「メディアのウソ」を暴くことをテーマにした単行本は数多くありますが、無料メルマガ『クリエイターへ【日刊デジタルクリエイターズ】』の編集長・柴田忠男さんが「いま一番安心な評論家」とする高橋洋一氏の著作は、また一味違った中身のようです。なぜメディアはウソをつかなくてはならないのか? その理由には、この国ならではの制度が深く関係していました。
『なぜこの国ではおかしな議論がまかり通るのか メディアのウソに騙されるな、これが日本の真の実力だ』
高橋洋一・著 KADOKAWA
高橋洋一『なぜこの国ではおかしな議論がまかり通るのか メディアのウソに騙されるな、これが日本の真の実力だ』を読んだ。長いタイトルが表紙を埋めている。官僚時代にメディア担当を務めたこともある著者の文章は、実に分かりやすい。当然のことを当然に分析しているからだ。この本ではデータに基づく正しい議論の作法とは何か、著者の方法論を紹介する。
この国には他国からしたら信じられないような、おかしな議論が幅を利かせている。有名なのは「財政が破綻する」である。間違った前提からは予測が外れるのは当然である。正しい結論を導くためには、「正しい前提」から始めればよい。著者の思考は、その一点にある。だからウソはすぐに見破れるし、予測も当たる。この国の未来を正確に見通すのは、じつはそれほど難しくはない。
日本の「政」「官」「民」はジャンケンの関係にあるといわれる。政は官に強く、官は民に強く、民は政に強い、という三すくみ構図だ。民間企業であるメディアは政には楯突くが、官には太刀打ちできない。忙しい記者たちは、ニュースソースを提供してくれる役所と役人のいいなりだ。メディアと官の思惑と利害が一致してできたのが、日本独特の記者クラブという制度である。
新聞社の政治、経済、社会部の記者の大半が文系出身だ。彼らはデータで経済を理解するような、体系的な教育を受けていない。マクロ経済へのリテラシーが身についていない。だから、役人は情報源であり、経済を教えてくれる先生でもある。しかし、役所にとって都合のいいものしか教えてくれない。このシステムでは、役人の振り付けがないと、記者は記事が書けなくなってしまう。
自ら情報を掘り起こしたり、統計データから真実を読み解く能力が鍛えられない。大手新聞社の幹部には、財務省や日銀の意向に沿った人が少なくないから、社説でそれが端的に表れてしまう。財務省の省是である増税、財政再建に疑いを抱かずに同調して「このままでは日本の財政は破綻する」「財政再建待ったなし」のスローガンが紙面に登場する。殆どノストラダムスの予言と大差ない。
著者は新聞を読まない。テレビも見ない。正しい情報を求めるのであれば、メディアには頼るなという。ネットには何の加工もされていない一次情報が必ずある。それを読んで正しい前提となる定義を構築する。著者の情報収集も基本はネットである。ただし、ドメインは日本の政府機関による情報を公開した「go.jp」か、大学・研究機関による情報掲載の「ac.jp」に限定している。
企業のHPなどに使われる「co.jp」の情報は、99%が正しい前提には使いにくいjunkだ。海外のサイトも同様である。民間のサイトで公開されているデータは使わない。著者が分析に用いる情報は、誰でも簡単に閲覧できるものだけだ。ニュースは読まない方がいいが、ネットにアップされるヘッドラインだけは見る。情報取得ではなく、半分は趣味でやっている間違い探しのようなものだ。
著者はシンギュラリティという予言は信じていない。「プログラムをしている人を、そのプログラムの成果であるAIは超えられない可能性が高い。AIが暴走したら、と心配する人は多いが、電源を落とすのがいちばん簡単な暴走停止手段である」。わはは、そんなこと書く人に初めてあったよ。
「べきだ論」がはびこる世の中で、そんなものに惑わされず、当たり前のことを書くから、安倍首相の提灯持ちと揶揄する輩もいる。それは違う。著者は自らの意見を予め、かなり前から公表しており、それを政治家が取り入れただけだ。
一部の論者が「集団的自衛権の行使を容認すれば、日本が戦争できる国になる」という主張を繰り返し、行使しないことが日本の平和につながるという虚誕妄説を流布してきた。著者は以前、安倍首相に「アメリカと同盟関係を結んでいた方が戦争の確率が高くなるとしたらどうしますか」と聞いたことがある。
「そのときは(同盟を結んでいる)意味がなくなる」というのが首相の返事だった。集団的自衛権の意味が分かっていれば、そう答えるのが筋である。アメリカに追従して同盟関係を結んでいるとか、戦争に巻き込まれるとか、変な感情論を発する輩がいるが、同盟関係を結ぶ基本的な考え方は「敵に回すといちばん怖い相手と組む」ということだ。それが日本の安全の確率を高めるのだ。
また、同盟を破棄して自分たちで守ろうという主張もある。いま同盟のコストは約6.7兆円だが、それと同じだけの防衛力を自前で整えるには24~25.5兆円が必要だ。どこに財源を求める? 集団的自衛権の行使容認は少ないコストで平和維持する最善策なのだ。同盟関係は戦争協力だという変な議論もあるが、同盟の圧力で戦争確率を減少できる。日米同盟はその抑止力が発揮されている。
「電波オークション」をやらないことが、日本のテレビ業界にとって大問題だという。テレビ局が支払う電波利用料は、現状で各局合計60億円程度だ。オークションにかければ、数千億円を下らない。つまり既存のテレビ局は1/100ほどの費用で特権を享受している。その権利を絶対に手放したくないテレビ局は総務省にさかんに働きかけている。総務省もオークションには前向きではない。
総務省はテレビ局に睨みを利かせるために、現状の放送法が必要なのだ。オークションが実施されれば、困るのは既存テレビ局と総務省だけだ。OECD加盟35カ国中、電波オークションを実施していないのは日本だけだ。実施されれば、大きな政府収入になり、市場原理に則った自由競争でいい番組が生まれる。
NHKは殆ど無借金経営状態であり、純資産8,000億円の超優良組織である。著者はズバリ言う。NHKを「公共放送NHK」と「民間放送NHK」に分割せよ。公共の方は受信料制度によって社会的使命を果たし、民間の方は民放各局と同条件で競争し、広告収入で経営せよ。広告以外での利用料も徴収可能だ。妙案である。
さらに言う。海外ではあたりまえになっている、地上波テレビとネットの同時配信をせよ。民放連の反対でいまだ実現していないが、近く必ずそうなるだろう。「右傾化していない」若者が政権を支持する理由は、彼らが情報を大手メディアに依存しなくなったからだ。筆者にかかれば、なにごともデータをきっちりと分析し、正解を出していくれる。いま一番安心な評論家だ。
編集長 柴田忠男
image by: Shutterstock.com