不動産投資、マンション管理、民泊などについては、数多くの専門家の方がさまざまな視点で分析を試みてきましたが、これらの業界の現状を俯瞰して分析した記事や資料はあるのでしょうか。さまざまな業界のイノベーションを冷静に分析していることで定評のあるメルマガ『イノベーションの理論でみる業界の変化』では、著者「山ちゃん」さんが、不動産業界全体の現状と展望を考察しています。業界関係者のみならず、すべてのビジネスマン必読の内容です。
不動産仲介
この1年の動き──銀行の参入
日銀のマイナス金利導入により利鞘が縮小している銀行のなかには、手数料収益拡大を目的として不動産仲介に触手を伸ばそうとするところがあらわれてきました。
昨年のメルマガ(第36号)では、「売買仲介、賃貸仲介とも、独自色を打ち出せない中小零細業者は淘汰されることになる」と指摘しました。実際、銀行だけでなく、ヤマダ電機なども不動産仲介の新会社を設立してこの業界に参入してきました。そうなると、中小零細業者はこれまで以上に独自色を打ち出すことが求められることになるでしょう。
基礎知識──不動産仲介
不動産取引にはいくつかの法的規制があります。宅建業法上の免許が必要となるのは、不動産販売、不動産の売買仲介、不動産の賃貸仲介です。今回取り上げる不動産仲介は、売買、賃貸いずれの業態でも免許が必要です。なお、宅建業法上の免許が不要なのは、賃貸マンション経営、マンション管理、ビルや駐車場の賃貸などです。
不動産売買の仲介手数料は、宅建業者が売り主になる場合と仲介者になる場合とでは異なります。宅建業者が売り主になる場合、購入者は仲介手数料を支払う必要はありません。仲介を行っていないからです。一方、宅建業者が仲介者になる場合、購入者は売り主に対して購入代金を支払ったうえで、宅建業者に仲介手数料を支払う必要があります。この仲介手数料は、売買価格が400万円以上場合、売買価格(税抜き)×3%+6万円です。
不動産賃貸の仲介手数料は、宅建業者が貸主と借主の双方から受け取ります。このときの手数料は、両者からの合計で家賃の1ヶ月分です。注意しなければいけないのは、合計であること。貸主から1ヶ月分、借主から1ヶ月分受け取れるわけではありません。
業界概観──主なプレイヤーと市場動向
・売買仲介
三井不動産リアルティ…手数料収入7百60億円。ブランド名は「三井のリハウス」。
住友不動産販売 …手数料収入5百60億円。ブランド名は「ステップ」。
東急リバブル …手数料収入4百80億円。ブランド名は「東急リバブル」。
・賃貸仲介
[建設一体]
大東建託 …仲介件数15万6千件。ブランド名は「いい部屋ネット」。
東建コーポレーション …仲介件数6万6千件。ブランド名は「ホームメイト」。
レオパレス21 …ブランド名は「レオパレス」。
[仲介専業]
エイブル&パートナーズ…仲介件数15万3千件。ブランド名は「エイブル」。
ミニミニグループ …仲介件数14万9千件。ブランド名は「ミニミニ」。
アパマンショップHD …仲介件数4万件。ブランド名は「アパマンショップ」。
・市場動向
オーナーの相続税対策に一部銀行の資金が流入するなど、2016年の不動産向け融資は12兆円超と過去最高を記録しています。
変化のシグナル──満たされない顧客が存在することを示す兆候
この業界の顧客はどのような用事を片づけようとしているのでしょうか。売買仲介であれば「不動産を高く売りたい」「いい物件を安く買いたい」ということであり、賃貸仲介であれば「快適な住居環境がほしい」という用事に加えて「相続税対策をしたい」「安定した家賃収入がほしい」といった用事を片づけようとするでしょう。
では、そんな顧客は現在の不動産仲介を十分に消費していないのでしょうか、満たされていないのでしょうか、それとも過剰満足なのでしょうか。相続税対策を背景としたアパート融資が膨張しています。これはある意味、満たされない顧客が存在する兆候といえます。そういったなか、東建コーポレーションなどは、地主に対して宅建業法上の免許が不要なアパート経営を提案し、施工から管理、賃貸の仲介までワンストップのサービスを提供して業績を伸ばしています。これは、統合型企業の成功であり、満たされない顧客をターゲットとした、上位市場に向かう持続的イノベーションが根づこうとしているシグナルといえます。
競争のバトル──非対称性を探し出す
家電量販大手のヤマダ電機は、賃貸物件や不動産売買の仲介に乗り出そうとしています。では、彼らの経営状態はどのようなものなのでしょうか。資源・プロセス・価値基準の理論という「レンズ」を通して考察します。
ヤマダ電機が利用できる資源は、グループ企業が取り扱う家電や家具、流通チャネルとしてヤマダ電機の店舗内に設置する営業拠点、家具や雑貨を中心に扱う新型店舗、そして直接顧客と接することで得られる情報などがあります。プロセスは、これまで外部の企業などと提携して不動産事業を手がけてきており、それなりのものは持っています。価値基準は、既存の家電量販と新型店舗、そして不動産事業の相乗効果を狙うことです。
では、既存の賃貸仲介業者との間にはどのような対称性が存在するのでしょうか。それは、片づけるべき用事の理論という「レンズ」を通してみれば明らかになります。一般の顧客が既存の賃貸仲介業者を雇おうとするのは、多くの場合引っ越しのときです。しかし、顧客がヤマダ電機を雇おうとするのは、その時ではありません。家電の買い替えを考えたとき、多くの人はヤマダ電機を雇おうとします。つまり、顧客と接する機会はヤマダ電機の方が圧倒的に多いのです。
戦略的選択の評価──大手FCの傘下入り
一部で満たされない顧客が存在することを示す兆候がみられる状況においては、大手のような統合型企業が有利になります。しかも、節税マネーは、不動産事業所の約7割を占めるといわれる「町の不動産屋」、つまり中小零細の賃貸業者にまで流れてきません。確かに、中小零細の賃貸業者は地域に密着した独自のバリューネットワークに身を置いてきました。しかし、少子化が進展するなか先細りは避けられません。そうなると、大手FCの傘下入りも検討せざるを得なくなるでしょう。我が国の「パパママ・ストア」の多くがコンビニなどへ業態転換を図ったように。
業界サマリ:不動産仲介
- 変化のシグナル:相続税対策を背景に、一部に満たされない顧客が存在することを示す兆候がみられる。
- 競争のバトル:賃貸物件や不動産売買の仲介に乗り出そうとしているヤマダ電機は、顧客と接する機会が多い。
- 戦略的選択:中小零細の賃貸業者は、大手FCの傘下入りは生き残り策の一つとなる。
マンション管理
この1年の動き──IT技術の導入
昨年のメルマガ(第36号)では、「マンション管理の需要が多様化する一方で値下げ圧力が強まっているのは、過剰満足の顧客が存在することを示す兆候である」と指摘しました。そんななか、日本デジコムはインターネットに接続した端末でマンション管理業務の効率化を、穴吹ハウジングや大京などは、人工知能(AI)を活用したサービスの開発に乗り出しました。これは、いずれもマンションの管理人不足に対応しようとするもので、過剰満足の顧客をターゲットとした、置き換えのイノベーションが根づこうとしているシグナルといえます。
基礎知識──マンション管理のウラ側
マンション管理には情報の非対称性(売主や管理管理会社が知っていて管理組合が知らない情報)が存在し、結果的にマンション管理組合が損をしている場合が少なくありません。具体的には、マンションの売主である不動産会社と管理会社(多くの場合、売主の子会社)が儲かるようにあらかじめ仕組まれているのです。たとえば、売買契約書には「売主が指定した管理会社に管理を委託する」との旨が記載されています。その結果、相手のいいなりに多額の委託費を請求され続けることになるのです。では、どうすればいいのでしょうか。ビジネスモデルを成功させる4つの要因について考察します。
・顧客価値の提供
マンション管理における顧客は、マンションの住人、つまり管理組合であるべきです。
彼らが片づけようとしている用事は「マンションの資産価値を維持向上させる」ということです。
・利益方程式
主な支出項目は、外部の管理会社に支払うマンション管理費と内部の管理組合で積み立てる修繕積立金の2つです。他人任せにせず、自分たちが主体になって適切に管理することが必要です。
・カギとなる経営資源
カギとなる経営資源は、マンション管理の主体となるべき管理組合の役員です。もっとも、現実的には役員に立候補する人はほとんどいないため、輪番制になっている場合が多くなっています。
・カギとなるプロセス
カギとなるプロセスは、売主によって作られたバリューネットワークではなく、自立的なバリューネットワークに身を置くことです。具体的には、管理規約、管理業務委託契約、管理費の支払いや修繕費に積み立て、長期修繕計画などを現実に即して見直すことです。
リスク管理も重要です。まず、マンションが立地している土地が過去にどのような利用をされていたかを調べたうえで損害保険商品を選びます。また、地震に備えるために基礎構造を確認し、地震に対応したエレベーターを備えます。飲料水の確保も欠かせません。さらに、火災から生命や財産を守るために防災管理体制を整え、いざという時の資金の調達先を確認しておくことも必要になるでしょう。
業界概観──主なプレイヤーと市場動向
大京アステージ …管理戸数42万6千戸。
日本ハウズイング …管理戸数42万5千戸。
東急コミュニティ …管理戸数32万4千戸。
三菱地所コミュニティ…管理戸数29万8千戸。
長谷工コミュニティ …管理戸数26万戸。
マンションの管理戸数は漸増傾向を示すなか、各プレイヤーにとって、なり手が少ない管理人の確保が課題となっています。
変化のシグナル──過剰満足の顧客が存在することを示す兆候
この業界の顧客(マンション管理組合)はどのような用事を片づけようとしているのでしょうか。彼らが一番関心がある用事はやはり「マンションの資産価値を維持向上させる」ということでしょう。
では、そんな顧客は現在のマンション管理を十分に消費していないのでしょうか、満たされていないのでしょうか、それとも過剰満足なのでしょうか。顧客からの値下げ圧力が強まっていることは、明らかに過剰満足の兆候です。そんななか、プレイヤーのなかにはIT技術を活用したサービスで顧客を獲得しようとする動きがあります。これは、主要顧客をターゲットとする専門的企業の出現であり、過剰満足の顧客をターゲットとした置き換えのイノベーションが根づこうとしているシグナルといえます。
競争のバトル──民泊をめぐる動き
「民泊」というイノベーションがこの業界を震撼させています。この民泊をめぐっては各地でトラブルが発生しています。その原因の一つはルールが明確になっていないこと。そうした事態を踏まえ、国交省は、マンション規約に民泊の可否を明記するように業界団体などに要請しました。一方で、京王電鉄は東京大田区に民泊マンションをオープンさせました。
ここで民泊とはどういうビジネスなのか、資源・プロセス・価値基準の理論という「レンズ」を通してかんたんに考察しておきます。利用できる資源は、マンションの空き部屋、流通チャネルとしての民泊予約仲介サイトなどです。プロセスは、マンション規約の見直し。ポイントは、住民の同意を得ることと、民泊で得られた収入を全額その部屋を貸した個人のものとするのか、一部を管理組合に分配するかを決めること。そして、価値基準は、民泊で得られた収入で、マンション管理費や修繕積立金を賄うことです。
今後急増する訪日外国人の受け皿が不足することは確実です。いずれにしても、目端の利く管理組合は民泊を追い風にして、自分たちのマンションの資産価値を維持・向上させていくことになるでしょう。
戦略的選択の評価──マンション規約の定期的な見直し
民泊を受け入れると決めた管理組合はどのような点に留意すればいいのでしょうか。
ほとんどの管理組合にとって、民泊は先行きが見通せない不確実な情況にあるといえます。しかも、受け入れる外国人は、日本人とは異なる文化や習慣というものを持っています。そういった状況では、創発的な力を活用して、適切な市場やビジネスモデルを探すことが得策です。管理組合にとって、それはマンション規約の見直しを意味します。
バリューネットワーク──利用する民泊予約仲介サイト──はどうでしょうか。京王電鉄の場合は、仙台市にある百戦錬磨というサイトを通じて予約を受け付けています。もちろん、エアビーアンドビー(Airbnb)を使うのも一つの手です。しかし、それでは顧客が世界に拡散してしまいます。場合によっては、台湾や香港など地域を限定するのも一つの手です。地域を限定すればその国での知名度が上がるだけでなく、彼らの習慣などの顧客情報が蓄積され、マンション規約の効果的な見直しにもつながるからです。
いずれにしても、民泊については、ハーバード・ビジネス・スクールのクリステンセン教授が指摘するように「標準やルールが整備され、多様な企業が各顧客層の最低限の要求に十分応えらえる製品・サービスをつくれるようになる」ことになるでしょう。
業界サマリ:マンション管理
- 変化のシグナル:IT技術を活用したサービスで顧客を獲得しようとする動きがある。
- 競争のバトル:ルールが整備されれば、民泊は管理組合にメリットをもたらす可能性がある。
- 戦略的選択:民泊を受け入れる管理組合にとって注目すべき重要は選択は、マンション規約の定期的な見直しである。
住宅設備
この1年の動き──海外展開への動き
昨年のメルマガ(第36号)では、「優位性を維持しようとするプレイヤーは、リフォーム市場や海外市場に向かうことになる」と指摘しました。この流れに沿うように、パナソニックは、「パナホームと海外・リフォーム中心に」という方針を打ち出しています。また、LIXILは、南アフリカの住宅設備企業を完全子会社化しています。
業界概観──主なプレイヤーと市場動向
・サッシ …LIXIL:売上高1兆8千億円。
YKK AP:売上高3千4百億円。
・キッチン …LIXIL。
タカラスタンダード:売上高1千8百億円。
クリナップ:売上高1千1百億円。
・バスルーム…LIXIL。
TOTO:売上高5千7百億円。
パナソニック:売上高1兆6千億円。
・衛生陶器 …TOTO。
LIXIL。
・給湯器 …リンナイ:売上高3千2百億円。
ノーリツ:売上高2千2百億円。
・シャッター…三和ホールディングス:売上高3千7百億円。
文化シャッター:売上高1千4百億円。
三協立山:売上高3千三百億円。
不二サッシ:売上高9千80億円。
・市場動向
国内の新築需要は停滞する一方で、リフォーム市場は中期的には成長が見込まれています。
変化のシグナル──過剰満足の顧客が存在することを示す兆候
この業界(リフォーム市場)の顧客はどのような用事を片づけようとしているのでしょうか。彼らは「住宅の機能性を改善したい」「暮らしを楽しく豊かにしたい」といった用事を片づけようとしています。
では、そんな顧客は現在の住宅設備を十分に消費していないのでしょうか、満たされていないのでしょうか、それとも過剰満足なのでしょうか。どんな用事にも、機能的、社会的、感情的な側面があり、どれが重視されるかは用事によって異なります。前者の用事は機能的、後者の用事は感情的な側面を重視しています。そして、この業界の顧客は前者の用事を重視する傾向にあります。その一方で、リフォーム市場は伸び悩んでいます。このことは、プレイヤーが提供する住宅設備の機能性は顧客の要求水準に追いついていることを示唆しています。
競争のバトル──非対称性を探し出す
この業界には、新築需要とリフォーム需要という2つの市場があります。では、それぞれにどのような特徴を有するのでしょうか。資源・プロセス・価値基準の理論という「レンズ」を通して考察します。
まず、新築需要を手がけるプレイヤー。彼らが利用できる資源としては、流通チャネルとしてゼネコンやハウスメーカーなどがあります。プロセスは、規格化された製品を大量生産すること。価値基準は、規模の生産性を働かせてコスト削減することです。したがって、数はさばける一方で、製品の差別化はむずかしく価格値下げ圧力が強まっています。
次は、リフォーム需要を手がけるプレイヤー。彼らが利用できる資源としては、地域の工務店があります。また、場合によってはブランド力を生かすことができます。顧客からの指名買いが期待できるからです。価値基準は、高採算の案件が多い工務店ルートに注力することです。
少子化が進展する国内市場は、新築需要だけでなくリフォーム需要の先細りが懸念されています。そういった意味では、パナソニックが打ち出した「パナホームと海外・リフォーム中心に」という方針は理にかなっているといえます。
戦略的選択の評価──無消費者の獲得
国内では過剰満足の顧客が存在することを示す兆候があるものの、都市化が進んでいるアジアの新興国などはそうではありません。だからといって、国内で成功した戦略をそのまま海外に持ち込むという、意図的戦略にしがみつく姿勢は得策ではありません。なぜなら、日本と海外では生活習慣が大きく異なるからです。
海外の新興国には、住宅設備を消費したくても消費できない多くの無消費者が存在しています。彼らは、ほどほどの機能でも満足します。なぜなら、それに代わるのは何もない状態だからです。いずれにしても、彼らがどのような用事を片づけようとしているのか理解するのが重要でしょう。無消費者をターゲットとした新市場型破壊的イノベーションが根づこうとしているシグナルは、すでに片づけようとしている用事をより便利に片づけるのに役立つ製品やサービスが登場することにあるからです。
業界サマリ:住宅設備
- 変化のシグナル:国内のリフォーム市場は伸び悩んでいる。
- 競争のバトル:業界が置かれている状況からすれば、海外進出とリフォームへの注力は妥当な戦略といえる。
- 戦略的選択:海外展開するプレイヤーにとって注目すべき重要な選択は、創発的な力を促す自由度を生かして無消費者を獲得することである。
【参考文献】
不動産仲介:
・大澤茂雄『図解いちばんやさしく丁寧に書いた不動産の本』(成美堂出版)
マンション管理:
・クレイトン M.クリステンセン『C.クリステンセン経営論』(ダイヤモンド社)
・橋本正滋『マンション管理虎の巻 マンション理事は知らないと損をする』(彩図社)
・無断民泊 差し止め提訴 ミナミのマンション「管理規約に違反」
住宅設備:
・『リフォーム産業大予測 リフォーム・リノベーション市場の現況やトレンド、半歩先の経営戦略のヒント 2017』(新建新聞社)
・「パナホームと海外・リフォーム中心に」パナソニック専務
・パナソニック、タイで住宅設備のショールーム 来年ベトナムにも
全体:
・『会社四季報 業界地図2017年版』(東洋経済新報社)
・クレイトン・M・クリステンセン/スコット・D・アンソニー/エリック・A・ロス著 玉田俊平太解説 櫻井裕子訳『イノベーションの最終解』(翔泳社)
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