7月16日に行われた中国とEUの首脳会議で、米国が仕掛ける貿易戦争に対し「反保護主義」で連携強化する方針で意見がまとまりました。今回の無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』では著者で国際関係ジャーナリストの北野幸伯さんが、中国の最新の外交の様子を解説。トランプ外交の保護主義主張に対する欧州の反発を、中国が上手く利用していると指摘しています。
トランプが、欧州と中国を急接近させる
先日のメルマガで、トランプさんが、
- NATO加盟国の軍事費が低すぎること
- ドイツとロシアを結ぶガスパイプライン「ノルドストリーム2」計画が進んでいること
に激怒しているという話をしました。それで私は、
トランプは、「最大最強の味方」を非難することで、欧米関係を破壊しています。結果、欧州は、中国の方にますます接近している。そういう意味で、トランプ外交で、アメリカは弱くなっています。
と結論しました。
※ 記事全文はこちら→「ドイツに大声で激怒するトランプが『最大最強の味方』を失う日」
「早速」というか、トランプにいじめられている欧州が、さらに中国に急接近しています。
トランプ、「EUは 敵」
NATO首脳会議で、欧州、特にドイツを非難しつづけたトランプさん。その後も、彼の「口撃」は止まることがありません。15日放送のCBSとのインタビューで、「EUは敵」と発言。またEUの民の怒りを買っています。BBC NEWS JAPAN7月16日付を見てみましょう。
CBSニュースに、世界における競争相手や敵は誰かと聞かれたトランプ氏は、「敵はたくさんいる」と答え、ロシアや中国にも触れたが、真っ先に言及したのがEUだった。「欧州連合は敵だと思う。貿易で我々にやっていることが。欧州連合のことをそう思わないかもしれないが、あそこは敵だ」とトランプ氏はインタビューで述べた。
「敵はたくさん」いるけれど、「真っ先に言及したのはEU」だそうです。
「欧州連合は敵だと思う」。もちろん「貿易上の」という言葉が前についていますが…。
ところで、なぜEUは敵なのでしょうか?
記者に真意を問いただされると、トランプ氏はEUが「とても厄介だ」と発言。「貿易について言うと、本当に自分たちを言いように利用している。NATOの色々な国は、払うべき費用も払わない。たとえばドイツがそうで、大問題だ」と続けた。その上でトランプ氏は、ロシア国営企業ガスプロムとドイツ、フランスなどの企業が出資するパイプライン「ノルド・ストリーム2」に言及した。
トランプ氏は11日、NATO首脳会議に先駆けてEUへの天然ガス供給を増やすためのこのパイプラインを取り上げ、「ドイツは完全にロシアに制御されている。なぜならエネルギーの60~70%と新しいパイプラインまで、ロシアからもらうことになるからだ」などとドイツを非難した。
(同上)
批判の理由は変わっていません。
1.NATO加盟国の軍事費が少なすぎる
トランプは、全加盟国にGDP比2%を要求。今回、突然「4%にしろ!」といい、世界を仰天させた。
2.「ノルド・ストリーム2」ガスパイプライン計画。
アメリカがこれに反対する理由は、
- 欧州のロシア依存度が高まる
- 親米反ロウクライナが、トランジットから外され、苦境に陥いる
- アメリカが、欧州に液化天然ガスを売りたい
からでした。トランプは、さらにEU攻撃をつづけます。「EUの企業がイランと取引すれば制裁を科す!」と決めたのです。
<米政権>「欧州企業にも制裁」 イラン制裁措置違反の場合
毎日新聞 7/16(月)23:46配信
【ワシントン会川晴之】英フィナンシャル・タイムズ紙など複数の欧米メディアは15日、トランプ米政権が欧州諸国に対し、米独自のイラン制裁措置に違反した場合は欧州企業にも制裁を科す考えを伝えたと報じた。ポンペオ米国務長官とムニューシン米財務長官が連名で署名した書簡で通告したという。イランとの関係を重視する欧州諸国は欧州企業を制裁対象から除外するよう求めていたが、米国はこれを明確に拒否した形。
これは何でしょうか?
2015年7月、いわゆる「イラン核合意」が成立しました。2016年1月、国際原子力機関(IAEA)は、「イランは合意を履行している」と宣言。これで、イラン制裁が解除されていった。ところが、トランプさんは2018年5月、この合意からの離脱を宣言。そして、イランに再び制裁を開始した。
といっても、「イラン核合意」に署名した他の国々、イギリス、フランス、ドイツ、ロシア、中国、イランは、依然としてこの合意を支持している。それで、アメリカの「独自制裁」です。EU企業が、そのトバッチリを受ける。ちなみに日本企業も他人事ではありません。
イラン産原油を輸入する日本も欧州同様の措置が取られる可能性がある。
(同上)
欧州と中国が急接近
トランプにいじめられている欧州。どうすればいいのでしょうか? そう、予想通り、中国との関係強化に乗り出します。
<中国EU首脳会議>共同声明に「反保護主義」明記
毎日新聞 7/16(月)23:43配信
【北京・河津啓介】中国と欧州連合(EU)は16日、北京で首脳会議を開いた。会議後に発表した共同声明には「反保護主義」が明記された。共に米国との通商問題を抱える中国と欧州が連携強化を確認した形だ。
欧州も中国も、「アメリカから貿易戦争を仕掛けられた」という認識。だから「連携を強化しましょう」と。
会議には中国の李克強首相とEUのトゥスク欧州理事会常任議長(EU大統領)、ユンケル欧州委員長が出席。会議後の共同会見で、トゥスク氏は同じ日に米露首脳会談も開かれることに言及し、欧州と米露中が「国際秩序の破壊や貿易戦争の開始を避ける義務がある」と訴えた。
(同上)
「欧州と米ロ中が、国際秩序の破壊や貿易戦争の開始を避ける義務がある」とあります。欧米ロ中とはいいますが、トゥスクさんの頭の中にある問題は、もちろんトランプ・アメリカでしょう。
トランプさんは、パリ協定、イラン核合意から離脱し、エルサレムをイスラエルの首都と認定し、国際秩序を破壊している。そして、貿易戦争を開始した。(もちろん、国際秩序破壊に関しては、ロシアの「クリミア併合」も含まれるでしょう)。
一方、李首相は「中国とEUが多国間主義と自由貿易を堅持する声を共に上げることは、世界に前向きな影響を与える」と強調。EUとの投資協定締結に向けた交渉を加速し、市場開放を拡大する意欲を示した。
(同上)
欧州はともかく、中国が、「多国間主義と自由貿易を堅持しよう!」と大声で主張している。日本人は、「中国がそんなこというな!」と思いますが、世界的には、「トランプの方が迷惑!」という流れになっています。
最後に、毎日新聞の記事は、中国の戦略について触れています。
中国は米中関係の悪化を見据え、欧州との関係を重視している。
(同上)
さすが孫子の国ですね。
李首相は今月ドイツを公式訪問して経済連携の強化で一致。10日には、ノーベル平和賞を受賞した民主活動家で昨年7月に事実上の獄中死をした劉暁波氏の妻、劉霞さん(57)を解放し、人権問題に関心の高い欧州諸国に配慮を示していた。
(同上)
英雄・劉暁波さんの奥さん、劉霞さんも「政治利用」されたのですね。「政治利用」でも、ドイツに脱出できてよかったですが。
いずれにして、中国はEUを味方につけることで、覇権に何歩も前進します。なんといっても、EU(イギリスも含む)は、世界GDPの22%を占めている。それに、「世界一人権にうるさい」EUが味方につけば、誰も中国の人権を問題視することはなくなるでしょう。
アメリカは、29か国からなる巨大軍事ブロックNATOを事実上支配しています。もし、中ロが一体化してNATO解体工作をし、成功すればアメリカは欧州で力を失うでしょう(現時点では非現実的に思えますが、たとえばNATO加盟国トルコとアメリカの対立は、とても深刻です)。
というわけで、トランプさんに対抗するため、欧州と中国が一体化しています。トランプさんが「言行一致」で「アメリカ・ファースト」を追求している結果ですね。それで、アメリカは、敵が増え、味方が減り、ますます力を失っています。
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