新年の辞はあくまでも「回顧と展望」であり、その通りに実現していくのではない。金日成はかつて「我が人民のもっとも理想とする生活像は白いご飯を食べて、肉入りのスープを飲み、絹の着物を着て、瓦ぶきの屋根の家に住むことである」と、新年の辞で明らかにして何十年も経っても実現できず、金正日も同じようなことを言ったが、これまた実現できずに世を去った。
今年の金正恩の新年の辞から「金正日」の言及はなくなった。また、30分近くの演説に「日本への言及はゼロ」であった。金正恩の新年の辞はあくまでも「金正恩の保身と体制護持のための言質でしかない」ということを知ってから、分析なり解析すべきものである。
新年の辞に「我が人民の忍耐心を読み誤って制裁・圧迫に出るなら」云々があったが、北朝鮮の人民に発言・表現・集会の自由はあるのか、北朝鮮の人民の忍耐心とはほかならぬ「金王朝の横暴」にあるのではないか。
今年は亥年。金正恩は北朝鮮国内では「太った白い豚」と陰で言われているそうだが、同じ亥年生まれの筆者からも金正恩政権がまともな政権になることを期待する。(宮塚コリア研究所代表 宮塚利雄)
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