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トランプは正気を保てるか? 北朝鮮が目論む「平和協定」の駆け引き

お互い激しく挑発し合う、金正恩朝鮮労働党委員長とトランプ大統領。ひとたび戦火を交えるような事態となれば、韓国はもちろん、我が国の被害も甚大なものとなってしまいます。この危機を平和裏に解決する方法はないのでしょうか。メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』では著者でジャーナリストの高野孟さんが、米韓の専門家らの意見を引きながらその可能性を探るとともに、日本政府のPAC3配備などの行動を「世界から見れば素っ頓狂」と一刀両断しています。

北朝鮮と米国の「核ゲーム」はもう終わった?──真の問題から余りにかけはなれている日本の議論

今の世界で精神的不安定が心配される国家指導者が2人いて、あろうことか、選りに選ってその2人が「核」という危険物を挟んでお互いに罵詈雑言を飛ばし合う言葉の戦争に突入しているのを見るのは、おぞましいことではある。

こんな罵り合いから、事の弾みで誰も望んでいない悲惨な戦争に転がり込むといったことは、歴史上いくらでもあったことで、いま警戒しなければならないことの1つはそのような「偶発戦争を予防することである。

米中間で作動しているような重層的な緊急連絡メカニズムは、米朝間では全く存在していないので、首脳同士の言葉の投げ合いが軍の現場レベルでの過剰な対応を呼び起こす可能性は大いにあって、それは例えばの話、「軍事的圧力」のデモンストレーションという以外にさしたる意味もなくトランプが米空母艦隊を朝鮮近海に進出させ、それに遭遇した北の潜水艦の艦長が「きっと委員長様は喜んで下さるだろう」と思って魚雷を発射してしまった、というようなことである。

あるいは、米国が、これもデモンストレーションのため、グアムのアンダーソン空軍基地から核爆弾搭載可能のB1爆撃機を韓国に派遣し、それに対して北がグアムの近海を狙ってミサイル発射実験を予告するといった剣呑なことになってきて、そのミサイルが間違って本当に基地に当たってしまった、というような場合である。

「肩が触れた」の何のと言い合っているうちにもう懐から拳銃が抜かれているといった事態は御免被りたい。

トランプは正気を保てるか?

次に心配なのは、軍事にも外交にも疎いトランプ米大統領が、感情にまかせて北への軍事攻撃を命令してしまうことである。周知のようにトランプは、「世界が見たこともないような炎と怒りに見舞われる」と、金親子お得意の「火の海にしてやる」とほとんど同じ下劣な口調の言葉を8日に吐き──しかしこれはどういう英語なのだろう、「怒りの炎」ならまだ分かるが、fire and fury て、何かそういう慣用句でもあるのだろうか──それが騒ぎを呼ぶと、10日には「厳しさが足りなかったかもしれない」と言葉を重ねた。

さらに11日には「(北の核問題に対する)軍事的解決の準備はすでに整っている」とツイッターで宣言して見せた。トランプは、今どこぞのゴルフ・リゾートで長期休暇中で、プールサイドのデッキチェアかバーのカウンターに座って親指でこんな言葉を吐き散らしているのだろう。

これに対して、ワシントン内外から一斉に牽制や警告が発せられているのは当然である。

政権内では、ティラーソン国務長官が、米政府はあくまで外交的な努力を通じて北の核・ミサイル開発問題を解決することを目指していることを繰り返し表明し、「米国は北の体制転覆を目指さず、政権崩壊も求めない。朝鮮半島再統一の加速は求めず、北緯38度線の北に米軍を派遣する口実も求めていない」とまで具体的に述べている。マティス国防長官も同じ立場で、10日の会見で「北問題はティラーソン国務長官やヘイリー国連大使が外交努力を続けている現時点ではその成果が出つつある」と、ティラーソン共々、トランプの暴発を抑えていくつもりであることを明言している。

議会では、下院の野党=民主党の多数議員が、トランプに対北の挑発的言動を自制するよう求める書簡をホワイトハウスに送りつけた。議会が心配するのも当然で、トランプは就任から半年を過ぎた今も、外交の実務を担う国務省の中心ポストを空白にしたままである。安全保障担当次官、東アジア・太平洋担当次官補、駐韓大使、対北人権問題担当特使などで、対アジア・対朝鮮半島に関して責任を持って実務を扱う者は誰一人いないという異常事態である。この状況ではティラーソンとマティスの両長官が大統領の正気を保つことに責任を負うしか破滅を避ける方法はない

また中国とロシアはそれぞれに、金正恩に対して挑発行動を止めるよう圧力をかけると共に、トランプに対しても自制を求め、ドイツはじめ欧州もそのような中露の努力を支持している。

「軍事的解決」など存在しない

本誌が何度も解析してきたように(注)、この問題に「軍事的解決は存在しない。トランプが本当に軍事力を行使してこれを解決することができると思っているのであれば、それは無知のなせる業であり、思っていないのに言っているのであれば、単なる言葉の上での脅迫にすぎない。

注:今年に入ってからのこの問題についての本誌の論考

米国が採りうる軍事行動には大中小があって、大は93年にクリントン政権が立案して思い留まった「北の全土700カ所を一斉攻撃する」という作戦、中は核・軍事施設だけに絞ってピンポイント爆撃、小は金正恩の爆殺ないし特殊部隊突入による斬首作戦などだが、いずれも北の核および通常兵器による報復攻撃を100%封じることが不可能であるため、必ず何カ月も続く大戦争になって、北はもちろん韓国、日本、そして(北のICBM完成後であれば)米国で合わせて数百万人の死者が出ることが避けられない

他方、北の核開発の目的は、米国との核抑止関係を成立させることを通じて38度線の休戦協定を64年ぶりに平和協定に置き換える交渉を開始し、並行して米朝国交樹立のための交渉を始めることであるから、北の方から先制的な攻撃を仕掛けることはない。

従って、今の局面で肝心なことは、金正恩にこれ以上の際どい挑発行為に出るのはトランプが相手では危険であることを理解させ抑えつける一方で、トランプに対しては「軍事的解決はあり得ないことを理解させて直ちに交渉による解決に踏み切るよう促すことである。

この簡単なことが今まで実現しなかった最大の要因は、米国がクリントン以来、「北が核開発を放棄すれば交渉に応じるという姿勢をとってきたことにあるので、この際それは止めにして、核開発を「凍結」すればそれで交渉開始は可能という姿勢に転じればいいのである。

そんな妥協をすることはとんでもないと叫び出す人がいるかもしれないが、米国は旧ソ連はじめ中国、イスラエル、インド、パキスタンなどが核保有を実現した時には、いずれも既成事実として受け入れてきたので、今回そうすることに特に何の不都合もないはずである。

米外交・軍事政策マフィアが動く

実はすでに米国の外交・軍事政策のプロフェッショナルたちは、その方向で解決を図るべく動き出している。影響力ある外交専門誌『フォリン・ポリシー』はとっくにその論調に踏み切っていて、最近の例を挙げれば、8月7日の電子版で、米陸軍大学付属戦略研究所のアジア安保政策専門家2人による「核保有の北朝鮮と共存していくことをいかにして学ぶか」という論文を載せ、さらに8月9日にはミドルベリー国際問題研究所の東アジア核不拡散計画の代表理事による「ゲームは終わり北朝鮮は勝った」という、いささかムッとするようなタイトル論評を掲げた。

前者の著者はデイビッド・ライ教授と調査アシスタントのアリッサ・ブレアで、「公式の政策や米陸軍の立場を必ずしも反映していない」と断りながら、要するに「ピョンヤンに核兵器を諦めさせる最善の方法はそれを彼らに持たせてしまうことである」(同論文の副題)と主張している。

北の核を直接に軍事力を行使して除去するのは危険で悲惨な仕事になる。しかし米国には間接的に北朝鮮の挑発に対処する方法が残されている。両国の関係を正常化しお互いの敵意を除去しようという北朝鮮の呼びかけに応じることである。

このシナリオでは、トランプ政権は北に対して2つのことを明確にしなければならない。第1に、彼らの挑発は自殺的であって、もし米国やその同盟国である韓国・日本にミサイル攻撃をしかけるようなことがあれば、北は全滅することになるということ。第2に、彼らが挑発を止めるなら、ワシントンは平和条約を結んで朝鮮戦争を正式に終わらせ、関係を正常化するだろう──仮に北が核保有国のままであったとしても、である。

核保有国=北朝鮮と共存することは、北に対して核を諦めるよう説得することを止めることを意味しない。しかし米国はもはや北の「大敵」ではなくなるので、北の核問題の矢面に立つ必要がなくなる。そうすると、北の核はまずもって中国にとっての問題となり、中国が朝鮮半島の非核化に積極的に取り組まざるを得なくなるだろう……。

後者の著者はジェフリー・ルイスという不拡散問題の専門家で、こう述べる。

米政府の情報コミュニティが、北朝鮮は実戦に足る60発もの小型化された核弾頭を保有し、米本土に到達するICBMも製造していることを認めた。これは大ニュースで、これによって、北を非核化させるために外交でやるべきなのか軍事力でやるべきなのかというこれまでの議論は、終わった。

この先どうするのか。引き続き核とミサイルとを放棄するか、少なくとも凍結するよう、北を説得すべきだという人もいるが、私はそれはそう簡単ではなく、まず時間をかけて緊張を低減させていくことが必要だと思う。しかしいずれにせよ方法はただ1つ、北朝鮮と交渉する事である。

もう1つの選択肢は最悪である。信頼に足る軍事的選択肢などあり得ない。何基あるか分からないミサイルとたぶん60発はあるという核弾頭をすべて破壊することなどできると思うか。1発でも生き残ればそれがソウルか東京かニューヨークに降る。あるいは、米国のミサイル防衛が設計仕様より巧く働いて、米国に向かってくるミサイルのほとんどというのではなく最後の1発まで取りこぼしなく撃ち落とすことができると思うか。その可能性にあなたは自分の命を委ねるか?

運がよければ、ほとんどのミサイルを落とせるだろう。ソウルとニューヨークは何とか助かったが、東京は壊滅した。3つに2つが生き残ったのなら悪くなかったよね? ──ふざけて言っているのだが、これが今始まった新しい世界の現実である……。

米国の出方を韓国はどう読むか

韓国でも専門家の思考は同じレベルを走っている。尹徳敏(ユ・ドクミン)前国立外交院院長は12日付の日本経済新聞のインタビューで「米政権が軍事行動に出る可能性は」と問われて……、

2つのケースがある。トランプ政権は中国の協力を通じて問題を解決するという枠組みの中にまだいるようだが、金正恩委員長が引き続きICBMを開発し配備すれば、軍事オプションのほかに解決方法がないという状況まで行くこともあり得る。その場合、北朝鮮は韓国と日本に多大な被害を与えられるが、米国を滅ぼすことはできず、自分の政権が滅びる。

(もう1つは)北朝鮮が「ICBMを放棄できる」と話し、開発を凍結する一方で「我々の核能力をそのまま黙認してほしい、米国とは戦略的関係で平和協定を締結しよう」という取引を提案するシグナルを送れば、トランプ政権が交渉を開始する可能性がある。その可能性が70%あると見ている……。

私はもう少し高く、その可能性が90%と見ている。いずれにせよ、韓国はもちろん、中国、ロシア、欧州、そして当の米国のトランプ自身を除く国務・国防両長官、議会やシンクタンクの外交専門家まで含めて、いま世界共通の安全保障上の最大関心事は、トランプが暴れ出さないうちにどうやって首に縄をかけて、北朝鮮との交渉の入り口まで引っ張っていくかにあって、実は金正恩もすでにその新しいゲームの参加者となりつつあると言ってよい。

そういう国際的な流れとは全く無関係なところにいるのが、日本の政府・マスコミである。安倍晋三首相にとっての関心事は、もし北がグアム方面にミサイルを撃った場合、中国・四国上空を通り、その際に誤って部品が落ちてくるかもしれないので、それをPAC3で撃ち落とす態勢に万全を期すということくらいである。世界から見れば素っ頓狂に映る日本の行動である。

image by: Frederic Legrand – COMEO / Shutterstock.com

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早稲田大学文学部卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。現在は半農半ジャーナリストとしてとして活動中。メルマガを読めば日本の置かれている立場が一目瞭然、今なすべきことが見えてくる。

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