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あの日銀ですら危機感を抱く、アベノミクス「統計偽装」の大暴走

連日大々的に報道されている、厚労省による調査統計不正問題。“偽装”が明るみに出るやすぐにキーマンと目される同省官僚を更迭した政権サイドですが、これを「森友疑惑時と同様の対応」と批判するのは、元全国紙社会部記者の新 恭さん。新さんは自身のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』で、こうした安倍官邸流の対応を見逃すべきではないとした上で、政権が官僚たちに「忖度」を強いるに至った過程を丁寧に追っています。

安倍政権はどのようにして毎勤統計の変更に関与したのか

安倍政権は「改革」の名の下に、どんな禁じ手も厭わない。それでも、まさか基幹統計にまで触手を伸ばすとは、誰も想像できなかっただろう。

毎月勤労統計調査の不正はあくまで厚労省の責任であって安倍官邸には関わりがない。そう固く信じている人も多いに違いない。確かに、厚労省はタチが悪い。年金を無駄遣いした「グリーンピア」や「消えた年金」など数々の問題を起こしたほか、職員の不祥事も絶えない役所である。

だから、2004年から東京都内500人以上の事業所の全数調査を抽出で済ましていたというルール違反についても、驚くにはあたらない。調査人員や予算が減らされていった事情はあろうが、厚労省のかかえる体質や組織の問題が大きい

だが、首相夫妻のからむ森友疑惑を財務省だけの問題にすり替え佐川元理財局長を生贄として差し出した安倍官邸流の対応が、今回の“統計偽装”でも早々と表面化している点を見逃すべきではないだろう。

そのひとつが、一連の経緯を最も知っているはずの大西康之・前厚労省政策統括官の口封じ”だ。

安倍官邸は根本厚労相に指示して、今月1日付で大西氏を大臣官房付とした。それを受けて、衆院予算委員会の自民党理事は、野党が要求する大西氏の委員会招致を拒否したのである。

国会で真相を解明するというのなら、自民党にも、大西氏から国会で話を聞きたくない理由はないはずだ。“キーマン隠し”と受け取られても仕方がない。真相が明らかになれば、安倍政権と自民党にとって、どんな不都合が生じるというのだろう。

そこで、あらためて目を凝らしたいのは、昨年1月から同統計調査のやり方を変えるまでの、背後の動きだ。安倍官邸が官僚たちの忖度を働かせていった形跡が見られる。その過程をじっくり辿ってみよう。

安倍首相は2015年9月24日の記者会見で「新三本の矢」と称するアベノミクス第2ステージの政策を発表した。そのさい、希望を生み出す強い経済をつくるとして、2020年にGDPを600兆円にする目標を掲げた。高すぎるハードルである。無理にでも数字を引き上げる必要に迫られたのではないだろうか。

それから間もない同年10月16日の経済財政諮問会議で麻生財務大臣はこう発言した。

私どもは気になっているのだが、統計についてである。(中略)毎月勤労統計については、企業サンプルの入れ替え時には変動があるということもよく指摘をされている。また、通販の額はものすごい勢いで増えているが、統計に入っていない。(中略)ぜひ具体的な改善方策を早急に検討していただきたい。

経済関係の統計データがアベノミクスの成果を示す内容になっていないことへの不満がこの麻生発言から読み取れる。

こうした政権トップらの動きのなかで、活動を中止したのが厚労省の「毎月勤労統計の改善に関する検討会」だ。

2015年6月3日の第1回会合で、姉崎・統計情報部長は検討会設置のいきさつをこう語っていた。

アベノミクスの成果ということで、賃金の動きが注目され、毎月勤労統計調査でとっている賃金、特に実質賃金の動きが注目を浴びている。毎月勤労統計調査は2、3年置きに調査対象事業所の入れ替えをするが、旧サンプルと新サンプルの間でズレが生じるため、いろいろな御意見を各方面からいただいている。改善できるところは改善していくということで考えている。

この統計は、500人以上の事業所について全数調査をし、それ以下の事業所は23年ごとに総入れ替えをするルールでこの70年間行われてきた。

しかし、総入れ替えをすると、廃業・倒産寸前の企業も入ってくるため、賃金の数値が下がるのがこれまでの傾向だった。脱落せずに残ってきた企業で構成される旧サンプルのほうが高いことが多い。

この検討会では、従来の総入れ替え方式でよいのか、それとも毎年少しずつ入れ替えるローテーションサンプリングが望ましいのかが、議論の中心になった。

検討会は2015年6月3日から同年9月16日まで6回にわたり開催された。なぜか、4、5、6回分の議事録は公開されていないが、9月16日の6回目に中間的整理案がまとめられている。

その概略はこうだ。「サンプルを一定期間固定することに伴うバイアスは、ある程度存在するとしても、賃金分析の判断に影響を与えているとまでは考えにくい。部分入れ替え方式に移行してもギャップの補正が必要になるのであれば、採用する合理性は低い」。つまり、ローテーションサンプリング部分入れ替え方式の採用には慎重な姿勢だった。

ところが、検討会の議論は、先述したように同年10月16日の麻生発言で白紙に戻されたらしく、その後、会合が途絶えてしまった。

新たに設置されたのが「統計の精度向上及び推計方法改善ワーキンググループ」だ。翌2016年9月30日に総務省で第1回会合が開かれた。

そのさい、総務省統計委員会は「平成27年10月、経済財政諮問会議において、麻生議員がGDP推計のもととなる基礎統計(毎月勤労統計を含む)の充実に努める必要性を指摘」などと記された文書を配布した。麻生大臣の発言を受けて統計の見直しの必要性に迫られた状況がうかがえる内容だ。

また、同ワーキンググループの会合で、経済財政諮問会議の事務局である内閣府により正確な景気判断のための経済統計の改善に関する研究会」なるものが設けられていることが明らかにされた。

総務省が担当してきた統計の議論を、内閣府でもやっていることについて、当然のことながら出席メンバーから次のような意見が出た。

内閣府資料をみると、統計委員会で議論するようなことが議題になっており、二重の構造になっているのではないか。どこが責任を持って議論するかはっきりしない。

首相を議長とする経済財政諮問会議(内閣府)の政治的な権力が中立であるべき統計の分野に介入してきたことを危惧する声だと筆者は受けとめる。

厚労省はこの会合から約1か月後の2016年10月27日、毎月勤労統計調査にローテーションサンプリングを導入する変更を統計委員会に申請し、承認された。

その変更内容は以下の通りだった。

従来、調査対象事業所のうち30人以上の事業所は、2~3年ごとに、新たに無作為抽出した事業所に総入れ替えを実施していたが、平成30年からは毎年1月分調査で一部を入れ替える方式に変更。平成30年と31年の1月分は経過措置で2分の1を入れ替え、平成32年1月分からは、1年ごとに3分の1ずつ入れ替える。

この結果、平成30(2018)年1月からは、2分の1のサンプル入れ替えと、これまで全数調査すべきところをやってこなかった東京都の「復元」、すなわち全数調査に近づける3倍補正を実施したことが重なって、前年比の平均賃金変化率が異常に上昇しはじめた。

総入れ替えした平成19年、21年、24年、27年の1月は新旧比がいずれもマイナスだったが、平成30年に限っては0.8%(2,086円)も上振れした。最も顕著だったのは6月で、3.3%もの伸びを示し信用性を疑う声が専門家の間から上がり始めた。

さすがに日銀もこらえきれない。昨年7月の展望リポートでは毎月勤労統計に関して方法変更の影響を除いた数字を採用し、10月には内閣府の統計担当者にクレームをつけた。昨年11月13日の日経新聞にこう書かれている。

日本の現状を映す統計を巡り、内閣府と日銀が綱引きしている。国内総生産(GDP)など基幹統計の信頼性に日銀が不信を募らせ、独自に算出しようと元データの提供を迫っているのだ。…「基礎データの提供を求めます」。10月11日、政府統計の改善策などを話し合う統計委員会の下部会合で、日銀の関根敏隆調査統計局長は内閣府の統計担当者に迫った。…だが、内閣府は「業務負担が大きい」などと反論。要請に応じて一部データを提供したものの決着はついていない。日銀の不信には一定の根拠がある。例えば厚生労働省が毎月まとめる賃金に関する統計。今年1月に統計手法を変えたところ前年同月比の伸び率が跳ね上がった。

政権の道具と化したかに見える日銀でさえ、基幹統計をないがしろにする安倍政権の暴走に危機感を抱いているのだ。

安倍首相は2月4日の衆院予算委員会で、小川淳也議員の“アベノミクス偽装”追及にこう反論した。

毎月勤労統計より総雇用者所得でみるべきだと私は思っている。第4次産業革命がはじまろうというのに、いままでの統計のやり方を墨守していていいのか。今までのやり方を変えるのは政治主導でないとできない。

2017年2月3日には官邸に菅官房長官を議長として「統計改革推進会議」なるものもできている。安倍首相の言う「政治主導の司令塔だろうか。

メンバーは関係閣僚、学者、エコノミストらだ。これまでに5回の会合が開かれ、第1回目の会合で菅長官はこうあいさつした。

安倍総理が先の施政方針演説において、長年手つかずであった各種の政府統計について、一体的かつ抜本的な改革を行います。このように表明されました。統計改革は政府の重要課題でもあります。

本来、統計に政治の入り込む余地などないはずだ。官邸のねらいははっきりしている。アベノミクスの見栄えをよくするためだ。

安倍政権はもういい加減、アベノミクスの挫折を糊塗することにエネルギーを費やすのをやめたらどうか。厚塗りの化粧をほどこす余力があるのなら、さっぱりアベノミクスをあきらめ、経済財政諮問会議のメンバーも一新して、第4次産業革命にふさわしい斬新な発想の経済政策を模索したほうがいい。

何にでも「改革」をつけてイキがっているが、安倍首相には、なにより自己改革が必要なようである。

image by: 首相官邸

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