その天安門事件について、今回、ひとつだけ書いておくとすれば、マスコミが伝えるのは、テレビの画面や新聞の紙面に切り取られた一部分だけだということです。確かに、中国は危機に直面しており、共産党側も、民主化運動の側も必死だったのは間違いありません。
死者も、中国政府が発表している319人ではなく、当時の英国大使の外交機密電報にある1万人はともかく、数千人は出ていたのではないかという印象です。 しかし、中国の庶民の暮らしは戒厳令下でも日常と変わりなく営まれていた部分もありました。象徴的だったのは、バリケードの横の光景でしょう。上海でも大通りにはバリケードが築かれ、街路灯の下で民主化運動側による政治集会が行われていました。
しかし、その横の同じ街灯の明かりの下では、なんと、平然とビリヤードやコントラクトブリッジをしている人たちもいたのです。日本の尺度で考えると、民主化運動の側から「こんな時に遊んでいるなんてけしからん」と詰め寄られそうですし、官憲からも追い散らされそうな光景ですが、そんな気配はどこにもありませんでした。
私をエスコートしてくれていた上海国際問題研究所のOさんが言いました。「これも中国なのです。こういう光景は何千年も変わらず続いてきたのです」それもあって、特に中国報道については、そのニュースの裏に拡がっている「本当の中国」に目をやるように努めてきました。
当時、日本のマスコミ各社は「危険防止のため」として、特派員をバリケードの内側に入れませんでしたから、多分、日本人は私だけだったと思います。滅多に見ることのできないことを見聞することができ、ずいぶん、得をした気分になりました。(小川和久)
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