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【書評】北や中国を擁護する東京裁判史観と、井伏鱒二との共通点

戦後洗脳のように行われてきた、とにかくすべて、何を取り上げても日本が悪だったとする自虐史観。なぜこのような流れができ、そして今も続いているのでしょうか。今回の無料メルマガ『クリエイターへ【日刊:デジタルクリエイターズ】』では編集長の柴田忠男さんが、東京裁判史観と文豪・井伏鱒二の共通点を指摘する、渡部昇一氏による一冊の本をレビューしています。

偏屈BOOK案内:『中国・韓国に二度と謝らないための近現代史』

中国・韓国に二度と謝らないための近現代史
渡部昇一 著/徳間書店

大分前の本(2007)を虫干しのつもりでパラパラしていたら、かつては読み流していた興味ある見出しに出会った。「中国指導部がいまなお毛沢東を奉る理由」っての。12年前でも既に毛沢東は過去の人、どころか共産主義的な試みはすべて破綻して、中国指導部のもはや絶対に奉りたくない人物であったはずだ。

2000年の冬、北京のデザイン学校とデジタルアート展を共催するため北京に行った。もちろん、天安門広場にも故宮博物館にも行った。両方とも広大で極寒だった。天安門広場で毛沢東の巨大な肖像画を見た。あれがまだ掲げられているのかと思ったら、そんなわけがなく毎年ちゃんと更新しているらしい。

いま(2007年前後の)北京政府がやっていることは、毛沢東の思想とは正反対である。社会主義国の建設という毛沢東の思想は完全に破綻している。毛沢東は、すべての人を極貧の状態に叩き落とした。紅衛兵を組織して何千万の人を殺した。それに懲りたからこそ、政府は毛沢東と真逆の政策を実施している。「黒い猫であろうと白い猫であろうと鼠を獲る猫はいい猫だ」とトウ小平が言った。

中国は社会主義(共産主義)から資本主義へ、180度転換した。にもかかわらず、毛沢東の威信だけが揺るがないのはなぜか。毛沢東は中国の三つの基本戦略を打ち立てたからだ。

  1. 原子力でアメリカに劣らぬこと
  2. 宇宙開発
  3. 海洋に進出すること

いま中国が推進している政策はすべてこの戦略に沿って築かれている。だからいまも毛沢東の肖像画が外されることがないのだ。

やはり毛沢東は奉るべき国父である。いま中国がソフトに見えたとしても(見えないけど)、天安門から毛沢東が消えないうちは我々は安心してはいけない。そして台湾である。台湾が日米関係の枠外に出たら、東シナ海から西太平洋全般に渡って中国の支配下に入る。にもかかわらず、アメリカがどこかノホホンとしているように見えるのは、アメリカに正しい歴史認識がないからだ。

大東亜戦争は好戦的な日本による侵略戦争であった」という東京裁判の大前提を頭から信じ込んでしまうと、「戦前の日本はひどい国だった」という結論しか出てこない。東京裁判を主宰したマッカーサーは、朝鮮戦争を体験することにより、日本の置かれている地理的条件や戦前の日本が追いつめられていた状態を自ら感じ取って、東京裁判の前提の間違いを正し、日本自衛論に転じた

思い込みの「空論」から、自ら体験した「確信」へ。ところが「空論」を後生大事に抱え込んで「日本が悪かった」と言い続けてきたのが戦後の歴史教育であり、進歩的文化人(いまどきは誰もそう呼ばない)であり、マスコミだった。それが戦後日本人に与えてきた悪影響は計り知れず、今も引きずっている。

渡部は満洲建国についての最重要文献としてレジナルド・ジョンストンの書いた『紫禁城の黄昏』を挙げる。映画「ラストエンペラー」がヒットすると岩波文庫が翻訳して出したが、満洲国の成立や当時の政治状況がいちばんよく分かる部分(1~10章16章を全文カットという文化的犯罪をやらかした。中国に忖度したからだ。岩波は戦後、北京政府の手先であった。今も?

この本を改めて読んだら、とても興味深い話がぞろぞろ出てきた。12年前のわたしはどこを読んでいたんだ。戦後は左翼、リベラル、コミュニストが蔓延ってきた。朝日や岩波などに論陣を張ってきた学者、評論家、ジャーナリストなどの手によって、洗脳が延々と続けられてきた。わたしもされる側にいたが、一時期は漫画しか読まないバカだったのが幸いして、染まらずに済んだ。

渡部昇一はそんな洗脳がなぜ延々と続くのか、不思議に思った時期があるという。そして、あることに思いあたった。それを「井伏鱒二現象」と名付けた。猪瀬直樹が著書『ピカレスク』で、「井伏鱒二の主要作品は剽窃である」と暴露したのがきっかけである。この大発見に、マスコミは上を下への大騒ぎになるだろうと見ていたが、テレビも新聞も文芸雑誌も、どこも全く報道しない

文献学者の谷沢永一が猪瀬の書いたことをことごとく追跡調査すると、すべて真実であった。井伏の代表作『黒い雨』は、広島の原爆被害者・重松静馬のノートを90%以上丸写しにしたもので、ノート返却要求に応ぜず、結局は井伏の家族が120万円支払って手を打った。この作品はテレビ化、映画化されて億単位の収入があったらしい。『山椒魚』はロシア作家の作品が下敷きだった。

『ジョン万次郎漂流記』は石井研堂の『中浜万次郎』を引き写したので、史実の間違いもそっくり同じだった。有名な「サヨナラダケガ人生ダ」という漢詩の訳詩も、すでに江戸時代の漢詩の訳詩集にあったことが判明した。なんと井伏の作品の多くは先行するものの盗用だった。そのことを谷沢が論文化した。

この注目すべき論文は、しかしながら、どこの出版社の雑誌でも掲載を断られた。結局、文学とは縁の薄いPHP研究所の「Voice」誌に掲載された。「そのとき初めて私は、戦前の日本を憎み、革命に憧れ、中国や北朝鮮を擁護する『東京裁判史観』がなぜ払拭されないのか、その秘密がわかったと思いました」。

井伏は直木賞、読売文学賞、日本芸術院賞、野間文芸賞、文化勲章、東京都名誉都民など数多くの賞を受けている。賞を与える側の賛辞などは活字に残っている。それが剽窃、盗作であると知れたなら、彼らのメンツは丸つぶれだ。真実を暴かれては困る井伏と利害(利得)の一致した人が、当時の日本の文学界を支配していることになる。「東京裁判史観敗戦利得者史観)」と同じ構図である。

「いまなお戦前の悪口を言い続ける人たちが絶えないのは、彼らが敗戦によって得をしたからである。だから、自分たちの利得を守るために戦前の日本を悪しざまに罵っているのです」。戦前「アカと疑われて大学を追放された人たちが、戦後アカデミズムに戻って、大学の世界では位人臣を極めた。そういう人たちを復帰させ、日本の「赤化」に奔走させたのはGHQ内の左翼だった。

著者はなぜ赤化しなかったのか。恩師達が「敗戦利得者」ではなかったからだ。いわゆる正論を述べた人たち(左翼言論横行のころも当たり前の意見を述べた人たち)の多くが外国文学の出身者であったことも関係がある。著者も佐伯彰一も英文科、小堀桂一郎と西尾幹二は独文科、彼らの先生方が左翼と無関係だったので、戦前の日本を普通の目で見ることができたのであった。

編集長 柴田忠男

image by: Shutterstock.com

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