今年2月に起こった「防空識別圏事件」。中国軍機が韓国の防空識別圏内を飛行し、韓国側が厳重に抗議したという一件ですが、韓国は日本であまり知られていない中国の「駐在武官」を3人も呼びつけ、厳重に抗議したということです。日本では「なぜ駐在武官に抗議したのか?」と疑問に思った人も多いと思いますが、メルマガ『NEWSを疑え!』の著者で軍事アナリストの小川和久さんは、その認識こそ日本の中国外交に対する「無知」さが露呈していると指摘しています。
韓国は中国の駐在武官を呼びつけた
3月12日、中国の習近平国家主席は文在寅韓国大統領の特使として北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長と会った鄭義溶《チョン・ウィヨン》国家安保室長と会見しましたが、その様子をテレビのニュースで見ながら、改めて外交について考えさせられることになりました。
それというのも、その直前の2月27日、中国軍機が韓国の防空識別圏内を飛行し、韓国側が厳重に抗議したばかりだったからです。
それにもかかわらず、韓国の特使と会見するというのは、中国にとってもいかに北朝鮮問題が重要な課題かということを物語っていることがわかりました。
もっとも、韓国メディアが怒りの論調で報道しているように、習近平国家主席がテーブルの中央上座に座ったのに対して、韓国特使の席は下座で、防空識別圏事件での韓国の抗議に対する中国側の不快感をのぞかせた会見でもありました。
しかし、2月の防空識別圏事件で私が注目したのは韓国側の対応です。
まず、韓国外交部は中国の邱国洪大使を呼び、遺憾の意を表明するとともに再発防止を求めました。そして、韓国国防部もまた、中国の駐在武官3人を呼び、厳重に抗議したのです。
そういう場合、日本の外務省は駐日中国大使を呼ぶことはあっても、駐在武官を呼んだことはありません。
これは何を物語っているかというと、日本の外務省が中国の国家機構について無知だということです。
日本ではほとんど知られていないことですが、日本の外務省に当たる外交部は中国の対外関係の組織で最下位に位置しているのです。駐日大使は中国の代表ではあっても、その外交部から派遣されてくるわけで、大使に抗議したところで共産党の指導部にリアルタイムで伝わるとは考えにくいのです。
外交部より上位に位置づけられ、最も力を持っているのは、共産党の中央外事工作領導小組弁公室です。日本の国会に当たる全人代(全国人民代表大会)の外事委員会も、大きな力を持っています。
そして、外交・安全保障に関わる問題で日本側が意思表示をしようとすれば、共産党中央軍事委員会に直結している駐在武官、それもヘッドの国防武官(少将)に伝えるのが、最も早いのです。私の経験でも、その日のうちに反応があったことさえあるほどです。
日本の外務省は、防衛省から出向してきている防衛駐在官を大使よりはるか下僚だと見なし、中国の武官も同じだと思い込んでいるようですが、中国の武官は対外的にも大使と同格に近く、戦前の日本の陸海軍武官が大使と同格であるかのように振る舞っていたのと似ているのです。
防空識別圏の事案において、韓国は中国の国家機構を前提として対応し、武官を3人も呼びつけて抗議しました。
それによって韓国の怒りはリアルタイムで共産党指導部に届いたはずです。中国側は不快に思ったでしょう。しかし、それでも習近平国家主席は韓国の特使と面会しました。これが世界でまかり通っている外交というものなのです。日本が、韓国なみの対中外交に出ることができるのは、いつの日でしょうか。(小川和久)
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