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堕ちた法の番人。横畠長官の大失言で判る政権の「俺たち偉い病」

横畠内閣法制局長官による小西洋之議員を揶揄するような発言で紛糾した、3月6日の参議院予算委員会。結果的に長官は謝罪したのですが、なぜ彼はそんな「余計な言葉」を口にしたのでしょうか。元全国紙社会部記者の新 恭さんは自身のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』に横畠長官と小西議員の因縁を記すとともに、「法の番人」のはずが「安倍総理の顧問弁護士」に成り下がった法制局長官を厳しく批判しています。

天敵議員への憎悪か、横畠長官の大失言

「聞いたことに答えず、時間稼ぎする総理は戦後一人もいなかった。国民と国会に対する冒涜だ。聞かれたことだけに答えなさい」

3月6日の参議院予算委員会。小西洋之議員が安倍首相に向かって命令口調で言った。

「しきしまの 大和心のをゝしさは ことある時ぞ あらはれにける」。日露戦争にのぞむ明治天皇が詠んだ「御製」だ。

1月28日の施政方針演説で、安部首相がこの歌を引用したことについて、小西議員が「平和憲法の理念に反するのでは」と追及した。

だが、安倍首相がまともに答えず、演説の内容をくどくど説明したのに小西議員は業を煮やしたのだ。

発言を問題視した与党議員が委員長席に歩み寄り、場内が騒然となって審議は中断した。

小西議員が「これは監督行為だ」と主張、内閣法制局に確認することで与野党理事間の話がついたのだろう。小西議員は大声で質問を再開した。

「横畠内閣法制局長官にうかがいます。議院内閣制のもと国会議員が行なう質問は、内閣に対する監督機能の表れであるという質問趣意書への閣議決定があることを確認してください」

横畠裕介長官は平静を装って答えた。「ご指摘の質問趣意書は手元にございませんが、国会が一定の監督的な機能、国権の最高機関、立法機関としての作用というのは、勿論ございます」。

ここまでにしておけば何の問題もない。小西議員は納得しただろう。ところが、最後にこう付け加えてしまった。

「ただ、このような場で、声を荒げて発言するようなことまで含むとは考えておりません

こんどは野党側が騒ぎ出した。「越権行為だ」「謝罪しろ」。当然だろう、横畠長官に、国会議員の質疑について注意したり規制する権限はない

法制局が担う役割は内閣法制局設置法で次のように定められている。「法律問題に関し内閣並びに内閣総理大臣及び各省大臣に対し意見を述べること」。

具体的には、内閣が国会に提出する法案について、現行法の見地で審査するのが主な仕事であり、「法の番人」と呼ばれることもある。

なぜ、横畠長官は余計な言葉を発してしまったのか。相手が小西議員でなかったとしても同じだっただろうか

振り返れば、小西議員は2014年10月16日から15年9月4日まで計9回にわたり、横畠長官と国会でバトルを繰り返してきた。そのもとをつくったのはもちろん、集団的自衛権をめぐり恣意的に憲法解釈を変更した安倍政権であり、総理の意向を忖度して変節した横畠長官自身だ。

積み上げてきた法解釈の連続性、整合性を、変転しやすい政治の動きから守ることが内閣法制局の伝統的な姿勢だった。長官に就任する前の横畠氏もその魂を引き継いだ一人と見られていた。

安倍官邸は、法制局の精神的伝統に風穴を開けて憲法解釈を変えるため、法制局長官の人事に手を突っ込んだ。2013年8月、外務省出身で集団的自衛権行使に前向きな小松一郎氏を内閣法制局長官に据えた。外務省からの異動は前例がない

次長に甘んじることになった横畠氏はさぞかし悔しかっただろう。元検事で、1999年8月に法制局に出向、第二部長などを歴任し、長官ポストが確実視されたエースだ。

第1次安倍内閣が「安保法制懇」を設置したさい、第二部長の横畠氏は、宮崎礼壹法制局長官とともに「集団的自衛権を強引にやるなら辞表を出す」と迫ったことがある。法制局官僚としての気概を示していたのだ。

その人が、小松氏の病気による退任を受け、2014年5月、法制局長官の座に就いたとたんに豹変し安倍官邸にすり寄った

アメリカが攻撃を受けたら助太刀にはせ参じることができるよう憲法解釈を変更した2014年7月の閣議決定に何ら異議をさしはさまず、内閣法制局が守ってきた法解釈の連続性をあっさり捨ててしまった

閣議決定後の7月14日、衆院予算委員会において横畠長官は、解釈変更の屁理屈を平然と語った。

「憲法第9条のもとでも例外的に自衛のための武力の行使が許される場合があるという昭和47年の政府見解の基本論理を維持し、これに当てはまるのは我が国に対する武力攻撃が発生した場合に限られるとしてきたこれまでの認識を改め、我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合もこれに当たるとしたものであり…」

小西議員は集団的自衛権や、安保法制について、横畠長官と論戦を重ねてきたが、そのつど「長官は答弁拒否をしている」となじった。

横畠長官が、理詰めの攻防を挑む小西議員の質問とあえて噛み合わない答弁を繰り返したからだ。

小西議員は2015年5月19日の参院外交防衛委員会で、元内閣法制局長官、宮崎礼壹氏が朝日新聞に語ったインタビューの内容(下記)を突きつけて、安倍政権におもねるように変節した横畠長官の姿勢をただした

–日本と密接な関係の他国への攻撃に対しても、武力行使できるようになりました。

 

「法案に憲法違反の集団的自衛権行使容認が明示されているのは、重大な問題だ。…他国防衛を本質とするものであって、現憲法9条の下では認められないという解釈を根底から覆し…米国の要請さえあれば際限のない海外での武力行使に道が開かれてしまう」

宮崎氏は2006年から2010年まで内閣法制局長官をつとめた。第1次安倍内閣から鳩山内閣にまたがっている。横畠氏はその時期、法制局第二部長として仕えていた。

小西議員はこう言って詰め寄った。

「横畠長官、元上司として仕えられた長官が…集団的自衛権の行使容認は憲法違反であるとおっしゃられています。宮崎元長官とは異なる見解をお持ちだということでよろしいですか

横畠長官は「御指摘のとおりでございます」と答えた。内閣法制局が変質したことを長官自ら認めた瞬間だ。小西議員のこれに対する批判は強烈だった。

「宮崎氏以外にもかつての元長官の方々が良心を持って発言をされている。法制官僚はあらゆる政治的な圧力をはね飛ばして客観的な法の解釈を守るのがあるべき姿だ。長官もそこに戻っていただきたい。そうしなければ長官の手によって憲法違反の戦争で自衛隊員が、日本国民が死んでいくことになる。安倍総理の顧問弁護士があなたの職責ではない

横畠長官は肺腑をえぐられる思いだったのではないだろうか。一度は、宮崎氏ら歴代長官と同じ矜持のある法制官僚と安倍官邸に“誤解”され、外務省官僚の小松氏を上司の長官に据えられるという前例なき仕打ちを受けた横畠氏が、小松氏の病状悪化によってようやく就くことのできた法制局長官の座だ。

安倍官邸に寄り添ってこの座を死守したいという思いの半面、後ろめたさがなかったとは言えまい

あの日の国会風景を思い出す。2014年2月12日の衆議院予算委員会。小松内閣法制局長官が検査入院中だったため、次長の横畠氏が代理出席していた。

大串博志議員が「解釈変更で集団自衛権を行使できると(安倍首相は)言う。同じ答弁を内閣法制局はできますか」と質問したさい、横畠次長が立ちあがるのを制するように、安倍首相が「俺が答弁する総理大臣だから」と声を上げたことがあった。

この時点では、横畠氏が意に沿うような答弁をしてくれるかどうか安倍首相に不安があったのだ。

その後、小松長官の病状が悪化し、後任を決める段階で、横畠氏の安倍官邸に対する忠誠心は固まっていったのだろう。

小西議員から見ると、横畠氏は依然として、法の番人というより「安倍総理の顧問弁護士」だ。

一方、横畠長官にすれば、小西議員はつねに激しい言葉で自分を攻撃してくる「天敵」だ。その男から2015年9月4日以来、久しぶりに出席を求められたのが3月6日の参議院予算委員会だった。

横畠長官は小西議員からの質問に「突然のお尋ねでございまして…」と笑みさえ浮かべて話しはじめ、「声を荒げて…まで含むとは考えておりません」と語気を強めて締めくくった。

その態度が不遜に見えたせいもあるだろう、場内に怒号が飛び交った。審議が中断し、与野党の理事が協議したあと、再び、横畠長官が答弁に立った。

「声を荒げてという部分については委員会において適否を判断することであり、私が評価をすべきことではありません。撤回いたします

「ダメ!」と森ゆう子議員らが立ちあがり、またも審議は中断。与党議員から再度説得された横畠長官は、「越権行為でしたので、この点についてはお詫びをして撤回させていただきます」と、ようやく謝罪した

3月8日の参院予算委員会では、金子原二郎委員長から「横畠内閣法制局長官の…発言は法制局長官の職責、および立場を逸脱するものであり、誠に遺憾であります」とお咎めを受ける羽目に

ことの重大性をようやく認識した横畠長官は「行政府にある者の発言としてその立場を逸脱したまことに不適切でありました。…ここにあらためてお詫びを申し上げます」と神妙な面持ちで述べた。

自民党の石破茂氏は漫画家、小林よしのり氏が開いた討論会に出席し、横畠長官の言動について、安倍政権にかかわる皆が「“俺たち偉い病”にかかっているのでは」と、語ったという。

そんな病気にかかった67歳の眼からは、政治家としてまだ若い47歳の小西議員などは生意気に見え、憎々しくて仕方がないだろう。見下し、憎悪しているがゆえに、「声を荒げて」というあの余計な発言がつい出てしまったのかもしれない。

内閣の補佐機関であっても一定の距離を保って法を語るべき人が、一時の感情を抑えられず、政治家の言動を批判した。前代未聞のことだ。憲法解釈の客観中立性にもいっそう疑念が深まることとなった。

image by:  首相官邸

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