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日本も他人事じゃない。フランスの「徴兵制再開」に反発強まる 

日本の一部では、憲法改正で「徴兵制」復活か?との声が上がっていますが、フランスのマクロン大統領の公約には「徴兵制の再開」があることをご存知でしょうか。反対派からは「若者のニーズからかけ離れた大統領選の小道具」との批判も聞かれます。今回のメルマガ『NEWSを疑え!』では静岡県立大学グローバル地域センター特任助教・西恭之さんが、フランスの徴兵制の歴史を振り返りながら今後の展開を推察しています。

復活できない?フランスの徴兵制

フランスのマクロン大統領は2017年の選挙中、徴兵制の再開を公約したが、軍部や学生の反対に遭っているうえ、財源のあてもなく、マクロン氏がめざす徴兵制のイメージも明確でないので、実現が危ぶまれている。はっきりしているのは、徴兵制とは別になんらかの国民奉仕制度が実現した場合も、フランスの軍事力を増強するものとはならないということだ。

フランスの徴兵制は、革命で生まれた共和制を周囲の君主国の干渉から守るため1793年に始まり、王政が復活すると兵役免除の権利が売買されて実質を失い、共和制が復活するたびに再建されてきたという歴史がある。

その一方で、軍事技術の発展を受けた兵力削減と国民皆兵を両立させるため、20世紀後半には兵役期間は1970年に12か月92年に10か月に短縮された。そしてシラク大統領は1997年、湾岸戦争において短期間の兵役では冷戦後の海外作戦に必要な技能を習得できないことが明らかになったとして、徴兵制を停止した。

一方、シラク大統領は国民皆兵を共和制の基盤として重んじる立場に配慮し、17歳以上の男女に対し、「国防準備の呼びかけの日」に国防の必要性や軍の業務について学ぶ義務を残した(2011年に「国防と市民権の日」と改称)。公務員採用への応募、運転免許取得、国立大学入学には、この研修の修了証書が必要となっている。

これに対してマクロン大統領は、「国防と市民権の日」が参加者に努力を求めないので形骸化しているとして、国民皆兵の復活を公約した。マクロン氏自身は大学在学中に徴兵制が廃止され、軍隊経験を持たないのだが、フランスの若者は「短期間であっても軍隊生活を経験すべきだ」と主張した。

マクロン氏が公約したのは、社会的・経済的背景や出身地の異なる青年が、陸軍と国家憲兵隊の監督の下で集団生活することによって、共通の義務を自覚し、「危機にあっては国民衛兵の予備兵力となるという制度だ。ちなみに、国家憲兵隊は主として人口2万人未満の基礎自治体での警察活動を担当しており、国民衛兵は国家憲兵隊や警察の予備兵力である。

ところがマクロン大統領は1月19日、高級軍人に対する演説で、「国民皆兵(セルヴイス・ミリテール・ユニヴェルセル)」国民奉仕(セルヴイス・ナシオナル・ユニヴェルセル)」と言い換えた。国民皆兵の費用の見当がついておらず、また、国防予算に含める場合、実質的に国防予算を削減することになるからである。

国民皆兵の費用の見積はまちまちだが、巨額の数字が飛び交っている。2月初めまでにフィリップ首相に提出された報告書では設備投資に32-54億ユーロ(4200-7100億円)、その後、毎年24-31億ユーロ(3200-4100億円)という数字が示された。元老院(上院)の昨年6月の報告書では、毎年80万人を徴兵する場合は300億ユーロ(4兆円)、野党・共和党のコルニュ=ジャンティーユ国民議会(下院)議員の見積では設備投資だけで100-150億ユーロ(1.3-2兆円)となっている。

費用見積がまちまちなのは、軍への入隊者と非軍事の奉仕を行う者の比率が定まっていないし、そもそも軍事・非軍事の奉仕が義務付けられるのかも決まっていないからだ。制度のイメージが決まらない理由の一つは、国防予算の実質的削減を防ぐ目的で、誰にも軍への入隊を義務付けないことになった場合、誰かに非軍事の奉仕を義務付けることが、兵役と無関係な強制労働を禁止した欧州人権憲章に違反するおそれが強いことである。

フランス最大の学生組織FAGEは1月18日付の声明で、マクロン大統領の国民奉仕構想について、「社会悪の元凶と決めつけた世代を『正そう』とするデマゴーグ的提案」と非難し、フランスの若者はかつてないレベルで市民的活動に参加しているというデータを根拠に、「若者のニーズからかけ離れた大統領選の小道具」と酷評している。

マクロン氏はそれでも、3-6か月間の国民奉仕を義務化するという主張を堅持している。マクロン政権の国内政策の柱である労働規制緩和には、一部の労組を中心に反対も強いので、政権が国民奉仕制度を実現できず、それに代わる国民的連帯のための政策を提案できない場合、政権の新自由主義的傾向への批判が強まるだろう。(静岡県立大学グローバル地域センター特任助教・西恭之)

image by: Frederic Legrand – COMEO / Shutterstock.com

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地方新聞記者、週刊誌記者などを経て、日本初の軍事アナリストとして独立。国家安全保障に関する官邸機能強化会議議員、、内閣官房危機管理研究会主査などを歴任。一流ビジネスマンとして世界を相手に勝とうとすれば、メルマガが扱っている分野は外せない。

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