と主張する事例について検証するため、2月3日の衆議院予算委員会における山尾志桜里議員の質疑を振り返ってみよう。
山尾議員「地下鉄サリン事件をきっかけに、サリン等による人身被害の防止に関する法律というのができました。この法律には予備罪もあります。にもかかわらず、この法律があっても対応できないというのはなぜですか」
金田大臣「サリン等以外の殺傷能力の高い化学薬品というふうなことを想定していただきたいと思います」
山尾議員「サリン等に当たらないけれども殺傷能力の高い薬品の名前を一つでも挙げてください」
金田大臣「具体的な薬品を想定したものではありません」
山尾議員「具体的な薬品を想定していないなら、まさに架空の穴じゃないですか」
サリン等被害防止法の「サリン等」とは、サリンや、サリン以上、またはサリンに準ずる強い毒性を有する物質のことだ。サリン等をまくための「予備をした者は、五年以下の懲役」と定められている。毒物テロにこれで対処できないというのだろうか。
次に、航空機をハイジャックし高層ビルに突っ込ませる計画で航空券を予約する事例について。
山尾議員「総理、なぜ、ハイジャック防止法では対応できないと答弁されているんですか」
ハイジャック防止法第3条には、「航空機強取等罪を行う目的で、予備行為をした場合、3年以下の懲役刑に処される」とある。安倍首相はそれについての答弁を避けた。
金田大臣「航空券の予約または購入自体に、客観的に相当の危険性があるとまでは言えず、ハイジャック目的で航空券を購入する行為が常に予備罪に当たるとは言えない」
ハイジャック防止法成立直前の昭和45年5月12日、参議院法務委員会で、当時の法務省刑事局長は「航空券を買ったという場合にも、ハイジャックをやるという目的で航空券を買ったという場合が、第3条の予備に当たる」と発言している。明らかに金田大臣の答弁はこれと食い違っている。
山尾議員は、政府が示したテロ事例の防止について現行法で対応できると指摘し、共謀罪を新たにつくる必要はないことを証明しようとしたのである。
改正案の6条の2には、「刑に処する」のあとに、きわめて重要なことが書かれている。
ただし、実行に着手する前に自首した者は、その刑を減軽し、又は免除する。
つまり、犯罪を共謀して下見などその準備をしたあとでも、自首すれば許してやろうというわけだ。むろん、全員がうち揃って自首しない限り、自分だけが助かり他のメンバーを陥れることになる。スパイや密告の横行が懸念される条項だ。