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日本の鉄道が「20秒早い発車で謝罪」、海外メディアでも大反響

茨城県つくば市と東京・秋葉原を結ぶ、つくばエクスプレス(TX)が「定刻より20秒早く発車し大々的に謝罪」という「不祥事」について、日本のみならず世界中のメディアで皮肉交じりに報道されました。昨今、ドアに乗客の持ち物を挟んだまま発車することを繰り返したことが問題視されるなど、マイナス報道の多いTX。しかし、メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』の著者で鉄道に造詣が深い在米作家の冷泉彰彦さん曰く、「TXは近未来の鉄道を見据えた実験線」と前置きした上で、「今回謝罪した2つの理由」について解説しています。

TX(つくばエクスプレス)は鉄道の実験線

茨城県つくば市と東京・秋葉原を結ぶ「つくばエクスプレスTX)」が「20秒定刻より早く発車」したという「不祥事」への「謝罪」を自社HPで発表したところ、「そこまで正確さにこだわる必要があるのか」といった反応が日本だけでなく、海外のメディアでも報道されて話題になりました。

このニュースですが、このTXという路線、そして路線を運行する首都圏新都市鉄道という「第三セクター」の特徴を表していると思います。その特徴というのは、何かというと鉄道の近未来を見据えた実験線」ということです。

まず、この「20秒早かった発車」への「謝罪」問題ですが、これはTXの経営サイドが特に誠実だとか、バカ正直だということではありません。そうではなくて、2つの意味合いがあるのです。

1つは「ワンマン運転+完全ホームドア+安全確認の省人化」という運用を徹底してやっているということです。TXには車掌がいません。現在は6両編成の運用ですが、利用増に対応するために8両化が進行しても、車掌を配置する計画はないようです。ですから、発車時の安全確認は運転士がカメラとセンサーを使って行っています。

このために、全駅の全ホームにホームドアが設置されています。ホームドアの運用ですが、他社の線区と比べて「特に駆け込み乗車は自己責任でやめて頂きたい」という乗客に対する意思表示を強く行っています。その上で駅員の配置なども最小限にしているのです。

駆け込み乗車は絶対に禁止、その代わりに駅員は最小限という「合理化」を徹底的にやっている以上、「ダイヤより早く発車した」というのは、マズイわけです。「駆け込み乗車の危険性は自己責任」と言いながら、電車がダイヤより早く出発するというのでは、乗り遅れた人からのキツいクレームになる可能性があり、少なくともそのスキを見せたことになるからです。今回の事例では、特にこのために「定刻に来たのに乗り遅れた人」はいなかったというのですが、予防の意味で発表したと思われます。

2つ目は、その「発表体制」ということです。これはかなり興味深い問題なのですが、何かイレギュラーな事例が起きた場合に、このTXというのは、かなり早いレベル、あるいは微小なレベルの問題でもHPで情報開示をするようにしているようです。勿論、秋葉原駅で発生した「トイレでの自殺者の発見が遅れた」というような問題もあるわけで、大いに反省した上で情報発信の透明性が当然のように要求されるという流れもあるわけですが、それ以上に徹底して開示しているようです。

そこには、ミスが発生した場合には、HPでの開示ということで発表し、これを見た当事者なり全員が自主的にミスの削減に取り組むというスタイルを模索しているのだと思います。これを管理強化というべきなのか、あるいは自由放任というべきなのかわかりませんが、経営上の実験であることは指摘できそうです。

そんなわけで、今回の「20秒事件」だけでもTXのユニークさが分かるわけですが、一方で面白いのは「ホームドアへの挟み込み」といった「明らかに乗客に非のある事例」に関しては、積極的には発表しないのです。ここに、乗客にも「自己責任という自覚」を持ってもらおうという静かなメッセージが感じられます。

その上で、できるだけ従業員数を抑えるような経営をしています。では、ブラック経営なのかというと、実はそうではないのです。他社のように、賃金を抑えた契約社員や、外注の警備会社を使って「低賃金労働力」に頼ることはしない一方で、正社員の処遇は年収ベースではかなり良いレベルにしているのです。長時間労働の問題は出ているようですし、24時間勤務という体制は、問題だとは思います。ですが、これも「ブラック」という悪質な経営とは違い、できるだけ要員を抑えて一人当たりの分配を高めるという経営姿勢の弊害として出ていると見ることができます。

実は、このTX、ワンマン運転であるだけでなく、運転自体が高度に自動化されています。また、事情があって交流と直流の区間があるために、高度な「交直両用車」を導入(一部の守谷駅以北入線の車両)しているなど、ユニークな技術も導入されています。そうした点も踏まえて、技術面でも経営面でも実験的な試みとして運行されているのがTXなのです。

勿論、長時間労働の問題は改善すべきですし、自動化に伴う安全性の問題については多角的な検証が必要な面もあります。ですが、このTXが提案している新しさ」については、明らかな目的を持ってやっていることは間違いないようです。古典的な鉄道ビジネスの伝統という点から一方的に批判したり、疑ったりするべきものとは違うように思います。

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東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

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