5月16日、70代の認知症の割合を今後6年で6%減らすとの数値目標を公表した政府。とかくマイナスイメージで語られることの多い認知症ですが、そんな昨今の「認知症」という言葉の使われ方に違和感を覚えずにはいられないとするのは、健康社会学者の河合薫さん。河合さんは自身のメルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』で、積極的に予防に取り組むことには大賛成としつつも、認知機能が低下したとしても安心して暮らせる社会を作るという意識を浸透させることが必要なのでは、と記しています。
※本記事は有料メルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』2019年5月22日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め初月無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:河合薫(かわい・かおる)
健康社会学者(Ph.D.,保健学)、気象予報士。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D)。ANA国際線CAを経たのち、気象予報士として「ニュースステーション」などに出演。2007年に博士号(Ph.D)取得後は、産業ストレスを専門に調査研究を進めている。主な著書に、同メルマガの連載を元にした『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアムシリーズ)など多数。
「認知症」差別への懸念
認知症対策を強化するための「数値目標」なるものが、政府の有識者会議で提示されました。
「6年間で6%」――。
2025年までの6年間で、70代前半の人口に占める認知症の人の割合を3.6%から3.4%に、70代後半の10.4%から9.8%にそれぞれ引き下げ、トータルで6%認知症になる人を減らすというのです。
政府は従来方針である認知症の人が暮らしやすい社会を目指す「共生」とともに、「予防」に力点を置いた大綱を6月の関係閣僚会議で決定するそうです。
素案には、運動不足の解消や社会参加を促す「通いの場」を広げることなどに加え、認知症の治療薬の臨床試験(治験)に、認知症になる可能性がある人の参加を増やす仕組みを構築するなど、治療法の開発強化も盛り込まれています。
数値目標が掲げられた背景には、超高齢化社会で増え続ける社会保障費の問題があるわけですが、なんだかしっくりきません。昨今の「認知症」という言葉の使われ方には、違和感を覚えずにはいられないのです。
だって、認知症は生活習慣病のように生活習慣を改めれば改善できるものではないのです。ましてや、科学的根拠ある治療法や予防法も確立されていないのです。
もちろん「運動習慣のある人の方がなりづらい」「健康的な食生活をしている人の方がなりづらい」「浴槽につかる習慣のある人の方がなりづらい」「おしゃべりな人の方がなりづらい」といった調査結果はあります。
しかしながら、あくまでも「確率」の問題であり、絶対的な予防法ではない。「これをやっていれば大丈夫!」というわけではないのです。
治療薬についても国内で承認されている認知症治療薬は、いずれも進行を遅らせる効能にとどまるだけ。副作用が強く出てしまうケースも多数報告されていて、一部の医師や研究者からは「高齢者のQOL向上になっているのか?」と治療薬使用を疑問視する声もあがっています。
そもそも認知症は病名ではなく、認識したり、記憶したり、判断したりする力が著しくてい低下し、社会生活に支障をきたす状態のこと。この状態を引き起こす原因として、アルツハイマー病やレビー小体症などが広く知られていますが、実際には原因が特定できない場合が多いのです。
誤解ないように断っておきますが、予防に努めるのはとても有意義だし、大切なこと。国が積極的に取り組むことで、多くの自治体が高齢者に無料で体操教室を開催し、食事教育を行ったり、多くの高齢者が楽しむ「場」が増えることには大賛成です。
私の母も近くの高齢者交流館に、「それ体操教室だ!」「それコーラスだ!」と毎日楽しそうに通っています。それは家族にとっても有難いことです。
しかしながら、「認知症」という言葉をまるで病名のように使ったり、「予防すれば認知症にならない」とイメージを助長するような取り組みは高齢者を逆に追い詰めることにもなりかねません。
「迷惑をかけてしまって申し訳ない」
「なんでこんなバカになってしまったのか」
「一所懸命努力してるんだけどね…」
「こんなになってしまって恥ずかしい」
「認知症になって子に恥をかかせたくない
etc.etc…。
これらは年をとり、「今までできていたことができなくなった」高齢者が、こぼす言葉です。
誰もが年をとれば認知機能は低下するし、誰もが年をとればできていたことができなくなるのに、「認知症」という言葉だけが一人歩きし、“凶器”になっている。認知症差別なるものが始まっている。そう思えてなりません。
繰り返しますが、積極的にみんなが予防に取り組むことは大賛成です。
でも、もっともっと「年をとれば誰もが認知症になるんだよ~。年のせいなんだからしょうがないでしょ~」と、笑顔で言えるような価値観が社会に浸透するような啓蒙活動に取り組み、認知機能が低下することが怖くない、どんなになっても安心して暮らせる社会を作ろうという意識をも浸透させる必要があるのではないでしょうか。
私もやがて年をとる。私もやがて認知症機能が低下する。でも…「社会のお荷物」にはなりたくありません。
みなさまのご意見もお聞かせください。
image by: Shutterstock.com
※本記事は有料メルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』2019年5月22日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め初月無料のお試し購読をどうぞ。
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※『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』(2019年5月22日号)より一部抜粋