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交渉のプロが憂慮。パリ協定ルール合意もチャンス生かせない日本

2018年12月15日、ポーランドで開催されていたCOP24(第24回気候変動枠組み条約締約国会議)でパリ協定の運用ルールが合意されました。京都議定書が採択された第3回からパリ協定が採択された昨年まで交渉に参加していたメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』の著者、島田久仁彦さんが、COP24の合意内容と今後の課題を解説。さらに、この会議で影が薄くなってしまった日本の存在感について言及しています。

COP24とパリ協定のルールブックの内容は“最低ライン”

COP3(1997年)からCOP23(2017年)まで続けていた皆勤賞は途絶え、ついに交渉に参加しなかったCOP24ですが、読者の方々から「やはりCOP24にまつわるお話を!」との要請をいただきました。自分自身が交渉のど真ん中にいたわけではないのですが、先進国・途上国の別なく、「COP24で何が話し合われたか」についていろいろと報告してくれました。それらをベースに、自分の経験も踏まえつつ、お話してみたいと思います。

2015年に開催されたCOP21(パリ)で12月12日に合意されたパリ協定。これは、アメリカと中国という世界第1位と2位の排出国が音頭を取り、合意に漕ぎつけた歴史的な快挙と報じられました。その後、アメリカの大統領がトランプ大統領になり、このパリ協定から離脱を表明した後も、議長国であったフランスは、“パリの奇跡”を懐かしむように、パリ協定を奇跡だと捉えて、今も強力に後押ししています。またその“奇跡”という言葉に見合うように、国際的な条約では非常に異例の速さで、合意から1年足らずで発効しました。

パリ協定を2020年1月から実施するためには2018年末までのルールブックの合意が必要とされ、先週末まで開催されたのがCOP24です。 アメリカ不在の“穴”を埋めるべく(とはいえ、実はアメリカは一番積極的に交渉に参加しています)、想定以上の負担を強いられる先進国は、“パリ協定で決められたように”途上国にも相応の負担を求めましたが、約束された資金の流れが滞っていることに反発を強めた途上国は、バックアップされる元手が保障されない中でのコミットメントの受け入れは不可能と真っ向から対立し、会議も1日に延長されてハイレベル(閣僚級)での折衝が夜通し続けられ、15日深夜に「ルールブックの枠組み」に合意されました。

主な内容は、「2年ごとに先進国は、途上国におけるパリ協定の実施を補助するための資金の流れについて確認し報告すること」、「パリ協定の下では、先進国と途上国という2分論を廃止し、それぞれの国が能力に応じた削減努力を行うこと」といったもので、これらはパリ協定のルールブックの核となる内容です。

ただ、各国の削減目標の見直し(それまでの削減努力と経済発展を比較して新たな削減目標を定めるプロセス)の頻度については、5年ごとを主張する欧州と10年ごとが妥当とする途上国の対立が解けず、結論は先送りになっています。

また、他国で行った排出削減へのアシスタンスを、どのように自国の削減量としてカウントするか、そしてそれを認めるか否かという議論(一般には市場メカニズムの利用による排出枠の取引)も結論が出ず、先送りになっています。

一様に、各国交渉官からは「パリ協定の精神は守られた」という評価がされ“成功”との空気が流れていますが、実際のところどうだったのでしょうか?

私も、今年もいつものごとく交渉に携わっていたのであれば、疲労感と達成感から何となく“成功”との評価をしたのかもしれませんが、落ち着いてみてみると、2020年からパリ協定を世界的に実施するための“最低ライン”をギリギリ超えたレベルの合意であったのではないかと思います。

地球の破滅を招くパリ協定実施のとん挫。しかし世界は…

ルールブックの“骨組み”が出来たことで、細則はon-goingで交渉しつつ、パリ協定に基づく作業を始めることはできますが、細則(細かい実施規定)を迅速に明らかにしないと、実施が滞ることになりますし、また先延ばしされた「排出削減量の見直し」の頻度とプロセスを決めない限りは、パリ協定の実施もすぐにとん挫する恐れがあります。

仮にそのような状況に陥った場合、危機的な状況(point of no return)までギリギリのタイミングとされる気候変動対策の柱が失われ、今年IPCCやUNEP、そしてアメリカ政府のチーフサイエンティストたちが世界に示した2100年までに、産業革命時の全球平均気温に比して3度から6度の温度上昇を招くという破壊的なシナリオが現実化してきます。

また、私も関わるFuture Conferenceでのシナリオも示すように、このままのトレンドが続き、世界各国が協力して温室効果ガスの大幅な削減に取り組まない限り、早ければ2030年(これから12年後─そう次の戌年)には、“もう一つ地球が必要になる”という恐れもあります。

「科学的な進歩で、もう一つの地球も可能になる」といった議論や、「技術革新で大気中の温暖化効果ガスを吸い取ることも可能ではないか」という議論も聞かれ、そのオプティミスティックな雰囲気に流されてみたくもなりますが、「急激な変化を受け入れる代わりに、私たちは何を手放す用意があるのか」についても真剣に考えなくてはならなくなります。Panacea(特効薬)は存在せず、私たちが自分事として地道に取り組むほかありません。

しかし、今回、COP24をめぐる国際情勢は、そのようなurgencyに応え得るようなfriendlyな状況ではありませんでした。例えば、パリ協定のレガシーを強固なものにするために国内におけるエネルギー税率を上げようと目論んだマクロン政権に対し、黄色いベスト(Gillet Jaune)運動がNOを突きつけ、マクロン大統領は税率を上げるというオプションを再度延期して隠すほかありませんでしたが、それでもまだ状況は収まらずデモは継続しています。

そのような中、本来、パリ協定のルールブックをかなり厳格な内容にしたかったフランスの交渉団も、国内のいざこざに邪魔されて明確な方向性を示すことが出来ませんでした。環境先進国スイスも議会が、政権がパリ協定実施に向けて用意していた環境法改正案を否決し、交渉にネガティブなメッセージを投げてしまいましたし、ドイツの石炭連盟も「いつ石炭を止めるのか」という計画に合意できなかったため、脱石炭+再生可能エネルギーの拡大を押したかった欧州交渉団の足を引っ張りました。

そこに追い打ちをかけたのが、以前もお話したトランプ政権のG20サミットでの再度のNO(パリ協定に対し)と、ブラジルのボルソナロ新政権が匂わせた「パリ協定からの離脱」という政治的な赤信号は、交渉に暗雲をもたらしてしまいました。

「交渉でambitiousな内容を合意しても、“我が国政府は実施に協力的か?”」「新政権の打ち出す方向性が見えないが、“どこまで交渉していいのか?”」そのような不確定要素が多かった中、パリ協定の実施を確実にするには不十分だと思われる内容でも、交渉団たちはよくやったとは思います。

存在感をなくした日本交渉団と日本の産業界

ただ、私がいろいろな方面から聞いてとても残念だったのが、日本交渉団の存在感のなさの指摘でした。福島第一原子力発電所の事故以降の苦しいエネルギーの供給繰りという状況もあり、石炭火力発電回帰を余儀なくされたのですが、パリ協定発効後、どんどん石炭への風当たりが強くなり、各国は再生可能エネルギーシフトを鮮明にしました。

ノルウェー政府年金基金やバークレイズ銀行などの大型投資ファンドなどが相次いで「石炭火力発電に関わる企業への投資を引き上げる」という決定をし、メジャー石油会社も軒並み再生可能エネルギーへの転換を図る中、日本のメガバンクは相変わらず石炭火力発電関連への投資を止められず、大手商社も軒並み石炭のポートフォリオを切れずにいることから、一気に風当たりが強くなりました。

また政府の政策も、石炭に拘るという決定も、石炭を止めて再生可能エネルギーシフトを本格化するという決定も、原子力の将来があいまいにされている中、はっきりとした方向性がなく、それが見事に交渉の現場での立ち回りが出来なくなるという悪循環を生んでいます。技術や資金という分野、そして科学的な知見では、これまで日本の存在は重く見られていたのですが(私もそう努力してきましたが)、COP24の交渉では、「え、日本いたの?ところで何か発言したっけ?」という印象だったと聞きます。

そして産業界も一応サイドイベントなどを開催したそうですが、メガバンクの存在感はなく、また産業界からのお話もあまりインパクトはなかった、というのがどうも反応であったようです。

今後、気候変動対策を加速する中で日本の持つ技術力と知見は不可欠なのですが、プレゼンテーション不足ゆえに、またチャンスをどこかに攫われてしまいそうです。

パリ協定の実施の土台はできました。ただ、まだまだ不安定な、そして先が見えづらい土台であることも事実です。今後、そう遠くない時期に表出してくる多くの悲劇の連鎖、特に異常気象がもたらす災害とコストが予想される中、そろそろ各国の狭いエゴやプライドの張り合いに終始する交渉スタイルから、いかに協調して、地球規模の問題に同じ方向を向いて取り組むのか

答えを出し、手を取り合って行動に移すまでの時間は、もうあまり長く残されていません。2020年にパリ協定が本格稼働するまでには、今年のCOP24で合意できなかった諸々の実施ルールが合意に至ることを切に願いますし、私もまた、再度、交渉に携わりたいと思います。

image by:Bernadetta Sarat, shutterstock.com

島田久仁彦(国際交渉人)この著者の記事一覧

世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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