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いかがわしい言い訳も。電力各社が原発テロ対策に消極的な理由

原発のテロ対策施設設置の期限延長を求める電力各社に対し、これを認めず、未完成ならば稼働中の原発であっても運転停止を命じるとした原子力規制委員会。そもそも5年もの猶予期間を与えられていながら本腰を入れなかったと言わざるを得ない電力会社サイドに問題があったと言っても過言ではないのですが、「原発停止なら電気料金値上げも止む無し」との開き直りまで見せています。斯様な姿勢を猛批判するのは、元全国紙社会部記者の新 恭さん。今回、新さんは自身のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』で、大手電力各社がテロ対策に消極的かつ急がない理由を考察しています。

テロ対策施設の遅れで原発ストップ、減益分を電気料金に転嫁か

北海道から九州まで海岸沿いに並ぶ50もの原子炉が、日本列島を、巨大な核爆発装置にしてしまっていることを、われわれは福島第一原発の事故で思い知らされた。

冷却水を通すための電源さえ破壊してしまえば、原子炉すべてが核爆弾になる。たとえばテロ集団が9.11のように航空機を突入させたらどうなるのか。戦慄すべき恐怖だ。

ところが、テロ対策への本気度を疑わざるをえない電力会社の姿勢が明らかになった。5年もの猶予をもらったテロ対策施設の建設が大幅に遅れているのを恥じぬばかりか、さらに期限を延ばすよう原子力規制委員会に要求したのだ。

もちろん規制委がこれに応じることはなく、期限に間に合わなければ、運転中の原発は停止せざるを得なくなった。すると、電力会社側は愚劣とも思える“反抗”を始めた。運転停止による利益の減少分を電力料金値上げで補う考えを示したのだ。そこに道理があるだろうか。経過を整理しよう。

原発の再稼働をするには2013年施行の新規制基準を満たさねばならないが、原子炉本体や建屋の設備の安全性強化とともに、航空機などのテロに備えた施設の新設も義務づけられている。お役所言葉で「特定重大事故等対処施設」、略して「特重施設」と呼ばれるものだ。

特重施設は、原子炉本体から100メートルていど離れた所につくり、制御室、電源、水源の装置を備え、緊急時に炉心を冷やし続ける役割を担う。9.11テロをきっかけに米原子力規制委員会(NRC)がつくった対策プランを参考にしたらしい。

国や電力会社が原発再稼働を急ぐなか、規制委員会は新規制基準に合格するための本体施設改良工事を先行させ、特重施設については経過措置として本体工事認可日から5年後までに完成させるようルールを定めた。

現在、九電の川内1、2号機、玄海3、4号機、関電の高浜3、4号機、大飯3、4号機、四電の伊方3号機が再稼働しているが、特重施設について各社とも、今ごろ「建設が期限までに間に合わないので延長してほしい」と言い出したのだ。

4月17日、原子力規制委員会の会合に関西、九州、四国の電力3社と電事連の担当者が出席し、特重施設の建設が遅れている理由について説明した。その内容は、つまるところ「安全性向上につとめたため予想以上に大規模工事となり時間がかかっている」というものだ。「安全向上を言い訳に使っているところがいかがわしい

全国で最も早い時期に川内原発を再稼働した九州電力の担当者が読み上げた提出文書。その「まとめ」をさらに要約してみた。

本体施設等でテロ対策を含めた重大事故等対策に必要な機能を満たし、運転を継続するにあたっての安全は既に確保されている。特重施設の設計で、安全性の向上を図ってきた結果、工事は大規模かつ高難度の土木・建築工事となり、状況変化が生じている。これら状況変化を受け、対応を検討いただきたい。

提出文書は大手電力会社9社と日本原電、電源開発の名で出されており、原発を持つ電力会社の、特重施設に対する共通認識が示されているといえよう。

「本体施設でテロ対策を含めた重大事故等対策に必要な機能を既に満たしている」というのは、特重施設を別途つくる必要性を認めていないとも受け取れる。

この延長依頼にどう対応するかについて、規制委員会は4月24日に協議したが、当然のことながら委員からは厳しい声が続出した。

更田豊志委員長 「川内原発1号機は今年2月の時点で期限までに完了すると示されているし、その他の電力についても、工事計画の変更申請はなされていない。だから『状況変化』とは何ぞやということになる」

 

A委員 「状況の変化は前からわかっていること」

 

B委員 「自然災害があったわけでもなく、遅れる理由がない」

会議の結果、期限の延長には応じないことに決定し、更田委員長は会議後の会見でこう語った。

「工事が大規模になったとか、岩盤が固かったとかいうのはまっとうな状況変化と考えにくい。いったん設けた期限を、できないから延ばすということはできない」

この判断により、期限内に特重施設が完成していない場合、原発の運転がストップすることになった。

どこよりも早く期限を迎えるのは、来年3月の九電川内原発1号機と、5月の川内2号機だ。

九州電力の池辺和弘社長は4月26日の決算発表記者会見で、この決定にさっそく反応した。「(運転停止なら)電気料金の値上げは選択肢だ」。

実に不可解な発言である。テロ対策施設の建設が遅れているのは、電力会社の事情ではないか。

5年もの猶予期間をもらっておきながら、どこもかしこも大幅に遅れるのは不自然きわまりない。みんなで渡れば怖くないとばかり、電事連のなかで計画の先送りを暗黙の了解とし規制委の甘い対応を期待して泣きついたのではないのだろうか。

当てが外れて原発が止まるかもしれない。その減益分のツケを電気料金値上げで利用者にまわそうとする。相変わらず恥知らずな傲慢さだ。

われわれは再生可能エネルギーの普及のために料金の上乗せを甘受しているが、それは未来に必要だからである。過去のエネルギーとして切って捨てるべき原発のストップによる電力会社の損得勘定に関わるつもりはない

福島第一原発の事故後、安全強化のため原発に莫大な資金が必要になった。テロ対策の特重施設建設がさらなる負担として各社の経営にのしかかっていることは確かだろう。

だからこそ、原発はもはやビジネスとして破綻していると認識し、再稼働などすっぱりあきらめて、再生可能エネルギーを中心としたビジネスモデルの構築に取り組むべきではないか。

経済界はまだ過去の旨味が忘れられず、原発推進に固執し、再生可能エネルギーについては拡大の必要性を唱えながらも限界をことさらに強調する。

日本は山が多く細長い国土の特性から、大都市が海岸部に偏在し、送配電網の連係が欧米とは異なっている。

再エネ先進国であるドイツの場合、送配電網が国をまたいでメッシュ状に広がっているため、再エネの需給調整がしやすい。

一方日本では、各電力会社内で系統増強を行ってきたものの、電力会社間の連係が密でないため、地域特性やその時々の気象によって発電量が異なる再エネを融通しあって調整するのが難しい

しかしこれも、経産省、財界、電力会社がその気になりさえすれば、積極的な設備投資により再エネ拡大に向けた送配電網の強化整備が可能なはずである。要は、国が原発の看板を下さないから、経済界のめざす地点が定まらないのだ。

原自連の公開討論の申し入れを「エモーショナルな人々と議論しても意味がない」と拒否した経団連の中西会長は、政策提言「日本を支える電力システムを再構築する」を発表した。経産省と打ち合わせて経団連のいわゆる“民僚”がまとめたものだ。

原発については次のように書かれている。「安全性確保と国民理解を大前提に、既設発電所の再稼働やリプレース新増設を真剣に推進しなければなりません」。

これに関し、中西会長が記者会見で話した内容はこうだ。

最近LNGが非常に増えているが、気候変動の観点から、どうするのかと迫られている。今の仕組みでは太陽光を中心とした再エネが、これ以上増やせない。増やすと、高品質の電力がうまく働かない。それと原子力の再稼働のスケジュールが不透明な結果、電気料金が高くなっている。電力マーケットへの投資が止まった状態になっているのが私の最大の危機感です。

CO2削減には再エネだけでは限界があり、LNGなどに頼っているが、その分、電気料金が高くなっている。原発がどうしても必要だが、国民の理解が広がらず再稼働がままならないため、電力マーケットへの投資が止まっている。これは国の危機である。中西会長が言いたいのはそのようなことであろう。

嘆息を装った国民への脅しのように筆者には聞こえる。「経済界が電力に投資をしなければ、困るのは国民だ電気料金もまだまだ上がるかもしれない」と。

大手電力各社が特重施設建設に消極的である背景に、「再稼働できるかどうかが不透明」という不満が透けて見える。いや、不満というより、不安かもしれない。「脱原発」に国が舵を切ると、全ては無駄な投資になってしまう。

航空機などによるテロについて、「起こる可能性は限りなくゼロに近い」とたかをくくっているからこそ、特重施設の建設を急がないのだろう。「正常化バイアスの企業版ともいえる。

日本は大丈夫、自分は安全…そんな“バイアス”が未曽有の大災害につながったことを忘れてはならない。無尽蔵で安全な自然エネルギーを最大限に生かすにはどのように電力システムをつくっていくべきか、官民が協力して本気でプランを立て、実行していくべきだ。

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