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900万人が勉強地獄。中国の「ヤバい受験」が生んだ人材の末路

冬といえば受験の季節。毎年、最後の追い込みとなるこの季節にはピリピリした空気が学校や家庭で流れていますが、日本のお隣・中国の受験戦争の過酷さは日本の比ではないようです。メルマガ『石平の中国深層ニュース』の著者で、「中国を誰よりもよく知る男」として著名な評論家・石平(せきへい)さんは自身のメルマガ内で、中国が政府ぐるみで行うまさに命がけの受験戦争の実態を紹介しています。

若者にそっぽを向かれ始める中国の受験戦争

「重点大学」の指定から生まれる受験地獄

受験のこととなると、中国はある意味では世界一の受験大国である。大学受験の場合、日本と同様の全国統一試験を受ける受験生はピークの時は毎年一千万人を超えたこともある。近年では多少減ったものの、2017年の受験者数は依然として940万人に達している。日本では、同じ2017年の大学センター試験の受験者数は57万人程度であったから、規模の違いはもとより、人口数に比した受験者数の割合にしても中国の方は断然高い。

受験者数の規模に対して、2017年度の中国全国の「4年制正規大学」の学生募集人数は370万人であるから、4年制正規大学への進学率は約40%である。日本では大学(学部)進学率は49%前後であるから、中国のそれは日本に近づいている。

しかし後述のように、今の中国は日本を超えるほどの「受験地獄」となっていることは実情である。さすがに「科挙制度」を生み出した「儒教の国」であるから、高卒が大学に進学しないことは本人の将来にとって大いなるマイナスになるだけでなく、親にしてもそれはとうてい容認できない。「あそこの家のバカ息子が大学にも上がれないのか」と陰口を叩かれることは、中国の親にとってこの上ない屈辱だからである。

中国流の悪しき儒教的伝統においては、体を動かして仕事する職人が蔑まれる一方、頭を動かして人の上に立つ「読書人」が尊重される風潮が今でも健在であるから、技術専門学校などへの進学よりも、やはり4年制正規大学への進学が好まれているのである。

大学への受験競争の激化に拍車をかけるもう一つの重要な要素がある。中国では政府が公然と、全国の4年制正規大学にランク付けをして「重点大学」と「非重点大学」に分類しているのである。

「重点大学」とは、要するに中国政府が「質が高い」と認定して「重点的に」バックアップする大学のことである。全国にある1219校の4年制正規大学のうち、「重点大学」に指定されたのはわずか88校である。そして受験生たちにとっては、同じ4年制正規大学にしても、「重点」と「非重点」の間には天と地の差がある。

「重点大学」から卒業すると、就職活動において「非重点大学」のそれよりは断然と優遇されているし、「重点大学から卒業」との経歴は一生の財産となるのである。したがって何としても「重点大学」に入ることは、全国の親御と受験生の切実な思いである。
その結果、全国の千万人近い受験生たちは、わずか88校の重点大学を目指して争うこととなるから、中国の受験戦争の激しさは普通並みでないのである。

受験勉強で死ぬことないから、死ぬほどに勉強せよ

受験生たちは高校に入ってから、学校と教師と親からなる「勉強せよ包囲網」によって雁字搦めにされ、この三方からの高圧の下で受験勉強に明け暮れる羽目になる。親にとっては子供が受験戦争を勝ち抜いて重点大学に入れるかどうかは最大の関心であり、高校にとってはどれくらいの卒業生を重点大学に送り込めるかは学校の評価に関わる死活問題である。そして担任の先生にしては、自分の教え子の何人か重点大学に進学できるかは、教師としての自分への評価だけでなく年末のボーナスにも大きく響くから、先生も必死である。

たいていの場合、受験生は皆学校の中で寝泊まりするから、わずかな睡眠時間と食事以外の全時間は、教師の厳しい指導下で知識の暗記と模擬試験の繰り返しの中で日々を過ごしていく。全国の高校では以前から、受験生を激励するための名スローガンの一つは流行っているが、「勉強しすぎて死ぬことはない。だから死ぬほどまでに勉強せよ!」というのである。

受験日が後100日と迫ってくると、全国の高校は全校を揚げて「入試百日決起大会」や「最後決戦のための誓いの大会」などを開き、長期間の受験勉強に心身ともに疲れ果てて限界を迎えた受験生たちに追い込みをかけるのである。そして入試前日の日は、ほとんどすべての高校は通常の授業を休んで、受験生を含めた全校の生徒だけでなく、受験生の親、本校から重点大学に進学したOBたち、そして地域の政府幹部までを招いて盛大な「出陣大会」を開くこととなる。

その時、受験生を激励する言葉の描かれた旗やプラカードが学校のグランドを埋め尽くし、政府幹部に続いて校長先生、そして受験生の親代表が続々と登場して受験生たちに檄を飛ばすのである。そして最後、受験生一同は代表者の音頭で「決戦は明日にあり!、重点大学の合格証がわが手にあり!」と、天を衝く大声で一斉に誓いを立てるのは定番である。

これで翌日(普通は6月の初旬であるが)、受験生たちはいよいよ運命の二日間を迎えることとなる。入試の初日から、中国ならではの「感動」すべき風景が全国の仮設試験場の外で見られるのである。

受験生を試験場までに送り届けた親御たちはそのまま玄関口の前で一日も立ち尽くして子供が試験場から出てくるのを待つのである。その際はもちろん、「雨ニモマケズ風ニモマケズ」である。

そして毎年の入試にあたっては、合格するための不正があちこちで行われるが、一番多いのはやはり「替え玉受験」である。闇の業者が「槍手=銃剣士」と呼ばれるプロの受験屋や重点大学の現役の大学生を雇って、さまざまな方法で受験生本人になりすまして試験場に入り、受験生の代わりに試験を受ける。場合によって、試験場の責任者や入試の監視官を買収して「替え玉受験」を実施することもある。

2014年6月、中央テレビ局が「替え玉受験業界」の内幕を暴く番組を放映したことがあるが、この年では、例えば河南省の一省だけで127名の「槍手」が摘発されて逮捕された。もちろんそれは単なる氷山の一角であろう。

「状元」の末路からみる中国教育の危機

二日間に渡る入試が終わって結果が発表されると、そこからはまた、さまざまな喜劇と悲劇が始まることとなる。入試に失敗した高校生が自殺したり行方不明になったりする事件が毎年に必ず起きてしまうが、その一方、統一試験にパスしたり、重点大学の合格証明書を手に入れたりした生徒たちと親族一同が無上の栄光と喜びを味わうのである。

中国昔の科挙試験の首席合格者が「状元」だと呼ばれるのを因んで、各地方で実施された大学統一試験では、その地方のトップ合格者を「高考状元=統一試験状元」と呼んで大いに褒め称える習慣がある。

「状元」となった受験生とその担任の教師は地方当局や学校から賞状と賞金をもらうのは普通であるが、「状元」のために盛大な祝賀会を開いたり、公衆の前で「状元」に赤絨毯を歩かせたりする地方もある。2015年7月、山西省の晋城市では、状元となった受験生を馬に乗って街中をパレードしたことが話題なっていることもある。

このように、大学受験に合格すれば、特に「状元」ともなれば、本人たちにとってあたかも栄光の頂点に立ったかの体験となるのだが、それからの人生は常に栄光の頂点に立てるとは限らない。実際、この数十年以来の「状元」たちのその後の人生に対する追跡調査もあるが、それによると、「状元」となった受験生たちが大学を卒業して社会人になってから、その大半は同世代の普通の人々より格別に優秀で売るわけでもなければ、抜きん出で出世できたわけでもない。激しい受験戦争は結果的に、知識の暗記だけが取り柄の人材を大量に生み出したわけである。

こうした中国流の受験戦争に嫌気をさしたのか、最近、高校を卒業したら進学受験をせずにして、海外留学の道を選ぶ若者は増えている。国内の報道によると、今、海外留学の道を選んだ高卒は毎年20万人にも達している。そしてその人数は毎年の20%の伸びで増えているから、現代版の中国流「科挙試験」はますます多くの若者にそっぽを向かれることとなろう。そこにあるのはやはり、中国という国全体の深刻な教育危機である。

image by: Shutterstock

石平『石平の中国深層ニュース』

『石平の中国深層ニュース』

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毎月二回、執筆者独自のルートと手法を用いて中国の政治・経済・外交などの動きにかんする情報分析を徹底的に行ない、その深層を掘り下げて記事にまとめて配信する。 目の離せない中国問題に関する情報分析をより早くより深く提供するのが本メルマガの役割である。 中国関連で重大な出来事や突発事件が発生した際は号外記事を発行する。

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