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森友学園騒動で議論を避けられた「戦前回帰」の重い空気

役所の忖度や政治家の関与の有無ばかりが問題視されている、森友学園問題。しかし、メルマガ『国家権力&メディア一刀両断』の著者・新 恭さんは今回の件でにわかに注目を浴びた「教育勅語」を復活させようとする動きがあることに注意を払い、もっと本質的な議論をすべきだとの見方を示しています。

森友の挫折を経てもなお教育勅語を復活させたいのか

テレビの森友学園報道で気になるのは、国有地売買にかかわる8億円の値引きに役所の忖度があったのか、政治家が関与したのかを重視するあまり、もうひとつの重要なファクター、「愛国教育」の是非を話題にしたがらないことだ。

戦前の指導原理だった「教育勅語」は昭和23年6月、衆参両院でそれぞれ排除」「失効の決議がなされている。主権在民を謳う戦後の憲法に違反するからだ。

にもかかわらず、教育勅語を幼い子らに暗唱させる塚本幼稚園の教育を事実上、文科省や大阪府は黙認してきた。そればかりか、安倍首相夫妻は少なくともごく最近まで、この学園の教育に共感していたのだ。

憲法改正をめざす日本会議などの動きや、「教育改革」とか「教育再生」という名で戦後の教育のあり方を変えようとする政治潮流が、その背景にある。

極端な保守色を打ち出して生き残りをはかるメディアも目立つ。産経新聞は産経WESTのサイトで、2015年1月8日に塚本幼稚園に関する次のような記事を掲載した。

「教育勅語」や「五箇条の御誓文」の朗唱、伊勢神宮への参拝・宿泊…。大阪市淀川区に超ユニークな教育を園児に施している幼稚園がある。塚本幼稚園幼児教育学園。(中略)「夫婦相和し、朋友相信じ…」。園庭に2~5歳の園児約150人の大きな声が響く。(中略)なぜいま、教育勅語なのか。「子供に学んでほしいことは何か、とつきつめたとき、その答えが明治天皇が国民に語りかけられた教育勅語にあったからです」と籠池泰典園長の答えは明快だ。あどけない幼児が大きく口をあけ、難しい言葉を朗唱する姿を初めて見た人は一様に驚き、感動する。安倍首相の昭恵夫人もそのひとりだ。昭恵夫人は昨年4月、同園の視察と教職員研修のため訪れたとき、鼓笛隊の規律正しいふるまいに感動の声を上げた。さらに、籠池園長から「安倍首相ってどんな人ですか?」と問いかけられた園児らが「日本を守ってくれる人」と答える姿を見て、涙を浮かべ、言葉を詰まらせながらこう話したという。「ありがとう。(安倍首相に)ちゃんと伝えます」

昭恵夫人はこの記事が出る少し前の2014年12月6日と、同年4月25日にこの幼稚園を訪問している。産経の記者は籠池氏に取材し、昭恵夫人の訪問時の様子を聞いたようだ。小学校新設についても記事には期待感がこもっている。

籠池園長は現在、大阪府豊中市に私立小学校「瑞穂の國記念小學院」の建設を進めている。…目指すのは「礼節を尊び、愛国心と誇りを育てる」教育だ。

教育勅語を暗唱させ「安倍首相ってどんな人?」と問えば「日本を守ってくれる人」と答えるようにさせる園児教育を無批判に「超ユニーク」と評する感覚には首をかしげざるをえないが、こういう記事がまかり通る時代になったということが怖ろしい。それだけあの悲惨な戦争の体験が風化し、教育の不足部分を戦前の価値観に求める風潮が強まっているのだろうか。

言うまでもなく、教育勅語は「万一危急の大事が起こったならば、大義に基づいて勇気をふるい一身を捧げて皇室国家のためにつくせ」(文部省図書局の公式現代語訳)と、個人の命より天皇の国家に尽くすことの大切さを説いているのである。

幸か不幸か、今回の森友疑惑の発覚で、「教育勅語」に焦点があてられることになった。だが、テレビのニュースワイドショーや報道番組では、元文部省官僚、寺脇研氏らごく一部のコメンテーターがこの問題に言及するていど。司会者やキャスターはそれについての踏み込んだ議論を避けているように見えた

そもそも、森友学園の問題は、その教育方針に安倍総理夫妻をはじめとする政治家らが強く共鳴し籠池理事長らの野心を刺激したところからはじまったのだということを忘れてはならない。

森友学園がそうであったように、「教育勅語を復活させようとする動きがあることにもっと注意を払うべきであろう。

さすがに国会では、教育勅語についての政府の考えをただす次のような質問主意書が初鹿明博議員から提出された。

▽政府は教育勅語が「主権在君」「神話的国体観」に基づいているという衆参の決議の考えを現在も踏襲しているのか

 

▽教育勅語の本文をそのまま教育に用いることは憲法上認められないのではないか

 

▽使用を禁止すべきだと考えるがどうか。

この質問書に対して、安倍内閣は3月31日、答弁書を閣議決定した。その内容は概ね、こうだ。「勅語を我が国の教育の唯一の根本とするような指導」は「不適切」だが、「憲法や教育基本法等に反しないような形で教材として用いることまでは否定されることではない」。

どういう意味なのか。教材として用いることじたい憲法や教育基本法に反するのではないのだろうか。天皇が臣民に授ける教えである。親孝行や兄弟が仲良くするなど、普遍的な道徳が盛り込まれているからいいというのなら、何も、教育勅語である必要はないであろう。

日本の歴史と伝統に根ざしているといわれるが、しょせんは国民の団結心を高めるため「神話的国体観」によって明治政府がつくったものに過ぎない。

島薗進・上智大教授(日本宗教史)は「個々人の命が軽んじられた歴史を学ぶためなら必要かもしれないが、教育現場で一方的に教え込む権威主義的な使い方をされかねない」(朝日新聞4月1日付)と危ぶむ。

森友問題を端的に言えば、教育勅語を暗唱させる大阪の学園に総理夫妻が入れ込み、それを学園側が宣伝や交渉の手段として用いたために、自民党右派はもちろん、安倍総理とつながりの深い維新の政治家も同調し、財務省、大阪府の役人たちが異例の特別扱いで新設小学校開校へ動いたということであろう。

豊中の市議がこの件の国有地払い下げについて情報開示されないことに不審を抱き、開示を請求したのがきっかけで、問題が明るみに出たが、それがなければ、おそらく小学校は開校し、昭恵夫人は名誉校長のままだっただろう。

そうしたことを無視して、籠池夫妻だけをウソつきの悪者に仕立て証人喚問の信憑性を下げようと躍起になっているのが、官邸と自民党であり、この問題で政権を追い込もうとする民進党の議員を攻撃するのに血道をあげているのが一部のメディアや、ジャーナリスト、政治家である。

一例をあげよう。どういうわけか、民進党の辻元清美議員が、産経新聞、維新の足立康史議員、ジャーナリストの山口敬之氏ら、いわば「安倍サークルの槍玉にあがったのである。

公開された昭恵夫人と籠池諄子副園長のメールのやりとり。そのなかで「安倍サークル」の面々が着目したのは3月1日、諄子氏から昭恵氏に送られたショートメールのこの部分だ。

「辻元清美が幼稚園に侵入しかけ 私達を怒らせようとしました嘘の証言した男は辻本と仲良しの関西生コンの人間でしたさしむけたようです」
(原文のまま)

辻元議員が幼稚園に侵入しようとしたとか、作業員を小学校建設現場に送り込んだとか。本筋とは無関係のしかも意図や意味のよくわからないメールの内容をもって、足立議員はツイッターで、山口氏はフェイスブックで辻元議員に説明を求め、民進党の対応を批判した。だいたい、そんなことをして辻元氏に得することが何かあるだろうか。

驚くべきは産経新聞の対応だ。3月28日の「民進・辻元清美氏に新たな『3つの疑惑』」と題する記事で、このメールの内容を取り上げ、辻元氏に質問状を送った。

民進党が「誤った内容だ。法的措置も含めて対応を考える」という抗議文を産経新聞に送ると、同紙の石橋文登政治部長が「恫喝と圧力に屈しない 民進党の抗議に反論する」という記事を掲載した。

「民進党の皆さんは、なぜ政権を失い、なぜ今も国民に見放されたままなのか、まだお気づきになっていないようだ」と、まるで安倍総理の発言のような書き出しではじまる文章。その結びはこうだ。

もっとも問題なのは、民進党の隠蔽体質であり、恫喝体質である。自由で民主的な社会を守るためにも屈するわけにはいかない。蓮舫氏の「二重国籍」疑惑も含めて今後も政界の疑惑は徹底的に追及していきたい。

何と大げさな言いぐさか。森友問題の本質から全くかけ離れたどうでもいい真偽を問題にしてどうなるのか。法的措置をとるという民進党も大人げないが、これを安倍政権の隠蔽・恫喝体質に寛容な産経新聞の、しかも安倍首相ときわめて仲のいい政治部長が、「民主的な社会を守るためにと誇大な論陣を張るのは、なんとも滑稽なことである。

それより、産経新聞は「教育勅語」を道徳の教材として使うことについて、どう考えるのか。これまでの論調では、教育勅語を社として肯定しているかのようにも読み取れる。

「阿比留瑠比の視線」なる記事(3月13日)にこういう記述がある。稲田防衛相の教育勅語についての肯定的発言を毎日新聞が批判的に書いたことに言及したものだ、

わざわざ連合国軍総司令部(GHQ)の占領下で、その意向に従わざるを得なかった時代の決議を持ち出して、教育勅語を否定しようとしている。確かに教育勅語には「法律や、秩序を守ることはもちろんのこと、非常事態の発生の場合は、真心をささげて、国の平和と安全に奉仕しなければなりません」という部分もある。だが、これも基本的人権を損なうような過激な主張だとは必ずしも思えない。(中略) そもそも政府は、教育勅語を学校現場で用いることに特に問題はないとの見解をすでに示しており、閣僚の一人としての稲田氏の答弁は何もおかしくない。

執筆者である論説委員兼政治部編集委員、阿比留瑠比氏もまた、マスコミにおける安倍親衛隊として著名な人物だ。勅語の「万一危急の大事が起こったならば、大義に基づいて勇気をふるい一身を捧げて皇室国家のためにつくせ」のくだりを「真心をささげて、国の平和と安全に奉仕しなければなりません」にすり替える神経がどうかしている読者を馬鹿にしてはいけない

こうしてみると、安倍シンパの自民党、維新、マスコミ人が総がかりで「殿」の危急の時に立ち上がり、なりふりかまわず「敵」に見立てた相手を潰しにかかっているような感じさえ受ける。

些末な発言の食い違いを追及するヒマがあったら、情報を隠蔽しようとする財務省や国交省に説明責任を果たすよう強く働きかけるべきだし、「教育勅語」についても、本質的な議論をすべきであろう。

image by: Wikimedia Commons

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