3月8日に国土交通省が「自動運転車等の安全性を確保するための制度を整備する法律案」の閣議決定を発表するなど、我が国でもようやく進展を見せ始めた自動運転システム導入の動き。自動運転車の普及は、私たちの生活をどう変化させるのでしょうか。今回のメルマガ『週刊 Life is beautiful』では著者で世界的エンジニアの中島聡さんが、不要になるもの、デザイン変更を迫られるもの、さらに大きな影響を受ける業種などを紹介しています。
※ 本記事は有料メルマガ『週刊 Life is beautiful』2019年3月12日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め初月無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:中島聡(なかじま・さとし)
ブロガー/起業家/ソフトウェア・エンジニア、工学修士(早稲田大学)/MBA(ワシントン大学)。NTT通信研究所/マイクロソフト日本法人/マイクロソフト本社勤務後、ソフトウェアベンチャーUIEvolution Inc.を米国シアトルで起業。現在は neu.Pen LLCでiPhone/iPadアプリの開発。
自動運転社会に至る道
最近になって、ようやく自動運転車が普及した社会が今とどれぐらい違うか、を語る人が増えて来て、とても良い傾向だと思います。「消えゆく信号…自動運転化で2040年に 米都市調査団体が予測」などは良い例です。
自動運転車の導入によって、
- 人間が運転する自動車
- 信号
- 駐車場
- ガソリンスタンド(電気自動車が前提)
- タクシー・バス・トラックの運転手
- 駐車場やガソリンスタンドで働く人
などが不要になります。また、大きなデザインの変更が要求されるのが、
- ビルディング(地下駐車場が不要に)
- 道路・高速道路
- 横断歩道・歩道橋・歩道・自転車道
- 公共交通機関(特に地下鉄)
などです。
どれもが数十年間使うことを前提に作られるインフラであるため、自動運転車が本格的に普及し始めるのが2030年ごろと考えると、今のうちから準備をしておく必要があります。米国では、既に、新しいビルを建てる際には、駐車場が不要になる時代を見越したデザイン(例:駐車場をあえて地上に作り、のちにオフィススペースに変更できるようにするなど)を採用するところも出てきているそうですが、大半は従来型のデザインのままです。
業種として大きな影響を受けるのは、
- 運輸業・公共交通機関
- 自動車産業
- 運送業・流通業
- 小売業・飲食業
などです。
タクシー会社は自動運転車により運転手不足の解消とコストダウンが可能ですが、運転手を社員どころか契約社員としてすら雇っていない(つまり、人員整理が簡単に出来る)UberやLyftのようなカーシェア・ビジネスにスピードで負けてしまう可能性が大きいと思います。
タクシー(もしくはそれに相当するもの)の料金が自動運転により劇的に下がることにより(現在の3分の1になると言われています)、自動車は「所有するもの」から「必要に応じて使うもの」に変わります。Teslaや中国メーカーに先を越されてしまった電気自動車へのシフトと合わせたダブルパンチは、自動車業界に大きな衝撃を与えることは確実です。
また、これまで競争に晒されたことがなかった公共交通機関(例えば都市部の地下鉄)が競争に晒されることになります。自動運転タクシーの値段が地下鉄と同じ値段にまで下がったら、わざわざ地下にまで降りて地下鉄に乗る人は激減するでしょう。莫大なお金をかけて作った地下鉄が、ある時点で無用の長物になってしまう可能性があるのです。
運送業・流通業は、自動運転車の導入でコストを下げることが可能になりますが、逆にアマゾンのような大手の顧客が自ら自動運転車を導入してしまうというマイナス面もあるので注意が必要です。
物流のコストが下がることは、アマゾンのようなオンライン・ショップにとっては良い話ですが、小売業によっては大きなマイナスです。それも、誰もが自動運転タクシーでドア・ツー・ドアで移動するようになると、人の流れが大きく変わるので、立地条件だけで商売をしていた小売業や飲食業の経営が苦しくなります。
ちなみに、こんな風に「自動運転車がもたらすだろう社会」のことを想像するのはそれほど難しくはありませんが、現在とのギャップが大きすぎて、「どうやってそんな社会に変化するのか」の道筋を想像するのは簡単ではありません。
全部の自動車が自動運転車になってしまえば、信号も車線も駐車場も不要になりますが、人間の運転する自動車との共存は簡単ではありません。
結局のところは、まずはレベル3・レベル4の自動運転車(運転席に人間が座っている必要があります)が一般の道を(人間の運転する自動車に混じって)走るという移行期間がしばらくあり、十分に自動運転車が増えた時点で人間が運転する車が排除されて、信号・車線・駐車場が除去されるというプロセスを踏むしかありません。
しかし、それを自然なプロセスに任せていては、20年ぐらいかかるので、都市の一部を「自動運転車ゾーン」として指定して強引に時計の針を進めてしまう政治力が必須だと思います。
その意味では、共産党が圧倒的な力を持ち、何もない土地に「自動運転都市」を作ってしまうことが出来る中国が圧倒的に有利で、それに続くのが先進的な考え方を持つ人が多い、シアトルやアムステルダムあたりだろうと私は見ています。
東京は、2020年にオリンピックがあるので、そんなゾーンを恒久的に作ってしまう大チャンスだったのですが、残念ながらそんな発想は、今の日本の政治家には無いようです。
その意味では、日本列島改造論で強引に日本中に高速道路を敷いた田中角栄、新宿に高層ビルを集めた副都心を作った美濃部亮吉のような明確なビジョンを持った政治家が日本には必要だと思います。
image by: Shutterstock.com
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