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韓国に押された「失格」の烙印。交渉のプロが読む米朝会談の裏側

板門店で実現したトランプ大統領と北朝鮮の金正恩委員長との第3回米朝首脳会談は、直前までの大阪でのG20サミットの話題を霞ませるようなインパクトを与えました。メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』の著者で、数々の国際舞台で活躍する国際交渉人の島田久仁彦さんは、今回の会談で具体的な成果はなく、明らかになったのは、「韓国の文大統領の外交の終焉」だけだったと解説。『トランプ劇場』に翻弄される世界情勢を読み解きます。

板門店で米朝首脳会談。2019年外交の大きなシフト

6月28日から29日にかけて大阪で初のG20サミットが開催されました。 日本外交にとっては、賛否両論ありつつも、無事に議長国としての役割を果たせたと思います。

ただその『成功』に酔いしれ、政府内でhard workを称えあう間もなく、6月30日朝鮮半島からの大きなサプライズが飛んできました。トランプ大統領の訪韓に合わせ、板門店で金正恩氏と第3回米朝首脳会談が開催され、G20の余韻は一発で吹き飛ばされました。まさに『トランプ劇場』の典型例です。

「このサプライズはいかにして“演出”されたのか」「そして、このサプライズは今後の国際情勢にどのような影響を与えるのか」

今回のサプライズに際し、一つ確実に言えることがあるとしたら、残念ながら「韓国そして文大統領は全く関与していない」ということでしょう。29日のG20会合中に、トランプ大統領から「私のTwitter見たか?」と尋ねられ、「はい」と答えたと伝えられていますが、それまで何も知らされておらず、この“工作”に全く関与できていないことが浮き彫りになりました。

そして、面白いことに、頼みに頼み込んで大阪の後、ソウルに立ち寄ってもらい、米韓首脳会談を!と狙っての招待だったにも拘らず、実質的に米韓で話し合われた内容は、正直何もなく、この訪問自体、うまくアメリカに“利用”されてしまいました。

それでも意地からでしょうか。トランプ大統領に付き添って板門店に赴きましたが、米朝の間に入ることはできず、38度線を挟んでトランプ大統領と金正恩氏が握手するという歴史的な瞬間にも立ち会うことが許されませんでした

皆さんも生中継の映像を観られたかもしれませんが、トランプ大統領が韓国側の建物からドアを開けて出た際、後ろに文大統領が控えていましたが、歩き出して自分も2人の首脳に加わろうと思った矢先、目の前でドアを閉じられてしまいました。まるでトランプ大統領から「お前は用なしだ!」とでも言われたかのような瞬間でした。(以前、トランプ氏が司会を務めていたテレビ番組の名台詞「お前はクビだ!(You are fired!)」を彷彿させるような一瞬でした)

この瞬間、文大統領の国内外へのアピールのチャンスの芽は摘み取られ、「仲介役失格」の烙印が押され、今後、朝鮮戦争の終結という場でしか役割がないことを世界に晒してしまいました。これで完全に文大統領の外交は終焉しました。

代わりに「仲介役に躍り出た」と言われているのが、習近平国家主席です。G20に先立ち、平壌を訪問し、金正恩氏と共に中朝間のつながりの確認が行われたところですが、恐らくこの際に金正恩氏から橋渡しを依頼された節があります。

それは、中国の北朝鮮問題担当の数人が、習近平国家主席が帰国した後も平壌に残っていたことからも分かりますし、中国外務省が、29日に開催された大阪での米中首脳会談のロジスティックス調整を行っている際に、ホワイトハウスと国務省に宛てて、『金正恩氏のメッセージと面会の意思』を伝えていた模様です。

その内容が米中首脳会談の場で習近平国家主席からトランプ大統領に伝えられ、それを受けて、トランプ大統領はあのTwitter投稿を出し、具体的な調整に入ったと言われています。

しかし、私は一部に流れている「習近平国家主席が米朝間の仲介役になった」という見解には大きな疑問があります。トランプ大統領の行動パターンを行動心理学的に見ると、習近平国家主席の“仲介”を高く評価して、それに乗っかったというのはないと考えています。 中には、「よくやった!」ということで、トランプ大統領は中国に対する追加関税の発動をしばらくの間停止し、話し合いのテーブルを再設定した、という見解も流れていますが、それも米中双方の情報筋からの情報に鑑みると、「ない」と言えます。

それよりは、もっと単純で、トランプ大統領は、米中首脳会談の席で「俺、最近平壌に行って金正恩に会ってきたんだよね」と言われて(実際はもっとフォーマルだと思いますが)、トランプ大統領は、ちょっとイラっときて、「じゃあ、俺も金正恩に会うもんね。ちょうど韓国にこの後行くし」という感じでの決行だったように思えます。

そして30日、歴代米国大統領として初めて南北の軍事境界線を越え、北朝鮮領に足を踏み入れて、新しい朝鮮半島情勢への第1歩を刻むという歴史的な“快挙”を成し遂げています。常識に縛られないトランプ大統領ならではの芸当がなす業です。 しかし、具体的には成果には乏しいと考えられます。それは、上に述べた急ごしらえの首脳会談の裏側のやり取り(まあ、真意はトランプ大統領にしか分かりませんが)を見てみても、『何か具体的に話し合うために会った』という感じではありません。

ゆえに、合意したのは、「話し合いを継続する必要がある」ということのみで、実質には進歩はないといってよいでしょう。トランプ大統領は「非核化は急がないが、包括的な非核化が行われるまでは制裁は継続する」と厳しい姿勢は崩していませんし、北朝鮮側も迅速に非核化に応じることはなさそうです。(その証拠に、すでに北朝鮮政府はアメリカ批判を激化させています) 恐らく、トランプ大統領からのTwitterでの呼びかけに応じ、板門店で第3回米朝首脳会談を行ったというアピールは国内に対してできたでしょうが(そして、国内で高まる金正恩氏の求心力への疑問の払しょくには役立てたかもしれませんが)、実際には「わー、大変だなあ」とこの後の対応に苦慮していることと思います。

評価できるとすれば、2月末以降停止していた協議が再度スタートするということと、間接的に米中間の摩擦を“和らげる材料”として機能したという点でしょう。しかし、肝心の問題解決(非核化)までの道のりはまだまだ遠いと思われます。

今回の米朝首脳会談の開催を受けて、国際情勢における“重点”、とくにトランプ大統領にとっての外交的な重点が変化したように思います。 3月~6月にかけては、イランに対する非難と圧力を強化し、最近は一時は開戦10分前という状況までエスカレートしていましたが、その背景として、「大統領選までに北朝鮮に係る情勢が進展しそうにない」との憶測がありました。

ゆえに、イスラエルやサウジアラビア、アラブ首長国連邦など、比較的アメリカの対イラン姿勢に支持を得やすい『イランとの緊張関係』を、第1期の外交的成果として選択していたようです。

北朝鮮は一向に言うことを聞かず、最近はアメリカの批判に戻ったし、中国とのせめぎ合いも解決の糸口が見えないとの判断からのイラン“攻撃”だったわけですが、今回、中国の“仲介”を得て、第3回米朝首脳会談を開催でき、また協議のプロセスを再開したことで、国内に対するアピール材料が見えてきたため、再度、ディールメイキングの重点を北朝鮮に移したとも見ることが出来ます。

もちろん、大阪で開かれたムハンマド皇太子(サウジアラビア)との2国間会談の場で、対イランで協調することは確認しますので、イラン問題はアジェンダに乗ったままでしょうが、北朝鮮との協議がゆっくりだとしても進んでいる間は、アメリカからイランへの攻撃はマシになるかもしれません。(ボルトン補佐官がそれで静かにしているとは思えませんが、恐らくトランプ大統領としては、イラン問題はボルトン補佐官に任せ、北朝鮮は自分とポンペオ国務長官という図式なのかもしれません)

今回の板門店での会談は、トランプ大統領のdeal makingという形でのアメリカ外交の焦点がまた変化するきっかけになったことは間違いないかと思います。あとは、「どれくらいのtime span」で「何を具体的に合意する」のかというポイントを、大統領選が本格化するまでにはっきりさせる必要があるのと、それをいかに「アメリカの国内イシューや国家安全保障問題に絡めるか」という戦略の作りこみが大事になってきます。

また、今回の会談の実現を受けて、再度、中国が朝鮮半島問題を左右する立ち位置に復帰したことと、プーチン大統領の「北朝鮮問題はロシア抜きでは解決しない」との発言にもあるように、中ロ間での微妙な緊張関係も再度浮かび上がってきました。

しかし、同時に、はっきりしたことは、朝鮮半島の統一を悲願とする韓国と文大統領は、この“ゲーム”からは完全に離脱した(離脱させられた)という悲しい現実でしょう。

日本にとっても「核の脅威への対応」と「拉致問題の解決」という、対北朝鮮2面外交が本格化するチャンスでもあります。第3回米朝首脳会談が実現したことで、今、北朝鮮側が特段日本を必要とする場面は減ったかもしれませんが、中国に完全に飲まれてしまわないように、もしかしたら、日本をカードとして巧みに利用しに来るかもしれません。

総理官邸も外務省も恐らく先を見た戦略を練っていることと思いますが、アメリカや中国、そして北朝鮮の外交戦略とサプライズの応酬に翻弄されることなく、自らの立ち位置を明確に示しておくことが必要です。もし、これまでのように、後追いの対応になってしまうのであれば、恐らく韓国の様に埋没してしまうかもしれません。 確実に国際情勢における各国のバランスゲームの様子が変化してきています。その変化の波に乗り遅れないためにも、多面的に国際情勢を眺め、戦略的に対応を考えておくことが大事です。確実にこれから年末までの間に、米朝間の協議も、米中間の貿易に関する話し合いも、南シナ海問題も大きな動きを見せることになります。

そして、安倍総理が“仲介役”を買って出たイランをめぐる情勢も、まだまだ国際情勢においては非常に重要な目の離せない事態です。複雑極まりないこの混沌とした国際情勢における外交のかじ取りをどうするべきか、どの国も油断が出来ない情勢です。世界各国は、アメリカも含めて、まだまだ気まぐれな『トランプ劇場』に振り回されるようですね。

次はフランスG7後?「トランプ劇場」の法則

トランプ劇場といえば、ある一定の法則が見えてきました。トランプ大統領が何かしら劇場的な動きをする際には、必ずG7/G20の後だということでしょうか。

第1回米朝首脳会談(@シンガポール)は、2018年6月のカナダでのG7の後でした。そして、時をほぼ同じくして、第1弾の対中貿易関税措置の発動が行われています。

そして今回の大阪でのG20サミットを含む一連の日程では、米中首脳会談を通じて、一応、米中間での貿易に関する話し合いを再度トラックに戻し、急に板門店に赴いて第3回米朝首脳会談を開催し、そして韓国の文大統領を地獄に叩き落しました。

次はフランスでのG7ですが、それまでは、特段、何か大きな動きをすることはないように思います。フランスでのG7の前後、そして、来年、サウジアラビアで開催されるG20サミットの前後、そして、来年、自身が議長を務めるG7。何か大きな動きがあるとすれば、そのタイミングではないかと考えています。

 

島田久仁彦(国際交渉人)この著者の記事一覧

世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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