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再発は防げるのか。年金機構の内部報告書、新聞各紙はどう伝えた?

今年5月に起きた日本年金機構の個人情報流出事件。125万件もの情報が漏れたこの問題の内部調査報告書が8月20日に公表されました。新聞各紙は1面で報じているのですが、その扱い方はさまざまで…。メルマガ『uttiiの電子版ウォッチ』でジャーナリストの内田誠さんが主要4紙を徹底比較しています。

年金機構が公表した情報流出事件の報告書、新聞各紙はどう伝えた?

各紙、共通して重視されているのは……。年金機構が公表した、情報流出事件に関する報告書について。

《読売》と《毎日》が1面トップ。《朝日》は1面の腹、《東京》は1面左肩に記事があります。

その他、東海大相模の甲子園制覇については、《朝日》《毎日》《東京》が写真入りで1面に大きく報じているのに対し、縁の深い《読売》が1面ではごく短い記事を載せるだけで、あとは関連記事に譲っているのが奇妙と言えば奇妙。東海大相模/原辰徳/巨人/読売・日テレという強烈なつながりがあるのに控え目に見えるのはなぜなのでしょう。主催者が朝日新聞、後援・毎日新聞…ということなので、存じ寄りの東海大相模45年ぶり優勝の快挙にも、ちょっと冷めたところがあるのかな。

1面トップについては……。

上述のように、《読売》と《毎日》は年金機構の報告書について。《朝日》は東京五輪に備えて、車いす利用者など、障害者や高齢者が会場で競技観戦を楽しめるよう、スマホで道案内をするサービスなどの実験を国土交通省が始めたというニュース。《東京》は生活保護世帯に対する奨学金が塾の費用になっても収入と見なさないようにすることを決め、10月から適用するというニュース。

解説面は……。

《朝日》…年金機構調査報告
《読売》…年金機構調査報告
《毎日》…年金機構調査報告
《東京》…天津爆発事故

ワイルドカードは……。

《朝日》…非上場巨大ベンチャー続々(6面)
《読売》…医療ルネサンス 「双極2型」安易な診断も(16面)
《毎日》…普天間移設問題 高橋哲哉氏へのインタビュー(5面)
《東京》…甦る経済秘史 うたものがたり 炭坑節(上)(7面)

ということで、以下、今日は、年金機構が公表した、情報流出事件の報告書について、各紙がどんな風に伝えているか、個別に見ていきたいと思います。

らしくない見出し

【朝日】は、1面腹の部分に「流出まで13日間 対策怠る」という見出しで短い記事を載せ、さらに3面に解説記事を置く。

報告書は、最初のサイバー攻撃から、実際に情報が流出し始めるまでの13日間に適切な対応をしてさえいれば、事件は未然に防げたと分析。その要因は、社保庁時代から残る機構の体質があるとし、その体質とは、「ガバナンス(組織統治)の脆弱さ、組織としての一体感の不足、ルールの不徹底」であり、「情報流出問題の根底」と批判している。

3面解説の見出しは「流出招いた旧社保庁体質」「年金機構報告 『緊張感共有されず』」。情報流出の経緯を、5月8日から6月1日まで時系列的に整理した表を載せている。何が起こり、どのように対応しなかったのか、対照しながら説明している。

内部調査は200人への聞き取りとサーバーのデータの分析などによって行われた。「標的型メール攻撃」で届いた124通のうち5通の添付ファイルが開かれ、パソコン31台が感染。個人情報は5月21日から23日の間に漏れたという。

被害を防ぐチャンスは6回あり、不審メール受信の情報がシステム統括部に入ったにもかかわらず、必要な聞き取りをその日のうちに行わなかった5月20日の対応が決定的だったとしている。その時、1人のパソコンが感染し、管理者権限も盗まれてしまったために感染が拡大。不審な通信先を特定して外部との接続を遮断していれば情報流出は防げていたという。

機構は今後、理事長をトップとする再生本部を立ち上げ、体質改善を進めるという。他に、情報管理対策本部も立ち上げ、サイバー攻撃への対処ルールを整備する。システムも改め、個人情報はネットから完全に遮断する方針だという。

uttiiの眼

1面記事の見出しを見て、「あれ? 《朝日》らしくない」と感じた。もっと一般的な表現に終始することが多いのだが、今朝に関しては、論点を明示しようという意図を感じる、そんな見出しになっている。解説はどうしても複雑な書き方になるので、フックとしての1面記事にも、アトラクティブな表現が必要だったということかもしれない。

ただ、見出しに書かれている「13日間対策を怠った」、放置した、という非難は、記事の中身と照応しているのだろうか。なるほど、5月8日に最初のアタックがあり、情報の流出が始まるのが21日だから、13日間云々は間違ってはいないだろう。だが、5月20日の決定的なミスのことを考えれば、「13日間放置したから大量の情報流出が防げなかった」という因果関係を見出し1行目で強調するのはどうだろうか、疑問だ。

機構はシステムの改善など、必要なことはもちろんやるのだろうが、はたして「再生本部」などというものに意味があるのか、こちらも疑問だ。問題を「体質」に還元すれば、「意識改革」とか「一体性の確保」とか、要はモラルの問題になりかねず、結果としては組織をどんどん堅固で巨大なものにしていくことになるのではないか。そうではなくて、モラルも総てシステムに翻訳して、問題が起こりにくい業務体系にしていくのが本質的に重要なのではないか。

問題のたびに同じ言葉が…

【読売】は1面トップに、「本部PC1台感染 原因」「管理権奪い 20台遠隔操作」との見出し。リードでは、「計125万件の流出はすべて、5月20日に機構本部の職員が標的型メールを開封したことが原因で、同21~23日の3日間で一気に流出したことが判明。その約2週間も前から断続的な攻撃が続いていたが、機構が有効な対策を講じなかったことで、甚大な流出被害を招いた」とある。

uttiiの眼

《朝日》が1面と3面で表現している基本的な事実と比べ、読売の1面記事のリードは圧倒的に見事だ。極めて読みやすく、問題の構造、とくに「2週間も前から」の断続的な攻撃の位置づけなども頷ける。

記者による解説が付いていて、水島理事長が「職員が心を1つにして仕事をする組織に再生する」と語ったことを「問題のたびに同じ言葉が繰り返されている感はぬぐえない。今度こそ大多数の国民の個人情報を与るという責任の重大さを職員にかみしめさせなければ、信頼回復は望めない」としている。前半部分には賛成だが、後半の認識にしたがって、組織内のモラルを高めようとしても、多分ダメだろうと思う。機構は、飛躍的に安全で効率の良いシステムを作り上げることに専心した方が良いのではないか。でなければ、次もまた、同じ言い訳と「反省」を聞く羽目になるのではないだろうか。

郷原さんと岩瀬さん

【毎日】は1面トップ。「情報流出「組織に原因」」「年金機構 改革『ゼロから』」との見出し。リードは、「消えた年金問題などで指摘された組織の問題が依然改善されていない現状を自ら認めた」とし、「ゼロベースから」組織改革に取り組むとしている点を強調。この記事の末尾には、「対サイバー攻撃政府要員を増強」の記事も付けられている。今回、年金機構のシステム全体を管理できる「認証サーバー」を管理する権限も盗まれていたという。対サイバー攻撃要員の増強は、中央省庁以外の特殊法人や独立行政法人のシステムを段階的に監視対象にすることを柱としたサイバーセキュリティー戦略案の決定と歩調を合わせた形。

3面に解説記事。こちらは「『素人』が対応 被害広がる」との見出し。今後、機構自身が総点検する様々な論点の一覧と、事件の時系列が表になっている。

uttiiの眼

《毎日》も他紙同様、機構が「使命感に欠けた」とか「社保庁体質」といったことを問題にする。しかし、他方、解説記事の大見出しが「素人」による対応を問題にしたり、サイバー攻撃に備えた具体的なルールがなく、訓練も行われていなかったことなどを問題にしたりしているように、攻撃に対抗するシステムが不十分だったことを様々なところで強調しているように見受けられる。この方が、私の感覚と近い。

解説記事の最後のブロックで、年金業務監視委員会の委員長だった郷原信郎弁護士と、年金問題の専門家でもあるジャーナリストの岩瀬達哉さんに意見を聞いているのが非常に良い

報告書自体の問題を指摘する郷原さんは、「具体的に何が問題か明らかでない。ルールが現場に周知されるまで時間がかかるといったシステムの現状に触れていない」と批判、さらに「何が社保庁時代の問題で何をひきずっているのか書かれていない。機構だけが悪者になり、国民の大事な年金業務を確実に行う厚生労働省と政府の責任が問われない流れにならないか」と危惧。全くその通りだと思う。

また岩瀬氏は「現場の声をくみ上げてルールをつくり、現場を把握する仕組みを確立するために職場ごとの業務報告などの仕掛けを浸透させていかなければならない」と指摘。これも首肯できる話だ。少なくとも、《朝日》が書いていることと比べ、遙かに大人の議論がなされているように思う。

5年前の対応の域を出ない対策

【東京】は1面左肩に記事を載せ、関連は2つ。3面には記者による短い解説(本来は1面に載せるはずのもの?)があり、28面第2社会面には受給者のリアクション。

1面記事は、機構が自ら指摘する「組織としての一体感の不足」について、報告書が「厚生労働省の官僚と地元採用者との間に意思疎通がなく、責任の所在もあいまいな旧社会保険庁時代の体質がいまだに続く『構造的な問題』がある」と書いていることを取り上げている。

uttiiの眼

記者の解説は本来、1面記事の真横に付けるべきものだったのだろう。何らかの理由で3面に飛んできた。

まず、事件の要因として報告書が「情報セキュリティー体制の弱さ」を挙げ、それに加えて「組織内の風通しの悪さ」など体質的な問題を指摘していると書いている。順番を意識したこの書き方は正しいように思う。また、体質に関して機構が、社保庁時代から指摘されてきたものだと認め、完全脱却へ取り組む姿勢を示したとするが、「本部と現場間の人事異動の活発化や、顧客の声を直接聞く現場職員の声をすくい上げるなどの具体策は、5年前の機構発足時から進めてきた対応の域を出ない」と厳しく指摘している。

体質を云々するのであれば、社保庁時代の体質を引きずったのは何故だったのかという問題意識なくしては意味がないという、至極当然のことを、この解説は示している。

 

uttiiの電子版ウォッチ』2015/8/21号より一部抜粋

著者/内田誠(ジャーナリスト)
朝日、読売、毎日、東京の各紙朝刊(電子版)を比較し、一面を中心に隠されたラインを読み解きます。月曜日から金曜日までは可能な限り早く、土曜日は夜までにその週のまとめをお届け。これさえ読んでおけば「偏向報道」に惑わされずに済みます。
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