北朝鮮、目覚めのミサイル発射。今こそ日本は「正気の戦略」を

 

「日本政府中枢のある人物」の困った発言

もう1つ、困った発言を挙げて吟味しておこう。『週刊文春』8月31日号の特集「北朝鮮核ミサイルは日本を狙っている」で、「日本政府中枢のある人物」がこう言っている。

いま我々が懸念しているのは、日米同盟にデカップリング(連動していたものが連動しなくなる)が起こることです。日本が攻撃された場合アメリカが北を反撃するという従来の安全保障の枠組みは、そもそも「北朝鮮はアメリカを直接攻撃できない」ことが「前提条件」になっていました。それが今や北朝鮮によるアメリカ本土攻撃ができる状況になった。もし東京が攻撃された場合、アメリカはカリフォルニアを犠牲にしてまで日本を守るのかという新たな問題が生じたのです。

これが日本政府のどの程度の中枢にいる人物なのかは知る由もないけれども、言っていることのほとんどは虚妄である。

第1に、先にも述べたように、北が日本を攻撃するのは、米国と戦争状態に入った場合に在日米軍基地を叩くことがほとんど唯一のケースであって、「日本が攻撃された場合アメリカが北を反撃するという状況設定そのものが架空である。逆に言えば、日本が北の核ミサイル攻撃を受けるような状況では、米軍はすでに北との戦闘に入っているということである。

そういうことが何もないのに、或る日突然、北が日本にミサイルを発射してくるという危機シナリオは合理的でない。それでもそれを危機シナリオとして採用する場合は、金正恩が正気を失うかもしれないという想定に立たなければならない。ところがあらゆる戦略ゲームでは、米国にせよどこの国にせよ、どこかの国の指導者が正気を失うという場合を計算に入れて予め対応策を立てることは不可能である。例えば、トランプ米大統領が突然激高して核のボタンを押しまくろうとするかもしれないというのはあり得なくはないが、それに備えようとすることは全く無意味である。

第2に、「日本が攻撃された場合アメリカが北を反撃するという従来の安全保障の枠組み」などというものは、これまでも存在していなかった。それは重度の対米依存症という慢性病に苛まれてきた戦後日本の安保条約にかけた希望的観測のようなもので、確かに安保条約第5条には「日本国の施政下にある領域」で日米の「いずれか一方に対する武力攻撃」があれば「共通の危険に対処して行動する」と宣言されているが、この行動が必ず米軍による武力行使であって、それが自動的に発動されるということにはもちろんなっていない。

これは、仮に尖閣が中国によって侵された場合に必ず米軍が出動してくれるよう安倍政権がいくら懇願しても、米国が一度も確約したことがないことでも明らかである。

第3に、北のICBMが完成して初めて米国が被害を恐れるようになるのではない。今までも、韓国や日本の国民だけでなく、在韓米軍2万8,000人とその家族、在韓米国人約15万人、在日米軍5万人とその家族、在日米国人9万4,000人、それにグアムやハワイの軍民も、北の短・中距離ミサイルの射程に入っていたのであって、それらを見捨てる覚悟なしには米国は北にいきなり戦争を仕掛けることはできなかったし、今もできない。もちろん、それに加えて米本土が核被害に遭うことになればより深刻な事態であることは間違いないけれども、特別に「新しい問題が生じた訳ではない

間違った前提で間違った推論を立て間違った結論に至るという点で、この「日本政府中枢のある人物」も上述の日経記事と大同小異である。正気の戦略論を持たなければならないのは日本である。

 

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早稲田大学文学部卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。現在は半農半ジャーナリストとしてとして活動中。メルマガを読めば日本の置かれている立場が一目瞭然、今なすべきことが見えてくる。

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