憲法9条は改正可能なのか? 安倍政権の描く「加憲」のシナリオ

 

脚本を書いたのは日本会議の伊藤哲夫氏

実はこの安倍首相の新路線にはアンチョコがあって、それは日本会議の中心的な組織者の1人でシンクタンク「日本政策研究センター」の代表でもある伊藤哲夫氏の論文「『三分の二』獲得後の改憲戦略」である。同センターの機関誌『明日への選択』16年9月号に載ったその論文は、先の参院選で与党に維新を加えた改憲勢力が衆参両院で3分の2を超えるに至ったことを喜びつつも、「これで一気に改憲発議、というほど改憲への状況は甘くない」と楽観を戒め、「改憲をさらに具体化していくための思考の転換」を提起していた。安倍首相はまさにそれに応えたのである。要点は以下の様である。

一言でいえば、「改憲はまず加憲から」という考え方にほかならないが、ただこれは「3分の2」の重要な一角たる公明党の主張に単に適合させる、といった方向性だけに留まらない。むしろ護憲派にこちら側から揺さぶりをかけ、彼らに昨年の「安保法制反対デモの」ような大々的な「統一戦線」を容易には形成させないための積極戦略でもある。

護憲派が改憲に反対する理由として掲げるのは、平和、人権、民主主義という普遍的価値を否定するもので、それは戦後日本の歩みそのものを否定するものだという主張である。これには様々な点で異論がありわれわれとしては引き下がれないが、ここで言いたいのは、むしろ今はこの反論にエネルギーを費やすことをやめ、まずはこうした議論を無意味なものにさせるところから始める、という提案である。

そのような憲法の規定には一切触れず、ただ憲法に不足しているところを補うだけの「加憲」なら、反対する理由はないではないか、と逆に問いかけるのだ。

残念ながら、今日の国民世論の現状は、「戦後レジームからの脱却」といった文脈での改憲を支持していない。にもかかわらず、ここであえて強引にこの路線を貫こうとすれば、改憲陣営の分裂を招き……一般国民を逆に護憲陣営に追いやることにもなりかねない。とすれば、ここは一歩退き、現行の憲法の規定は当面認めた上で、その補完に出るのが賢明なのではないか……。

安倍首相が最も信頼するブレーンである伊藤氏は、このように大迂回戦術を提起し、さらにその「加憲」の中身についてこう言う。

例えば

  1. 前文に「国家の存立を全力をもって確保し」といった言葉を補うこと
  2. 第9条に3項を加え「但し前項の規定は確立された国際法に基づく自衛のための実力の保持を否定するものではない」といった規定を入れること
  3. 更には独立章を新たに設け「緊急事態条項」を加えること
  4. そして第13条と24条を補完する「家族保護規定」を設けること

等々だと言ってよい。

現行の憲法それ自体は否定せず、ただそれを補う、という形をとることにより、憲法の平和、人権、民主主義の基礎を一層確かなものにするという発想だ。

これはあくまで苦肉の提案でもある。国民世論はまだまだ憲法を正面から論じられる段階には至っていない。とすれば、今はこのレベルから固い壁をこじ開けていくのが唯一残された道だ。まずはかかる道で「普通の国家」になることをめざし、その上でいつの日か、真の「日本」にもなっていくということだ……。

これを読んで判ることは、安倍首相や日本会議が一昨年の安保法制反対の野党「統一戦線」による国会前をはじめ全国的な運動の広がりに、われわれが想像するよりも遥かに強い危機感を持ったということである。これで事が憲法そのものとなれば、さらに強烈な反対運動が盛り上がるのは必然で、それを何としても避けるために徹底的な迂回作戦を採ろうとしているのである。そうでなければ、かつて「みっともない憲法ですよ」と言い捨てた安倍首相がこの忠告に従うはずがない。

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