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日本のクルマ産業が、中国の電気自動車ベンチャーに駆逐される日

自動車の地球環境への配慮などが叫ばれるようになって久しい昨今ですが、世界の自動車業界は今、ZEV(排ガスゼロ車)に大きくシフトしてきているようです。Windows95の設計に携わり、「右クリック」などを現在の形にしたことでも知られる世界的プログラマーの中島聡さんが発行するメルマガ『週刊 Life is beautiful』では、急速にZEVへのシフトに舵をきり始めた世界の動向にスポットをあて、中島さんが米テスラが牽引する「自動車産業の未来」を考察しています。

ZEV(排ガスゼロ車)へのシフト

ここのところ、急速に ZEV(zero-emission vehicle、排ガスゼロ車)へのシフトが進んでいます。

もっとも目立ったのが、フランスによる2040年までにガソリン車とディーゼル車を廃絶しようという動きです(France will ‘ban all petrol and diesel vehicles by 2040’)。低所得者に対する自動車の買い替え補助、新たな石油・石炭の採掘の禁止なども含め、2050年までにカーボンニュートラル(二酸化炭素の排出量と吸収量を同じにすること)を達成するための、大きなコミットメントです。

この動きに関しては、様々な見方が出来ますが、米国がトランプ政権の誕生により、地球温暖化対策のリーダーシップの座を降りることになったことが、逆にヨーロッパの国々にとっては「絶好のチャンス」と見て、これを機会に業界全体に進化圧をかけることにしたのではないかと、私は見ています。

同じような動きは、ヨーロッパの他の国々でも見られますが、特にディーゼル車の排ガススキャンダルでお尻に火がついたドイツは(フォルクスワーゲンに続いて、メルセデスベンツに対しても疑惑の目が向けられています。Bosch faces diesel scrutiny again, this time in Mercedes-Benz probe)、電気自動車へのシフトをせざるを得ない状況です。フランスよりも、もっと積極的な進化圧をかけてきても不思議ではありません。

(地球温暖化ではなく)排ガス問題を抱える中国もZEV へシフトを加速するために大きな圧力をかけ始めました。カルフォルニア州のように、各自動車メーカーに対して、2018年には新車の8%を、2020年には新車の12%にしなければいけない、という進化圧をかけているのです。これに対し、テスラ以外のほとんどすべての自動車メーカーは猛反対しているそうです(Virtually all automakers (except for テスラ) are asking China to slow down electric car mandate)。

カルフォルニア州の厳しい排ガス規制がテスラの成長に大きく寄与したように、中国の規制が中国の電気自動車ベンチャーを育成することになるのはほぼ確実だと思います。

その結果、電気自動車へのシフトが素早く行えない既存の自動車メーカーは、日本のガラケーメーカーが iPhone と安価な中国・台湾製の Android ケータイの間に板挟みになって苦しんだのと同じ目に会う可能性は十分にあります。

ちなみに、電気自動車社会へのシフトが急速に進んでいる証拠が、Bloomberg の「Big Oil Just Woke Up to Threat of Rising Electric Car Demand」という記事のグラフにとても良く現れています。石油産油国の集まりである OPEC が発表している、電気自動車の普及予測が、2016年度版で、大きく塗り替えられたのです。2015年版では、2040年における電気自動車の数を4千6百万台と予測していましたが、2016年度版では2億6千6百万台と5倍にもなっているのです。

こういった世界の動きに対する日本政府と日本の自動車メーカーの対応の悪さを厳しく指摘したのが、古賀茂明氏による「安倍政権の戦略ミスで電気自動車は世界最後尾の日本 トヨタ社長の涙の意味」という記事です。

トヨタに関していえば、エコカー(ハイブリッド車)へのシフトでは、プリウスで世界をリードしましたが、その次の一手として用意していた水素自動車よりも先に電気自動車の市場が立ち上がってしまったために出遅れてしまった、というのが実情だと思います。「水素自動車」を開発していた人たちには申し訳ありませんが、「電気自動車社会」へのシフトはすでに始まっており、結果として「水素社会の実現性はさらに遠のいたことになります。

所有していたテスラの株を(値上がりする前に)売却してしまったのも、今から考えれば大きな失敗だったと思います。今からでも遅くはないので、テスラと本格提携して、Model 3 の OEM 生産で電気自動車のデファクト・スタンダードを作ってしまう、というウルトラCも悪くない戦略だと思います。テスラが今、喉から手が出るほど必要としているのは、成長のための資金と生産設備の拡充であり、それらを手に入れるためであれば、既存の自動車メーカーとの資本・業務提携というのは十分にありうる話だと思います。

一方の日本政府は、ひと昔前までは、厳しい排ガス規制で適切な進化圧をかけて日本の自動車メーカーを育てて来ましたが、(この記事によると)今や新車の7~8割がエコカー減税の対象になってしまったほど、だらしないそうです。せっかくの「進化圧を与える道具」が、単なる「日本の自動車メーカー支援」に成り下がってしまったのです。

本来ならば、電気自動車へのシフトを加速すべく、強い進化圧をかけるべきタイミングですが、これまで官民一体となって「水素社会を作る」話を進めて来た手前、日本のメーカーの(電気自動車へのシフトの)準備が出来るまでは急速な舵取りは出来ない、というのが現状であり、それがますますシフトを遅らせる結果となっているのです。

私はテスラの Model X を去年の12月から毎日のように運転していますが、一度電気自動車の素晴らしさを知ってしまうと二度と普通の車には戻れません。静かで清潔で、ガソリンスタンドに行く必要も、オイル交換も定期点検も必要なく、かつ、運転のしやすさが格別(重心が低く、加速性能が高い)なのです。

さらにそれにオートパイロット機能がついているのですから、まさにこの違いは、ガラケーとスマートフォンの違いに匹敵します。テスラがModel 3 の生産能力を大幅に引き上げ、同時に、中国政府による進化圧で育てられた電気自動車ベンチャーが世界に乗り出してくるだろう2018年~2020年は自動車業界にとって激動の年になると私は見ています。

中島聡『週刊 Life is beautiful』より一部抜粋、毎月必ず読みたい方はご登録ください。初月無料です

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image by: Thor Jorgen Udvang / Shutterstock

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