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日産だけ叩くのはおかしい。「無資格検査」の裏に隠された利権問題

日産、SUBARUの無資格検査、さらに最近発覚した神戸製鉄所の品質データ改ざんなど、近頃日本企業の不祥事が相次いでいます。しかし、メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』で在米作家の冷泉さんは、「日産は大罪を犯した」としながらも、金属系の会社と比べるのはおかしい話で、そもそも制度そのものに時代錯誤感があり、それを放置してきた自動車業界の体質にも大きな問題があるとしています。

日産の罪は重いが、日産叩きには反対である理由

少し前になりますが、毎日新聞(電子版)の11月14日の記事では「根腐れか、日本の『現場力』」などという激しいタイトルで、次のような表現がされていました。

たくさんの報道陣に囲まれ、ストロボの光に照らされて「誠に申し訳ありません」と頭を下げる経営トップたち。神戸製鋼所の品質データ改ざん、日産自動車やSUBARU(スバル)の無資格検査と、日本を代表する企業の不祥事が次々と発覚している。何十年にもわたり、日常的に行われてきた不正。そこから見えてくるものは何か。

コベルコについては、弁解の余地はないと思います。また、この後で発覚した三菱マテリアルについても同様です。ですが、日産とスバルをこの金属系の2社と比べるのはおかしいと思います。それにしても、「根腐れ」というのは何とも煽り過ぎです。

ハッキリ申し上げて、ここで問題になっている「無資格検査」というのは、制度の側に大きな問題があります。この点に関して、日産とスバルに問題点があるとしたら、「制度を無視した」のではなく「制度批判をしっかりやらず、改革を正々堂々と要求しなかった」こと、そして「にも関わらず裏で制度をすり抜けてしまい、世論を敵に回し、結果的に制度が善という誤解を広めることに手を貸した」という罪であると思います。倫理的というよりも、政治的な大罪とでも言ったらいい感じです。

では、この自家用車の「完成車検査」とは何なのでしょうか? 某メーカーさんの某工場が、「子ども向けのHP」で詳しく紹介しているので、リンクを掲げます。

実は、検査内容はメーカーによって(役所とのネゴ結果で)多少違うようですが、要するにこのような旧態依然としたものです(何ともレトロな、ナントカ・インスパイヤという90年ごろの車両の写真が登場する辺り、シュールな感覚すら漂いますが)。

例えば、日産の場合「38年も無資格でやっていた」から大罪のように言われています。ですが、38年間この「無資格検査員の完成車検査」で「問題」が出なかったのですから、これはもう「無資格者でも問題ない」ということが猛烈なスケールで統計的に証明されたようなものです。

それよりも何よりも、この検査の無意味さというのは、次の3点を考えてみればよく分かると思います。

1つ目は、現在の自動車製造というのは高度な自動化がされているわけです。全てのモジュールにはバーコードが振られ、生産計画はコンピュータ化されています。誤った部品が取り付けられたとか、取り付けのネジが緩いとか締め過ぎと言ったエラーは全てセンサーやカメラなどで高精度なチェックがされます。これに、熟練工やよくできたマニュアルに基づいたヒューマンな目が要所要所で入る仕組みです。クルマづくりに関して、先の工程ではそうした「高精度な作り方」をして高精度な検査をしているのに、最後の工程として38年以上も前からやっている「ローテクな検査を行うというのは、これはもう完全な儀式という意味合いしかないわけです。

2つ目は、自動車そのものが変わっているわけです。例えばHVEVの場合は、少なくとも「上から水をかけて水漏れしないか?」などというバカバカしい検査よりも、漏電の危険性の検査を徹底すべきです。勿論、社内的にはやっているのでしょうが、制度としてそうした変化への対応をしていないのであれば、形骸化という批判を浴びても仕方がないでしょう。

3つ目は、検査員の資格制度についてです。そのように簡単で儀式的な検査であるのであれば、内燃機関の部品名など詳細な記憶力テストに合格した人材などは不要です。何故ならば、検査が単純であるだけでなく、万が一問題が出た際に、「大昔の知識を問う資格試験にパスした」検査員では、改良改善の提案といった議論には参加できないからであり、反対に、改良や改善を日常業務にしている技術者に「大昔に作られた膨大な記憶を問う資格試験」にパスさせるということは不可能だからです。何故ならば、そんなテクニカルな権限の高い職能については、国際共同生産体制の中で英語が標準語になりつつあるからです。

そんなわけで、この「有資格検査員による完成車検査」というのは壮大なナンセンスであり、10月下旬の時点で問題を起こしていないトヨタの豊田章男社長もNHKのインタビューで「制度に問題あり」ということを言っているのです。

日産の大罪は、とにかく一般世論に「ルール破りをした日産は悪い」という印象を与えることで、「制度イコール善玉」という心理的効果を広め、結果的に改革を遅らせることに手を貸したということです。

この「完成車検査」ですが、これは経産省ではなく国交省の所轄で、完全に国内向けのドメスティックな制度です。そして、どうして改革が難しいのかというと、ここを崩すと車検制度の形式性もバレてしまうからで、そうなると膨大な利権と雇用の再編成という問題に発展するからです。

よく考えれば、車検制度の形式性が否定されて、現在のテクノロジーに合わせた簡素化ないし、自動化がされていけば、困るのはメーカーの系列ディーラーでもあります。そう考えると「改革」に声を上げなかったということにも、それなりに合理性があるわけです。反対にそうした事情の中で、10月末に改革を口にした豊田社長はやはり立派であるとも思います。

ですが、この問題は放置できないと思います。ただでさえクルマ離れの激しい日本、そして市場としては「縮小しつつ、電源問題があるので全面的にEVにも行けない」という非常に特殊な日本は、世界の自動車産業から置いていかれ、無視されていく、そんな末路も可能性としてはあるからです。

だからこそ、改革を粛々と進めるべきだったのですが、日産の不始末でそれが当面は先送りになってしまいました。そんなわけで、大罪ではあるものの、神戸製鋼や三菱マテリアルと同列に置くのは違うと思います。

image by: Philip Lange / Shutterstock.com

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東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

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