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不穏な米朝会談、背後にうごめく各国の思惑を国際調停のプロが解説

いよいよ12日に迫った米朝首脳会談。史上初、まさに歴史的なこの会談のスタートを世界が固唾を飲んで見守っている状況ですが、「6月12日の会談の実施は避けるべき」とするのは、元国連紛争調停官で国際交渉人、さらに地政学リスクアドバイザーの顔を持つ島田久仁彦さん。島田さんは自身のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』の中でその理由を記すとともに、この会談に関して自らが掴んでいる様々な情報を明かしています。

米朝首脳会談と混迷を極めるアジア情勢

シリア問題、イランをめぐる駆け引き、ベネズエラを発端とする通貨危機の兆し、ロヒンギャ問題など、いろいろと国際的な情勢が流動的になり、問題が山積している中、どうしても6月12日に“予定”されている米朝首脳会談をめぐる外交戦に、世の中の目は集中し、各国がトランプ氏の“決定”に振り回されています。まさしく“トランプマジックの罠にはまってしまっていると言えるでしょう。

一度は中止さえ宣言された米朝首脳会談ですが、今月に入って、また、再開どころか、予定通りの開催へと大きく舵が切られました。北朝鮮の実質的なNo.2とされる金英哲氏の訪米を受けて、トランプ大統領から、6月12日に“予定通り”開催するとの発表がなされました。中国政府については、トランプ大統領の“中止”発表後、本件については、手足を縛られた状況で身動きが取れずにいましたのでひとまず安心できたかもしれません(ちなみに、6月6日のTwitterでの発表では、12日午前9時からシンガポールのセントーサ島にあるカペラホテルでの開催だそうですが、警備上、このようなピンポイントの情報が出てくることは好ましくないので、もしかしたら目くらましかもしれない、とも思えます。とはいえ、トランプ氏なので、本当にここで行うという可能性も否定できません。私もトランプマジックもしくはトランプトラップに引っかかっているのでしょう)。

しかし、本当に6月12日に開催される見込みとなった米朝首脳会談の実施を喜んでいいのでしょうか?

私は予てより述べているように、6月12日の会談の実施は避けるべきだと思っています。それは、いろんな要素が絡み合っているからです。

まず、挙げないといけないのは、米国内での準備不足でしょう。中止が発表された後も、事務的には「予定通りの実施」に向けた準備は続けられ、首脳会談の合意内容を詰める板門店での会合と、ロジスティクスの準備についての話し合い(シンガポール)が同時並行的に進められていました。しかし、6月12日に「合意を得るための素地は全くできていないまま、“予定通り”の開催となりました。

トランプ大統領の言動が変わっていることでも分かりますが、当初、「6月12日は歴史的な会談となり、素晴らしい合意を得る」と自信たっぷりに話していた内容から、「6月12日はあくまでも、お互いを知るためのプロセスのスタートであり、今後、段階的に合意に向けて動いていくためのプロセスである」とトーンが変わっています。

これは、周辺より、米朝協議の難航を報告されたことが大きいと思われますが、11月に行われる議会の中間選挙に向けて歴史的な成果を示す必要があることから、「進展」を強調したい狙いのための最低ラインを述べているのだと考えています。

次に、米朝首脳会談の実施において、アメリカから北朝鮮に突き付けていた“条件”は「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(Complete, verifiable and irreversible denuclearization: CVID)」ですが、専門家曰く、それを北朝鮮で実施するには、すぐに着手されたとしても10年以上かかるということが明らかになってきました。

もともとこの表現は、リビアの非核化を行ったケースを念頭に出てきていますが、核開発の初期段階であったリビアとは違い、北朝鮮については、核開発は相当程度まで進んでいると思われ、あとはいかに小型化し信頼度を増すかというレベルにあるため、「不可逆的で完全な非核化」のためには、恐らく10年では済まない期間が必要となるようです。それは、“仮にすでに知見があるアメリカの専門家やヨーロッパ、日本の専門家などが、北朝鮮の全面的な協力を得ても”という条件付きです。

トランプ大統領としては、これまで歴代アメリカ大統領が成し得なかったことを行うことで成果をアピールしておきたいところですが、11月の中間選挙に向けたスケジュールに鑑みると、「短期間で獲得できるものを必死で探しているようです。その一つは、中国を抑え込むことができれば、朝鮮戦争の終結と平和条約締結でしょう。

そして、中間選挙と絡み、トランプ大統領が成果を急ぐ理由は、ロシアゲートについての捜査との関係です。様々な情報を整理すると、本件でトランプ大統領本人を訴追することは避けるようですが(大統領が持つ法的な特権に鑑みて)、夏には出される(恐らく8月末までに)特別検察官報告書には、議会に対する「大統領の弾劾決議の勧告」が含まれる見込みです。

今のままであれば、全議席改選となる下院では、民主党が過半数を握るとの予測が有力ですので、下院において、大統領の弾劾などを話し合う委員会の委員長が民主党の手に移ることになり、その後の政権運営が出来なくなるほど大きなダメージとなりかねません。ですので、中間選挙までに目に見える成果を出す必要があると考えているようです(ただし、実際に有権者は、米朝首脳会談の結果が選挙結果を左右するとは考えていないようですが)。

次に、北朝鮮の思惑が透けて見えることから、やはり早急な会談は避けるべきだと思います。メディアなどでは、「トランプ大統領のいきなりの中止宣言を受けて、平壌が慌てて、文大統領に泣きつき、間を取り持ってもらった」とか「中国から離れて、アメリカにすり寄り、交渉条件で全面的に妥協した」といった論調が紹介され、いかにも北朝鮮がトランプ大統領の策にはまったというように描かれています。

「このままでは北朝鮮側が先に中止の発表をするかもしれないから、そうなるまえに先にアメリカが中止を発表してやろう」という戦略はあったかもしれませんが、いろいろと考えると、6月12日というタイミングでの開催を欲しているのは、金正恩氏ではなくトランプ大統領本人ではないかと思われます。そこに、北朝鮮側が付け込んでいるとも読めます。

トランプ大統領が急ぐ理由はすでに述べましたが、金正恩氏の北朝鮮にとっては、会談が開催されればよく、それも延期になればなるほど時間が稼げるため、ベターだったとも考えられます。米朝首脳会談の可能性が模索されている間は、アメリカによる対北朝鮮軍事作戦はないでしょうし、後ろ盾となる中国や、再度、存在感を出してきたロシアと協議する時間を得ることができます(さらには、シリアのアサド大統領が訪朝するとの噂もありますし、イランとの協働も噂される事態です)。

交渉戦略として、時間軸をコントロールせよという戦略があるのですが、時間的に余裕がある北朝鮮側に有利に働く可能性があります。すでに、トランプ大統領自身が「今回の会談で全て決めるのではなく、あくまでもプロセスの幕開け」と言っているわけですから、北朝鮮としては、小さなYESを小出しに出しつつ、のらりくらりとアメリカからの要求を「まだ準備が出来ていない」とか「それには深い検討が必要なので時間が欲しい」とかわすことが可能になるからです。

まだ、アメリカサイドの交渉戦略がはっきりと定まっておらず、様々なオプションの準備や検討もできていない中、アメリカにとって、今、首脳会談を強行するのは、あまりにもリスキーだと考えます(米国務省やCIAの方たちもそう考えているようですが)。

中国とロシアの暗躍”からも目が離せません。中国については、トランプ大統領の中止宣言を受けて、一度は手足を縛られた状態に陥ったのですが、再開が決まった瞬間から、対平壌の働きかけはもちろん、今回の会談場所を“提供する”シンガポールにもいろいろな仕掛けをしているようです。

シンガポール政府は一貫して「あくまでも中立国として場所を提供するのみ」と発言し、米朝首脳会談の“中身”やシンガポールとしての立場の表明は避けていますが、中華系のシンガポール人が実権を握る国ですので、諸々の働きかけがそれも激しいあるようです

今のところ、習近平国家主席のシンガポール電撃訪問はないとされていますが、6月12日に突如現れるような仕掛けがシンガポールの協力を得て行われている気配もあります。特に朝鮮戦争の終結をめぐる案件が、米朝首脳会談のテーブルに載せられる場合に備えて、“当事者としての立場を堅持するため、近くにいる可能性が高くなっています。

ロシアについては9月にプーチン大統領と金正恩の首脳会談が予定されており、すでに平壌サイドも歓迎の意を伝えています。これは、表面的に見れば、北朝鮮にとっては、対米のリスクヘッジとして、ロシアを味方につけたいとの思惑の表れと理解できますが、ロシアにとっては、もともと表裏両方で真の後ろ盾としての立場があり、その地位が中国に脅かされ、そしてアメリカが北朝鮮に接近してきていることを受け、平壌に「そもそもずっと味方なのは誰なのか」を再認識させるという狙いがあるのでしょう。

とはいえ、かつての状況に比べると、ロシアにとって、北朝鮮はさほど重要性がある国ではなく、あくまでも対米対日の壁であり、対中国で牽制をするための道具にすぎない、との見方もモスクワには根強くあります。ですが、今回、米朝首脳会談の開催を受け、対米で牽制球を投げる意味で、9月のロシア・北朝鮮首脳会談を実施するようです。つまり、来週開催されるのは、米朝首脳会談ですが、その後ろには、すでに中国ロシアがしっかりと控えているのです。

では日本はどうなのでしょうか。軍事的なオプションを持たない立場としては、とてもよくやっているかと思いますが、現時点では、対北朝鮮のアプローチは、アメリカと韓国経由であり、直接的な影響力が行使できず、非核化の話し合いにも拉致問題の提起もできていない様子です。一応、日朝外務大臣会合などの開催を打診し、水面下で事務的に準備中との情報もありますが、北朝鮮をめぐる国際情勢において主導的な役割は果たせていません

明るい情報としては、来週の米朝首脳会談に向けて、日本の外務省からも幹部がシンガポール入りしているとのことで、米朝からは発表されることがないだろう拉致問題について、何か進展があったか、国内向けにアピールできることに加え、米朝はもちろん、中ロに対しても、一定の存在感は示すことができるかもしれません。

ちょうど、米朝首脳会談を前に、安倍総理がワシントン入りしてトランプ大統領と直前の打ち合わせを行っていますが、日本としてどう振舞うのかをはっきりと発信する最後のチャンスかもしれません。そうでないと、トランプ大統領が勝手に述べたように、北朝鮮への経済的な支援は日本や韓国中国が行うというパターンに収まってしまい、主導権は握れないまま、血税を投入したにも関わらず、肝心の拉致問題では進展なし、という地獄のようなシナリオにはまり込む可能性があります。

いよいよ6月12日に米朝首脳会談が開催されます。どのような成果があり、その後、どのようなプロセスがスタートするのか、しっかりと追っておきたいと思います。出来る範囲で、このメルマガを通じ、情報提供できればと思います。

読者の皆様からのご意見や反応なども募集いたします。

 

島田久仁彦(国際交渉人)この著者の記事一覧

世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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