【書評】卒業後、行方不明者多し。東京藝大生のカオスな日常

 

藝大が屈指の難関であることは知っていた。平成27年度の絵画科の志願倍率は17.9倍、藝大全体でならしても7.5倍。昔は60倍を超えたこともあった。ある程度の資金力がないと藝大受験は難しい。とくに音校では、受験しようと思ったら藝大の先生に習うのがほぼ必須だという。教授のコネという意味ではない。

試験の採点は、師匠を除いた残りの教授陣によって行われる。音校に合格するにはトップクラスの実力が必要で、それを身に付けるにはトップレベルの指導者に習う必要があり、そういう指導者は藝大の教授であることが多いからだ。音校に入るには親が本気になって、2歳3歳から英才教育を叩き込むようだ。

美校は現役合格率約2割、平均浪人年数が2.5年。独学が可能というわけでもなく、美大受験予備校に通うのが普通だ。藝大にも一応センター試験があるが、重要なのは実技試験だ。その試験は何段階にも分かれていて、ものすごく苛酷だ。受験者の構想力、創造力、表現力を考査するもので正解はないらしい。

この本ではフルネームで(仮名もいたが)美校、音校の学生がインタビューに応じている。バラエティ豊かな35人が登場。会話が面白すぎる。出来すぎである。いい反応を引き出す質問がうまいからだ。そして、回答の分析が的確だ。15か月かけたインタビューをバラバラにして再構築する。なかなかの手腕だ。

藝大生の多くが目指す画家、工芸家、彫刻家、作曲家、演奏者、指揮者等々、そういう存在になれるのはほんの一握り。学生たちは卒業後、どう生きていくのか、将来のことをあまり真剣に悩んでいないようだと感じる著者。普通の世界と離れすぎてしまう「ダメ人間製造大学」か、「今は楽しいだけの大学か。

この本が売れているわけは、知られざる東京藝大がディープに描かれているからだろう。そして受験マニュアルにもなる。過去問はネットで探せば出てくるが、実際に受けて合格した人の話なんてじつに参考になる。できてあたり前、それ以上のものを求められる、それは才能。おそるべし東京藝大。

わたしの同期では藝大美校に男子三人が合格した。二人は名のある画家に、一人は一級建築士事務所を経営している。ドロップアウトしていない。

編集長 柴田忠男

 

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