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進むも地獄、退くも地獄。自民総裁選で拡がる党内「石破包囲網」

9月20日に投開票が予定されている自民党総裁選。安倍首相と石破元幹事長の一騎打ちの線が確実となってきましたが、その裏では様々な思惑が交錯し脅しまがいの発言も飛び出しているようです。元全国紙社会部記者の新 恭さんは自身のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』で、これまでに明らかになっている総裁選を巡る一連の動きを改めて整理しつつ現政権の巧妙な戦略を記すとともに、石破氏サイドへ期待を込めた叱咤激励を送っています。

盛り上がりようのない自民党総裁選

安倍首相は鹿児島の桜島をバックに報道陣のカメラの前に立ち、9月7日に告示される党総裁選への立候補を表明した。石破茂氏との一騎打ちになりそうだが、安倍陣営の議論空疎化テクニックは超一流だけに、石破氏は苦しい。

江戸でも長州でもなく薩摩で声をあげたのは、森山裕国対委員長のお膝元であるから、というのが、大方の見方だ。

所属派閥「石原派」から石破氏の推薦人を出す動きがあったのを抑えこみ、安倍三選支持を派閥領袖の石原伸晃氏に決断させたのが森山氏だったとか。

国対委員長として、モリカケ問題をめぐる野党の追及から安倍首相を守ったとされる森山氏の働きも、首相と側近たちにいたく気に入られたらしい。

安倍首相は総裁選での圧勝を狙っている。憲法改正のためにも、イエスマンばかりがはびこる党の現況を保ちたい。

昨年3月5日、自民党は定期党大会で党則と総裁公選規程を改正し、総裁任期を「連続2期6年」から「連続3期9年」に延長した。これで安倍首相は3選に向け総裁選に立候補することができるようになった。

しかし、3選されたとしても、最長3年で総理の座を明け渡さなければならない。しだいに、永田町、霞ヶ関は「ポスト安倍」を視野に動いていくだろう。

万が一、石破氏が一般有権者に近い党員党友票を予想外に獲得し善戦するようなことがあれば、来夏の参院選を控えた自民党内に不安が広がり、これまでの強硬路線への疑問が強まって、安倍政権がレームダック化しないとも限らない

そうなると、後任者への影響力を保ち続けたいという安倍首相の未練がましい願望は叶えられなくなる。

安倍陣営は横綱相撲で圧勝できるほどの自信が持てないからこそ、さかんに石破氏を支持するとみられる議員にプレッシャーをかけている。

朝日新聞によると、7月28日、石井準一参院議員に首相に近い党幹部から電話があったという。

「石井さん、来年選挙ですね。潮目が変わるかも知れないね。吉田さんにも伝えておいて」。来夏の参院選で改選を迎える石井氏へのあきらかな脅し文句だった。

「吉田さん」とは、自民党の参院幹事長、吉田博美氏である。所属派閥は竹下派(平成研究会)。迷った末に同派の参院議員21人を束ね、石破支持の方向にまとめようとしている。

石井準一氏は吉田氏の右腕的存在といわれ、二人とも心情的には安倍首相に近い。竹下派は自主投票としているが、衆院側には首相支持の議員が圧倒的に多い。それでも吉田氏らはあえて安倍首相ではなく石破支持を打ち出した。

背後には、かつて参議院のドンといわれた青木幹雄元参院議員会長の意向がある。青木氏の長男、一彦氏は16年の参院選で「鳥取・島根」選挙区から出馬したさい、石破氏から支援を受け当選した。

青木、吉田両氏に共通する思いは、昔のような強い参院自民党の復活だ。青木氏の引退以降、実力者不在となって、政策決定過程に参院側が関与することはなくなっていた。

かってのキングメーカーもいまや84歳。長らく参院トップの座にあって、参院に割り当てられた大臣ポストの人事権を握り、“参院一家”結束の要石となっていたのが青木氏だ。

民主党政権時代の2010年、76歳で政界を引退し、8年の歳月を経た。それでも、参院竹下派に隠然たる影響力を持っている。

参院の強力な結束を復活させるために、青木氏と相談しながら動いているのが現在の参院幹事長、吉田氏といえる。今年1月、額賀福志郎氏を派閥の会長から引きずりおろすお家騒動”を仕掛け、竹下亘氏を会長にすげ替えたのは、吉田氏ら21人の同派参院議員だった。

決行日は1月25日。当時の額賀派の定例会合を参院側21人がボイコットし、衆院側とは別の部屋に集合。額賀氏が退任しないなら派閥を離脱する方針を確認し合った。腹をくくった参院側の動きに、衆院側は分裂の危機感から竹下氏への交替を認めざるを得なかった。この“クーデター”の成功で、吉田氏の剛腕ぶりがメディアの注目を集めるようになった

吉田氏は今や、新しい“参院自民党のドン”になった感がある。先述したように安倍首相との仲もいい。

それでも、恩義ある青木氏の子分として、義理は貫きたい。だから石破の支持にまわったのだ。

ところが、8月10日に石破氏が総裁選への出馬会見を行ったのをきっかけに雲行きが怪しくなった。

石破氏のポスターのキャッチフレーズが「正直公正石破茂」だったからだ。安倍首相の側近議員から反発の声が吉田氏に寄せられた。安倍首相への個人攻撃だというのだ。

吉田氏は同11日、安倍首相に携帯で連絡し、「(石破氏には)反安倍を掲げ総裁選をやるなら支持できないと言うつもりだ」と弁解した。

さらに吉田氏は8月21日の参院幹事長としての記者会見で、次のように語った。

「相手への個人的なことでの攻撃は非常に嫌悪感がある」

いったん支持すると決めた総裁候補に対する発言としては異例中の異例だろう。

吉田氏は来年、参院の改選期にあたる。選挙区の長野県は2013年参院選まで定数4(改選2)だったが、2016年から2(改選1)に減っている。国民民主党の現職、羽田雄一郎氏も改選組であり、出るとしたら強敵だ。落ちた有力候補者の救済のために改選公選法で比例区に設けた「特別枠」に吉田氏が入るかどうかは、安倍首相の一存でどうにでもなるのだ。

吉田氏の心の動きしだいでは、参院竹下派が一枚岩とはいえなくなるかもしれない。

それにしても、情けなかったのは吉田氏の発言に対する石破氏の当初の反応だ。

自民党の石破茂元幹事長は25日、総裁選への立候補を表明した際に掲げた「正直、公正」のキャッチフレーズを変更する可能性に言及した。東京都内で記者団に「別に人を批判するつもりはまったくない。そういうふうにとらえる方がいるなら、変えることだってあるだろう」と語った。
(8月26日、毎日新聞)

他人に何かを言われたからといって簡単にキャッチフレーズを取り下げたら、それこそ、ジ・エンドだ。一気に信用を失うだろう。

吉田氏にしても、言いたくはなかったが、総理周辺に向けて石破氏にクギを刺すポーズを見せ、少しでも自分の気分を落ち着かせたかったのかもしれない。

石破氏はキャッチフレーズの変更を思いとどまったものの、27日の会見で、記者の質問に余計なコメントをしてしまった。「正直公正は政治姿勢のキャッチフレーズだ。政策論になるとスローガンは当然変わる」。

本人は誠実に説明したつもりだろうが、これでは、下手な言い訳になってしまう。論戦をできる限り避け、イメージ戦略ばかり駆使する安倍陣営の思うツボだ。

では、石破氏の政策は、総裁選に向けて説得力のある内容になっているのだろうか。

石破氏が27日に発表した政策は地方の党員票を意識しているが、それだけにスケールが小型に見える

たとえば、異次元の金融緩和という「カンフル剤」が効いている間に地方と中小企業の成長を高める「ポストアベノミクス」。これは、成長戦略の失敗を指摘しながらも、カンフル剤としての「アベノミクスを前提とした政策だ。

官邸で乱立する会議を再編し、「日本創生会議」を新設するというのも、確かに理にかなっているが、しょせん会議を踊らせるだけに終わる安倍路線の焼き直しのような気がしないでもない。

会議やスローガンの乱造、乱打でハッタリをかますばかりの相手に、既視感のある政策で対抗しても、パンチ力に欠ける。

エネルギー政策については、再生可能エネルギーを主力電源とする目標を現行の2050年から大幅に前倒しし、原発の最小化を目指すと言う。大幅に前倒しとは、一体いつのことなのか。

安倍首相が打ち出せない「原発ゼロを掲げるくらいの思い切った政策が必要だろう。

石破氏には、できるだけ筋の通った発言をしようと努力する生真面目さがある。そこが、質問の意図を意識的に無視する安倍首相との違いだ。

石破氏が総裁選で安倍首相との討論会をできるだけ多く開くよう求めている意図には、政策はもちろん、人間性を比較してもらいたいという思いも含まれているだろう。

それがわかっているからこそ、自民党本部は討論会の開催を最小限にする方針を決めているのだ。総裁選で、候補者どうしが政策の議論を戦わせる姿を通して自民党政治への国民の理解を深めようという普通の感覚を、今の自民党は持ちあわせていない。

小泉進次郎氏からの支援があてにならないうえに、安倍陣営からは権力の強みを生かして外堀を埋められ、少人数で孤軍奮闘している石破陣営。このつまらない構図をぶち破るため、石破氏には安倍政権にもっと鋭く切り込んでもらいたい

image by: shutterstock

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