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新幹線に「手荷物検査」は必要か? 飛行機とは根本的に違う部分

6月9日、東海道新幹線のぞみの車内で発生した痛ましい殺傷事件。同新幹線では2015年にも車内の放火により死傷者が出ていますが、このような事態を防ぐ手立てはないのでしょうか。アメリカ在住の作家で世界の鉄道事情に造詣の深い冷泉彰彦さんは今回、自身のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』の中で、新幹線のセキュリティ確保について他国の安全対策などを例に挙げながら考察しています。

新幹線のセキュリティ確保について

東海道新幹線の「のぞみ」では、2015年7月に、東京発新大阪行「のぞみ225号」の車内で放火が発生、自殺した71歳の男性の他に1人が死亡し、26名の重軽傷者を出した事件がありました。

この事件の生々しい記憶が残る中で、今回2018年6月9日に同じく東京発新大阪行「のぞみ265号」で、男性が刃物を振り回し、男性1名が死亡、女性2名が重傷を負いました。今回は、実行犯は逮捕されており、殺人容疑で捜査が開始されています。

この2回の事件を受けて、改めて新幹線のセキュリティに関する議論が起きています。具体的には、「航空機並みの保安検査は可能か?」「新幹線独自の保安検査の可能性として何があるか?」という2点について、検討してみたいと思います。

航空機並みに保安検査を行うという可能性ですが、まず、手荷物に関する保安検査について考えてみることにします。諸外国の例では欧州のユーロスターや、中国の鉄道では手荷物全件のX線検査が行われています。アメリカのアムトラックの場合は、全件ではなく抜き取り検査という形態を取っています。

ちなみに、手荷物検査を行うのは、航空機の場合はハイジャック防止ということで、客室内に危険な武器等を持ち込ませないことがまずあり、また、預託手荷物(チェックバゲッジ)の場合は、荷物室で火災が起きたり爆弾が爆発するのを防止するという目的で行われています。

ですから、航空機の場合は機内持ち込みと預ける荷物では、規制が異なります。例えば、アメリカの場合は、拳銃などは「荷物室に預けるスーツケースの中」であれば許されています(これは全くマネする必要はありませんが)。その一方で、スマホの予備バッテリーの場合は、発火の恐れがあることから、荷物室はダメで、機内持ち込みは許されるという対応になっています。反対に、液体の関係は機内が厳しく、預託荷物の場合は危険物でなければ許されるわけです。

鉄道の場合はどうかというと、アメリカのアムトラックの場合は、長距離の特急の場合は「手荷物預かり」というサービスがあります。そして、運用はほぼ航空機と同じで、爆発物や可燃物はダメですが、それこそ拳銃などは預けるのはOKという運用です。

さて、日本の新幹線の場合ですが、仮に荷物検査をするのであれば、空港のような保安検査場を設置するだけでなく、乗客は遅くとも発車20分から30分前に検査場に来なくてはならず、検査後の乗客を、検査前の乗客と隔離して待たせる待機スペースなども必要となります。これは、東海道、北海道、東北上越、北陸を3~4分間隔で発車させている東京駅では全く不可能です新大阪でも、名古屋でも全く無理でしょう。

また、仮に危険物の車内持ち込みは禁止するが、その分、スーツケース等に入れて預託するのはOKという航空機やアムトラックのような対応を行うとなると、今度は車両の大改造が必要になりますし、何よりも、途中駅でも荷物の積み下ろしが発生することになり、停車時間が伸びてしまうことになります。

基本的な考え方として、手荷物検査も、預託手荷物制度も、どちらも日本の新幹線システムには不向きである、もっと言えば実現は不可能ということが言えそうです。

なぜかというと、新幹線というのは長距離の豪華特急列車ではないからです。そうではなくて、単なる電車なのです。3分から4分間隔で物凄い輸送力を発揮する交通機関ですし、万人のための日常の乗り物です。そうではあるのですが、時速285キロとか320キロという猛烈なスピードを誇っているために500キロとか1,000キロという途方もない距離を短時間で結んでいるのです。ですが、その目的は豪華な旅行ではなく、あくまで待ち時間なしで飛び乗れる利便性と速達性であるわけです。

例えばですが新幹線通勤というものがあり、これは首都圏の3路線だけでなく全国に普及していて、新幹線の存在意義の大きな要素となっているのです。ということも含めて、新幹線というのは、非常に便利な電車であって、手荷物検査や預託手荷物などという要素が入り込む余地は極めて少ないと言えます。

では、新幹線独自の保安検査ということでは、どんな可能性があるのでしょうか? 例えば、今回の事件で、注目を浴びているものとして、日立製作所が研究している「ウォークスルー型爆発物探知装置」というテクノロジーがあります。

要するに、自動改札機を通過する乗客が爆弾などを持っていないかを即時に計測するというものですが、これは「爆発物をサンプリングする方法として、手やICカードに付着した爆発物微粒子を、カードの認証時に回収する手元吸引型微粒子サンプリングというのを行うマシンです。

具体的には、サンプリング部ではICカードに付着した微粒子を噴射ノズルから圧縮空気を吹き付けて「剥がし」て、「剥がれた微粒子を回収」するというものです。回収した「微粒子」は濃縮され、さらに加熱されてセンサーで分析されるという仕掛けです。

興味深いものではありますが、爆弾テロリストが「濃縮すればバレるような爆発物の微粒子」を手にベタベタつけていて、しかもその微粒子がICカードに付着していることを前提に、圧縮空気で「剥がす」というあたりには、全体的なコンセプトとして無理があるように思います。

というのは、今後はチケットというのはスマホなどの非接触式に移行するでしょうし、そもそも、こんな特殊なセンサーがあることを大っぴらに発表しているようでは、あらゆる爆弾テロリストは、実行犯や運び屋には「手を完全に洗浄」した上でセンサーを通るという対処をしてくるでしょうし、全体的に効果は少ないように思います。

この機器は相当に高額でしょうし、現在は処理タイムが3秒と長く実用にならないのを、更に短縮を目指しているそうですが、仮にこれに金属探知機を組み合わせるにしても、決定的なものにはなりそうもありません。何と言っても、1日45万人という流動には対応不可能です。

ですから、現実的には、アメリカのアムトラックで行っているような、ランダム、つまり全員ではなく「抜き取り検査」を行うというのが考えられます。例えばですが、乗車前の場合ですと、乗り継ぎの関係でギリギリになる人、自由席の席取りを急ぐ人などがいて混乱しますから、乗車後に座席でチェックあるいは発車後にチェックをするということになると思われます。

大きな横長のカバンを持っている人には、例えば、銃器ではないか、刀などではないかを「抜き打ちで確認する」というルールを作っておけば、それでも、抑止効果はあると思われます。

そこで大切になるのが、専門的な要員です。ここはJR各社にとっては、コスト増になるかもしれませんが、往年の「鉄道公安員」のような位置づけで、専門的なセキュリティ部隊を乗車させるようにするというのは、必要ではないかと思うのです。

2020年東京五輪へ向けての対策ということでも、このセキュリティ要員の乗車というのが、一番効果的で効率的ではないかと思います。先ほど申し上げた、「新幹線は電車にすぎない」ということとは、多少矛盾するかもしれませんが、とにかく、今回の事件のように丸腰で護身術の訓練も恐らくは最小限である車掌さんに、大きな刃物を振り回している人間と対決させるというのは、やはり無理があるように思います。

乗車率等の一定の基準に加えて、例えばダイヤ混乱時とか、重要な国家イベントが行われている時など、メリハリを効かせる形で、専門のセキュリティ要員を乗車させて巡回させるというのが現実的ではないかと思うのです。

 

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東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

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