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五輪の「微笑み」に油断するな。軍事のプロが見た北朝鮮海軍の実力

平昌冬季五輪への出場を果たし、「南北統一」に色気を見せはじめた北朝鮮。しかし、メルマガ『NEWSを疑え!』の著者で軍事アナリストの小川和久さんは、「北朝鮮が潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の開発を進めていることは事実で油断ならない」と断言。さらに、北朝鮮が所有する「艦艇」を徹底分析し、北朝鮮海軍の本当の兵力について、冷静な観点で持論を展開しています。

北朝鮮潜水艦の「実力」

Q:先週のメルマガ(2018年2月8日号)では、極東での米原潜オペレーションをうかがいました。佐世保寄港の急増は北朝鮮の弾道ミサイル発射への対応のほか、これまで無視してきた古くてポンコツの北朝鮮潜水艦にも目配りしている、と。今回は、北朝鮮潜水艦の現状はどうなっているか、どの程度の能力・実力があるのか教えてください。

小川:「いま北朝鮮は、ちょっとおとなしくしています。2月9~25日に韓国の平昌《ピョンチャン》で開かれるオリンピック・パラリンピックを最大限利用したいからです」

「北朝鮮の金正恩労働党委員長は2018年1月1日の『新年の辞』で、『新年は、わが人民が共和国創建70周年を祝い、南朝鮮では冬季オリンピック競技大会が開かれる、北と南に意義のある年』と述べ、『平昌冬季五輪は民族の地位を誇示するよいきっかけ。われわれは大会が成功裡に開催されることを心から願う』『北朝鮮も代表団派遣を含めて必要な措置をとる用意がある』などと続けました」

「韓国の文在寅《ムン・ジェイン》大統領がこれに応じると、北朝鮮は”秘密兵器”の美女まで出してきた。金正恩委員長肝いりの女性グループ『モランボン楽団』の玄松月《ヒョン・ソンウォル》団長です。国民的歌手として知られる彼女は金正恩の元恋人とも噂されています。2018年1月中旬に板門店で開かれた南北実務協議に出てきたとき250万円するハンドバッグを持っていた、と韓国メディアが調べて書きました。その直後に訪韓したときの写真を見ると、ボタンに宝石がはまった豪華な服を着ていて、ファー(毛皮の襟巻き)もロシアンセーブル(黒貂)かなにか、とにかく本物でしょう」

「続いて北朝鮮は2月9日の平昌オリンピックの開会式に高位級代表団としてナンバー2の金永南最高人民会議常任委員長と実質的なナンバー2で金正恩委員長の実妹・金与正党第1副部長(政治局員候補)を送り込んできました。金与正氏は『特使』と名乗り、金委員長からの親書を手渡し、口頭で文大統領の早期の訪朝を要請しました。名実ともにナンバー2を送り込んだことで、北朝鮮の本気度が示された結果になりましたが、経済制裁による逼迫に加え、米国の軍事的圧力に怯えた結果との観測も出ています。ともあれ、韓国側は2泊3日の日程の全てにわたって金与正氏を『国賓待遇』で遇し、南北関係の改善に向けてエールを送った形です」

「しかし、油断はなりません。北朝鮮分析を専門とする研究チーム/ウェブサイトの『38ノース』(38 NORTH)が行った商業衛星画像の解析によれば、その一方で北朝鮮は潜水艦発射弾道ミサイルSLBMの開発を進めている模様で、東海岸の新浦・南造船所では未知の造船計画が進行中の可能性があり、西海岸の南浦海軍造船所でもSLBMに関連する動きがある、などと伝えています。そこで、北朝鮮の海軍力、特に潜水艦の現状やASW(対潜水艦戦)能力をお話しすることにしましょう」

北朝鮮 ヒョン・ソンウォル氏 写真特集(時事ドットコムニュース)

38 NORTH

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実態は「沿岸海軍」

Q:まず、北朝鮮の海軍力について概観してください。

小川:「アメリカ政府の分析によれば、北朝鮮海軍の兵力は2017年現在、次のようになっています」

【北朝鮮海軍が保有する艦艇】(出典:欧米の資料など)

潜水艦92隻

フリゲート艦3隻

コルベット艦6隻

ミサイル艇43隻

大型巡視艇158隻

高速魚雷艇103隻

哨戒艦艇334隻以上

輸送艦艇10隻

沿岸防衛ミサイル発射台2台

ホバークラフト130隻

掃海艇23隻

小型艇8隻

測量船4隻

小川:「潜水艦はもちろん通常動力のものだけで、潜水艇と呼んだほうがよい小型潜水艦を数多く含んでいます。巡洋艦(Cruiser)、駆逐艦(Destroyer)といった大型水上艦艇も保有していません」

「『巡視艇』は、外洋に出ていく『巡視船』とは違い、近海を見張る小型船です。巡視船のうち大型のものは、海上保安庁の『しきしま型巡視船』が全長150メートル・基準排水量6500トンですから、全長161 メートル・基準排水量7250トンの海上自衛隊『こんごう型護衛艦』(日本が導入した最初のイージス艦で、一般的な分類では駆逐艦)と、さほど変わらない大きさです。海上保安庁の『巡視艇』は、35メートル型/30メートル型/23メートル型/20メートル型があり、大きなものでも総トン数100トンちょっと。ですから、『大型巡視艇』といっても、たかが知れています。北朝鮮の哨戒艦艇には、漁船に毛の生えたような船も含まれるでしょう。ミサイル艇と魚雷艇も小型艇です」

ホバークラフト130隻だけは、異彩を放っています。というのは、弱小海軍国にしては数が異様に多いのです。米海軍は70隻以上のホバークラフトを運用しており、強襲揚陸艦や輸送揚陸艦に1~4隻ずつ積んでいます。海上自衛隊も、米軍と同じホバークラフト(LCAC-1級エア・クッション型揚陸艇)を6隻持っており、おおすみ型輸送艦に2隻搭載できます。北朝鮮は、そんな米海軍の倍近く海自の20倍以上のホバークラフトを保有しているのです。もちろん特殊部隊用で、北朝鮮は多数の特殊部隊を瞬時に韓国に上陸させることができるぞ、といいたいわけです」

「米政府の艦艇リストからも、北朝鮮の海軍は主として沿岸防備・警備が目的で、外洋での運用を考えていないことがわかります。持っているのは小型艦艇ばかりですから、海を越えて他国を攻めることなどできません闇にまぎれて韓国に特殊部隊を上陸させるくらいが関の山なのです」

「しかも、多くの船が古く整備不良もあり、経済制裁を食らって石油不足ですから、充分な行動能力はありません。米政府が数えたリストに含まれていても、港に係留されていてサビだらけ、やっと浮いているだけ、という船もあるでしょう。だから、北朝鮮の海軍を日本が恐れる必要はありません。ただし、北朝鮮漁船を見ると、こんなボロ船でよく外洋に出てきたものだ、という例がありますね。各国の常識では沿岸用の船でも、外洋に出てきて何か悪さするかもしれない、という点は想定しておくべきでしょう」

SLBMを開発しても潜水艦には配備しない

Q:貧弱な海軍力のなかで、90隻以上あるという潜水艦について、詳しく解説してください。

小川:「北朝鮮が潜水艦発射弾道ミサイルSLBMの開発を進めていることは事実で、2015年暮れにも水中に沈めたバージ(平底の荷船、はしけ)からSLBM発射実験をやっています。しかし、私がまず強調しておきたいのは、北朝鮮は、通常動力型の弾道ミサイル潜水艦(SSB=Strategic Submarine Ballistic)や弾道ミサイル原潜(SSBN=Strategic Submarine Ballistic Nuclear 戦略ミサイル原潜)を持とうとしているのではない、ということです。言い換えれば北朝鮮は、SLBMを潜水艦に搭載して第二撃核戦力報復核戦力として使おうとしているわけではないということです」

北朝鮮のSLBM実験は「失敗」 発射後に空中爆発か 専門家分析 (2016年1月13日 AFP BB NEWS)

小川:「現状ではSLBMの実現は、技術的に不可能です。しかし、仮にSLBMを持つことができた(潜水艦に搭載した核ミサイルを問題なく発射できるようになった)としても、北朝鮮には、その潜水艦を密かに遊弋(ゆうよく=敵に備えて船が動き回ることさせておく海がありません

「報復核戦力としての弾道ミサイル潜水艦は、陸上に配備された大陸間弾道ミサイル(ICBM)や戦略爆撃機が敵の第一撃を受けて壊滅しても必ず生き残り、報復して敵を殲滅することができなければ意味がなく、そのような能力を示すことによって、敵の先制核攻撃を防ぐのです。ですから弾道ミサイル潜水艦は、ある程度広く、空中・海上・海中のいずれから攻撃を受けても生き残ることが確実な海域でしか運用しません」

「そんな海域は、大国が自国の勢力圏と見なし、近づく敵の航空機・艦船・潜水艦をすべて排除できるという、確実にコントロールできている海域です。弾道ミサイル潜水艦は、どこにいるか知られないことが報復核戦力としての条件ですから、1000キロ四方というような広さと一定の深さの海が必要なのです」

「それは、アメリカにとってはハワイ以東の西海岸沖ロシアにとってはバレンツ海です。中国南シナ海東側の深い海を、そのような海域にしたいわけです。ところが、北朝鮮には、そんな海域はありません。朝鮮半島沿岸からちょっと離れただけで日米の艦艇、潜水艦、対潜哨戒機などに監視・追尾される海しかないので、弾道ミサイル潜水艦の運用は不可能なのです」

「それにもかかわらず、なぜSLBMの開発をしているかといえば、SLBM開発によって習得した技術を陸上発射の弾道ミサイルに応用したいからです。具体的には、コールドローンチ(圧縮ガスなどで空中に打ち出した後にロケットに点火する発射方法)技術、固体燃料化、コンパクト化などです。各国のSLBMが、陸上発射の弾道ミサイルより背が低く、ずんぐりした形状をしているのは、直径10メートルほどの潜水艦の船体に納めるためにコンパクト化しているからです」

「1964年に核実験に成功した中国は、弾道ミサイルの開発に取り組み、70年代以降にDF-3(東風3号。中国初の国産中距離弾道ミサイルとされる)やDF-4(東風4号。中国初の人工衛星を打上げた長征1号ロケットの原型)など、液体燃料式弾道ミサイルの配備を始めました。その後、即応性に優れた後継の固体燃料式弾道ミサイルとしてDF-21(東風21号)の開発に着手しています。これは2段式固体燃料準中距離弾道ミサイルで、70年代末~80年代半ばに開発され、90年代に配備が確認されました。現在も数十基が陸上配備されていると見られています」

「そのDF-21のうち潜水艦搭載タイプはJL-1(巨浪1号)と呼ばれます。最初の陸上からの試射は82年4月30日に、水中の通常動力潜水艦からの試射は同年10月12日におこなわれています。JL-1の原潜配備(092型原子力潜水艦[夏級]艦番号406に配備)が始まったのは1987年以降です。中国は夏級原潜を1隻しか持っていません」

「しかし、原潜搭載には非常に苦労し、虎の子の夏級SSBNは放射能事故が頻発したため10年近くドック入りしていました。出航しても、渤海よりも遠出したことは確認されていません。そこで中国はDF-21をまず陸上に配備し、そのあとで原潜に配備しようとしたのです。そのような中国の試行錯誤を眺めてきた北朝鮮は、中国が30年以上前にやったことをやろうとしていると考えれば、驚くような話ではありません。むしろ、弾道ミサイル開発の教科書どおりに開発を進めているというべきでしょう」

「繰り返しますが、北朝鮮はSLBMを開発していても、基本的には弾道ミサイル潜水艦を持とうとしているわけではありません。ほとんど動かない潜水艦に核弾頭を搭載した弾道ミサイルを搭載し、国内向けに国威発揚に利用し、国外に対しては『攻撃されたら発射すると威嚇するような使い方はあるかもしれませんがそれ以上のことはないのです」

旧式のロメオ級潜水艦以外は潜水艇

Q:古くてポンコツの北朝鮮潜水艦は、どんな陣容ですか?

小川:「旧ソ連のロメオ級潜水艦を23隻ほど持っています。潜水艦らしいのは、これだけです。ロメオ級はNATOコードネームで、ソ連海軍の計画名は633型潜水艦です。水中排水量1830トン、全長76.6メートル、速力水上15/水中13ノット、最大深度300メートル、乗員54人、魚雷発射管8門、兵装は魚雷14発または機雷28個。ソ連、中国、北朝鮮が1957~1984年に建造し、中国の100隻近くはすべて退役しました。もちろんロシア海軍も使っていません」

海軍第167軍部隊を視察する金正恩第1書記(Huffington Post)

※2014年6月16日に朝鮮中央通信が配信した写真10枚。緑色に塗られているのがロメオ級潜水艦。艦橋に乗ったり潜望鏡を覗いたりと、金正恩氏は満足げな様子。

小川:「日本が太平洋戦争末期に建造した伊二百一型潜水艦は、水中排水量1450トン、全長79メートル、速力水上15.8/水中19ノット、航続距離5800海里(1万キロ以上、ただし水上を14ノットで航行した場合)、乗員31人(計画)、魚雷発射管4門、兵装は魚雷10発です。これを見れば一目瞭然、ロメオ級は第二次世界大戦末期の潜水艦と変わらない代物だとおわかりでしょう」

「ついでながら、日本が大戦中に3隻配備した伊四百型潜水艦は、水中排水量6560トン、全長122メートル、速力水上18.7/水中6.5ノット、航続距離3万7500海里(水上を14ノットで航行した場合、地球1周半)、乗員157人、魚雷発射管8門、兵装は魚雷20発に14cm砲1門、特殊攻撃機『晴嵐』3機搭載、安全潜航深度100メートルというお化けのような巨大潜水艦(潜水空母)でした。第二次世界大戦中の潜水艦としては世界最大で、通常動力型潜水艦としては2012年まで世界最大でした」

「北朝鮮はほかに、サンオ級潜水艦を約40隻保有しています。これは水中排水量277トン、全長35.5メートル、速力水上7.6/水中8.8ノット、行動半径250海里(463キロ)、乗員20人(ほかに水中工作員6~10人)、魚雷発射管2または4門(2または4発)の小型潜水艦です。潜水艇と呼ぶ資料もあります。米軍がつけたサンオとは、朝鮮語でサメのことです。就役は1991年からで、沿岸の哨戒情報収集工作活動特殊部隊員の潜入/回収)などを主な任務としています」

小川:「ユーゴ級潜水艇は北朝鮮で開発・生産されたもので、ユーゴスラビアで設計されたという説から、そう呼ばれています。水中排水量110トン、全長20メートル、乗員4人(ほかに水中工作員数人)で、工作員潜入/回収用の潜水艇です。1960年代に配備が始まり、現在でも20隻ほど保有しているようです」

ユーゴ型潜水艇(「日本周辺国の軍事兵器」サイト)

ヨノ級潜水艇(またはヨンオ級潜水艇)は、北朝鮮が建造し、北朝鮮やイランが保有している新型の特殊潜水艇です。水中排水量123トン、長さ29メートル、速力水上11/水中8ノット、乗員32人、魚雷発射管2門。1965年に配備が始まり、36隻が建造され、北朝鮮は現在10隻ほどを運用しているようです。ヨノは朝鮮語で鮭のこと。イランは2007~12年にカディール級潜水艇を21隻配備しましたが、これはヨノ級潜水艇と同型です。北朝鮮が3隻輸出した後、イランがライセンス生産したものでしょう」

「2010年3月26日、韓国海軍のコルベット艦天安の沈没事件が起こると、韓国海軍は原因を北朝鮮のCHT-02D重魚雷による攻撃と断定、さらにヨノ級潜水艇がそれを発射した可能性がある、としました。北朝鮮側は関与を否定しています」

「さて、ここまででロメオ級潜水艦約23隻、サンオ級潜水艦(潜水艇)約40隻、ユーゴ級潜水艇約20隻、ヨノ級潜水艇10隻ですから、合計して93隻です。これ以外の潜水艦は持っていないと思ってよいでしょう。以上のうちたしかに『潜水艦』と呼べるのは70年以上前の第二次大戦レベル、残りは『潜水艇』レベルです。北朝鮮の潜水艦は、隣国である韓国の艦艇を攻撃するまたは韓国に工作員を上陸させる以外にできることはほとんどないのです」(聞き手と構成・坂本 衛

image by: Shutterstock

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地方新聞記者、週刊誌記者などを経て、日本初の軍事アナリストとして独立。国家安全保障に関する官邸機能強化会議議員、、内閣官房危機管理研究会主査などを歴任。一流ビジネスマンとして世界を相手に勝とうとすれば、メルマガが扱っている分野は外せない。

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