民間の賃貸住宅では、病死に比べ自殺や刑事事件による事故物件は、価格を大幅にダウンするようだが、URは大雑把で事故の内容にかかわらずすべて家賃半額割引である。ある日、横浜市内の元公団、1K35平米、50代男性の自殺(浴室で首吊り)の現場に行く。家賃は2年間26,000円/月。彼はここに住むことに決めた。誰かが生きることをやめた場所で生きていく。心理的負担は覚悟の上だ。
「わたしは、上記住宅が特別募集住宅であることを承知し、入居後事故原因に起因して機構に対し住宅の斡旋替え等一切異議は申しません」と印字された専用の入居同意書にも判をついた。ところが入居前に、深刻な事態が発生。夢に出てくるのだ。その部屋で亡くなったという男性が。頻繁に現れた夢の主の姿かたちはよく分からない。自称50代の彼は「あの部屋でいいのか?」と問いかけてくる。
彼の体は何かの力でずるずると引っぱられて、どこかへ連れて行かれる。引越日が近づくにつれて、先住者が登場する夢を見る頻度が高まる。「いいんだな?あの部屋で本当にいいんだな」と念を押され、「だってしょうがないだろ、もう契約しちゃったんだし」とあえて声に出して言う。この現象は先住者のお化けではなく、自分の深層心理を表しているに過ぎないと彼は考える。
彼は幽霊の出現や、自らの死はこわくないらしい。人生21回目の引越しをしてからも、深層心理はしばらく夢に表出したそうだ。フィクションっぽいが。前代未聞のこのレポートは、入居後半年の2012年1月に書かれた。元新聞記者だったという著者の、近隣やゲストへの取材は、思い込みが強いのが鼻につく。問題の住宅に住んでから後の話は、核心から外れていて物足りない。当時はまだ有名ではなかった、「大島てる」への突撃取材は評価できる。
編集長 柴田忠男
image by: Shutterstock.com