給与明細に記載されている「定額時間外手当」の項目ですが、実はいい加減な設計をしていると「違法」になることが多いといいます。今回の無料メルマガ『新米社労士ドタバタ日記 奮闘編』では、以前マンガ喫茶の従業員が起こした裁判を例に挙げ、定額時間外手当を巡るあれやこれやを会話形式でわかりやすく解説しています。
定額時間外手当判決例
みなさんの給与明細には、「定額時間外手当(名称は様々)」といった項目はあるだろうか。中小企業では、多くの月給者に使われている。日本の法律、主に労働基準法を理解して、合法的に用いるなら良いが、良いところ取りをして、いい加減に設計されているならば、それは違法になっていることが多い。是非とも、注意をしてほしい。
新米 「この間、『定額時間外手当』に関する事件についての勉強会に参加して来たんです」
大塚 「へぇ~、なかなか頑張ってるやん! どんな内容やった?」
新米 「マンガ喫茶で夜間の電話対応や売上金の集計業務に従事していた従業員が同意なく、賃金を減額された他、割増賃金を払ってもらっていなかったと訴え、定額時間外手当が認められなかったケースです」
大塚 「どのくらいの規模の事件?」
新米 「請求内容は、1,495万8,146円の未払賃金とその遅延利息年14.6%に付加金,1014万883円と遅延利息年5%、損害賠償金100万円と遅延利息年5%に対して、1,212万4,698円の未払賃金とその遅延利息年14.6%に付加金300万円と遅延利息年5%、損害賠償金10万円と遅延利息年5%を払えという結果です」
大塚 「結構大きな金額の判決ね」
新米 「平成29年10月11日の東京地裁判決、マンボ─事件です」
大塚 「そう。どんな定額時間外手当だったの? 定額時間外手当の条件は整っていた?」
新米 「うーん、後付けかもしれませんが、会社は、ある程度は考えていたようです。でも、やっぱり労基法を知らないというか、中途半端な対策で…、うーん、対策とまではいかないですね」
大塚 「中途半端? 定額時間外手当を合法とするための条件、就業規則、賃金規定への明記、給与明細での明確な区分、労働条件通知書での明記などが不十分だったってこと?」
新米 「そういうことですね。聞きかじりで運用してらっしゃったってことかなぁ。 会社の主張も『基本給と固定残業代は明確に区分している』とあるんですが、週に26時間分の残業代に相当しているという割には、賃金総額の30万円を基本給15分の8と残り15分の7に按分していて、この按分の根拠もよくわからないんです」
大塚 「労働時間は?」
新米 「それが、1日12時間拘束で、休憩がうち1時間、休日は週に1日っていうシフト制なんです」
大塚 「1日12時間拘束? それは長いわね。それに、週26時間分の残業って何のこと?」
新米 「12時間から1時間引いて1日11時間。週1日休日だから、11時間×6=週66時間。66時間から週40時間を引いて、週26時間。そういうことなんでしょう」
大塚 「あ~ぁ、週26時間ってそういうことなのね! どう言う計算かと思ったわ」
新米 「週に66時間を超える時間外手当を別途支払うことについては、意義はないそうです」
大塚 「基本給が15分の8で、15分の7が定額時間外手当っていうことは周知されているのかなぁ…」
新米 「資料の実物までは、インターネット上でも見つけられなかったので、いろんなことの確認はできていないんですが、従業員側は、固定残業代の単価が明確でないと主張しています。昼間勤務のときも賃金総額が30万円で、夜間勤務に変更になっても賃金総額30万円は変わらなかったそうです。時間単価が一緒でも深夜勤務がはいると、賃金総額は普通は変わりますよね」
大塚 「普通は、そりゃそうだ。深夜勤務手当もらってないってことやね」
新米 「『超過勤務手当のどの部分が時間外割増賃金なのか、休日労働割増賃金なのか、深夜労働割増賃金なのかも不明確で、所定賃金と割増賃金部分が明確に区分されていたとはいえない』といわれています」
大塚 「うちの事務所も数年前から定額時間外手当を時間外割増賃金なのか、休日労働割増賃金なのか、深夜労働割増賃金なのか分けて行こうってなった根拠は、そういう判決が出て来たからだって所長から聞いていたけど、この事件も同じことね」
新米 「そうですね。こういうケースを勉強すると、分けていないと問題になるのがよくわかりますね」
大塚 「減給ともいってたけど、それはどういうこと?」
新米 「この従業員さん、23歳から30万円もらっていて、年齢の割にはそこそこ高給で、店舗勤務から本社勤務になったとき、47万円に昇給になったこともあるそうなんです。そこから賃金が下がったことについて、同意はしていないということのようです」
大塚「47万円は高給やね。でも、勝手に減給はできないし…」
新米 「会社側は、『1週おきに従業員全員が出席する査定会議で評価が決まり、賃金が上げ下げされている。懲戒処分がない限り、入社時の賃金総額を下回ることはない。これは、全従業員に説明し、同意を得ていた』としています」
大塚 「47万円が減額されたことから、47万円を割増賃金の基礎賃金として再計算したから、こんな高額の未払賃金になったのね」
新米 「はい、そういうことです。割増賃金の基礎賃金がいくらなのかをしっかり規定するのは、重要なことですね」
大塚 「そうよ。だから、労働条件通知書でこの定額時間外手当が何時間分の割増賃金かを明記することが大事になるのよね」
新米 「付加金は、割増賃金としての実態がないにもかかわらず、割増賃金を払っているかのように見せかけ、その支払いを怠っていたことへの制裁として、科されるべきとなったようです」
大塚 「そうかー。悪質と判断されたのね。じゃぁ、損害賠償金は何に対して?」
新米 「社会保険未加入について、会社の不法行為に関する損害賠償だそうです。会社は、『社会保険に加入しない旨の説明をしたうえで、労働契約の締結をしているし、社会保険料が控除されていない分手取りも多くなっている。自ら社会保険への加入を求めたこともない』って言ってるんです」
大塚 「損害って、社会保険料分なのか、将来の年金額に対してなのか? 何に対するものなのかな? 賠償金額も100万円と、最初からそんなに多くはないよね」
新米 「雇用保険の失業給付や健康保険の給付ができない、年金額の減少といった不安定な状態での就労を余儀なくされ、精神的苦痛を被ったことへの損害を訴えています」
大塚 「それが、10万円認められたってことね。10分の1かぁ…。ちょっと低いわね。これ、弁護士さんでなくて、社労士が絡んでいたら、年金額など本来はいくらもらえるはずですって請求できただろうにね。このときは、精神的苦痛に対してのみの請求になってるけど、本当は、実損害金額を計算すると良いわね。社労士も積極的にかかわるべきね」
付加金とは
<大辞林 第三版から>
労働基準法上、解雇予告手当・休業手当・割増賃金等を支払わない使用者に対し、裁判所が労働者の請求に基づき、それら未払金に加えて支払いを命ずる金銭。
<人材マネジメント用語集から>
ここでいう「付加金」とは、労働基準法第114条に定める付加金を指している。裁判所は、使用者が以下に該当する場合に、労働者の請求により、使用者が支払わなければならない金額について定めている。未払金のほか、これと同一額の付加金の支払を命ずることができる。ただし、この請求は、違反のあった時から2年以内に行わなければならない。
- 使用者が解雇予告手当を支払わないとき
- 休業手当を支払わないとき
- 割増賃金を支払わないとき
- 年次有給休暇の日の賃金を支払わないとき(労働基準法第114条)
簡単に説明すると、付加金というのは、使用者が労働者に対して、未払い金に対して「倍返し」することを意味する。ただし、支払が遅延した場合直ちに付加金請求が認められるわけではなく、あくまでも悪質なケースで裁判所が認めた範囲内となる。直近の判例では、日本マクドナルド事件(東京地裁平成20年1月28日判決)で、同額の付加金が認められた。付加金の請求が行えるのは、違反のあったときから2年以内となる。付加金の請求ができる2年間という期間は時効ではなく、排斥期間となる。
<世界大百科事典内の付加金の言及>
賃金の支払に関する一定の規定に違反した使用者に対しては,裁判所は労働者の請求により未払い額と同額の支払を命令することができる。これを付加金の制裁という(114条)。使用者はこの制度によって法律違反が経済的にも割に合わないことを知り、他方労働者に裁判所を権利主張のために積極的に活用することを促すものと考えられている。
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