アメリカの独立記念日である7月4日に大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射実験を行った北朝鮮に対し、警戒感を一気に高めたトランプ政権。そして再び29日に北朝鮮はICBM発射実験を行いました。今回の無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』では著者の北野幸伯さんが、戦争に発展する可能性を含め、朝鮮とアメリカ両国が現在置かれている立場を冷静な目で考察しています。
金正恩は、ニューヨークを核攻撃できる力を獲得した???
北朝鮮は7月29日、またもや大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射実験を行いました。7月4日の実験が成功した時、いわゆる西側の専門家たちは、「アラスカやハワイに届く可能性がある」「5年後には、米全土を核攻撃できる能力を獲得する可能性ある」などと分析していました。ところが今回の実験について、金正恩は、「米本土全域を射程に収めた」と宣言しています。
北朝鮮、「ICBM発射実験成功 米本土全域が射程に」
AFP=時事 7/29(土))0:10配信
【AFP=時事】北朝鮮国営の朝鮮中央通信(KCNA)は29日、同国の大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射実験が成功し、金正恩(キム・ジョンウン、Kim Jong-Un)朝鮮労働党委員長が米本土全域を射程に収めたと述べたと伝えた。
金正恩氏は「あらゆる時にあらゆる場所から」ICBMを発射する能力が示され、米本土全域が射程に入ったことも確認されたと「誇りを持って」述べたという。
(同上)
「米本土が射程に入った」。これ、どうなのでしょうか? 「ハッタリ」なのでしょうか? 専門家の意見を聞いてみましょう。
アナリストらは、今回のミサイルは射程約1万キロで、米本土もその範囲に入るとみている。米科学者団体「憂慮する科学者同盟(Union of Concerned Scientists)」の兵器専門家、デービッド・ライト(David Wright)氏は自身のブログで「現時点の情報によれば、今日の北朝鮮によるミサイル実験は米西海岸、そして多くの米主要都市に容易に届いていた可能性がある」との見方を示した。
(同上)
なんと! 金正恩の言葉は、「ハッタリ」ではないそうです。北朝鮮は、アメリカのどんな都市を攻撃できるのでしょうか?
ライト氏によるとロサンゼルス(Los Angeles)、デンバー(Denver)、シカゴ(Chicago)は十分射程に入るとみられ、ボストン(Boston)やニューヨーク(New York)にも届くかもしれないという。
(同上)
なんと! ロス、デンバー、シカゴ、ボストン、ニューヨークに届くかもしれない。
米中関係は、さらに悪化する
この事態を受けて、アメリカはどうするのでしょうか? 一つは、これまで通り「中国への圧力を強める」こと。これは何でしょうか?
北朝鮮貿易の90%は、対中国である。だから、中国が北朝鮮との貿易をやめれば、金正恩体制は、短期間で崩壊してしまう。それを知っているトランプは、「中国がやってくれ!」というのです。
ところが、中国は、金正恩体制を維持したい。なぜ? まず、金正恩が核を持っていても、その標的は、日本、アメリカ、韓国です。だから、中国の脅威ではない。
もう一つ、中国にとって最大の仮想敵はアメリカ。クレイジーな金正恩の北朝鮮は、中国にとっての「緩衝国家」になっている。つまり、「アメリカの中国侵略を食い止める役割を果たしている」。
というわけで、習近平。トランプに言われたら、「やります!」と言いますが、本気で北朝鮮を崩壊に追い込むはずがない。それで、トランプは、「習の野郎にダマされた!」と激怒している。そして、「中国にさまざまな圧力をかけている」という話をしました(まだの方は、「中国にダマされた…ようやく気づいたトランプ大統領『怒りの逆襲』」をご一読ください)。
これから、トランプ・アメリカは、ますます中国への圧力を強めていくことでしょう。
高まる戦争の可能性
あなたが、ドナルド・トランプだったとしましょう。彼から見ると、金正恩は、「クレイジーな独裁者で、アメリカにケンカを売っている」ように見えるでしょう。つい最近まで、「ICBM実験が、レッドライン」と見られていた。しかし、金は7月4日、「ICBM実験」を実施した。これは、「ハワイ、アラスカに届く」と言われた。専門家は、「5年もするとアメリカ本土全体を攻撃できる能力を獲得するかもしれません」などと言っていた。ところが、「ニューヨークに届く可能性のあるICBM」の実験が行われたのは、5年後どころか、なんと25日後だった。
トランプは考えるでしょう。「このペースだと、1年後はどうなるんだ?」「5年後はどうなるんだ?」と。「北は、米全土を核攻撃できるICBMを、数十発持つことは確実だよな」と考える。つまり、「先延ばしすればするほど、事態は悪くなる」と。
今戦争を始めればどうでしょうか? 「日本や韓国は、攻撃されるだろう。特に、韓国人は『最低100万人死ぬ』と言われている。今ならアメリカは、無傷だろう。しかし、2~3年後なら、アメリカも無傷では済まない。やるなら今が最後のチャンスだ…」。こんな風に考えるかもしれません。
「戦争を始めたい」国内的な理由もあります。トランプは、「ロシア・ゲート」で追いつめられ、「弾劾」の恐怖に怯えている。戦争は、国内を一体化させ、「ロシア・ゲート」「弾劾圧力」を「無力化させる」可能性がある。しかし、「トランプが戦争を始めたせいで韓国人が100万人死んだ」となれば、非難は免れない。どうすればいいのか?
ルーズベルトだったら、こんな風に考えるでしょう。「まず北朝鮮に攻撃させればいい」と。そうすれば、戦争で犠牲者が出ても、「北朝鮮が始めたので、アメリカはいやいや戦争に突入した」となり、トランプが非難されることはありません。そして、「自衛戦争」は、「国際法で認められている権利」なので、「国連安保理」を通す必要がないのですね。
もう一つ、重要なファクターがあります。口でどう言おうが、中国、ロシア、「最大の仮想敵」はアメリカです。北朝鮮は、中ロにとって、便利な「緩衝国家」である。だから、戦争になれば、金正恩は、両国からの支援を期待できます。「支援の規模」にもよりますが、中ロが絡んだ「大戦争」に発展する可能性がある。
実際は、どうなるのでしょうか? トランプさんと側近の決断にかかっています。
※現時点では、大々的な「戦争不可避キャンペーン」は、始まっていません。アメリカでは、戦争を始める前に、「戦争が不可避であること」を国民に納得させるプロパガンダが行われます。現時点では、「北朝鮮がしたことの事実を伝えること」が報道のメインであるようです。