ホンマでっか池田教授が面白いと思ったグッピーの体色の検証実験

 

グールドはこういった動物たちの多くは、現在の生物とは異なる門に属していたと主張したのだ。もちろん現在の生物と同じ門に所属する動物(例えば、ピカイアは原始的な脊索動物と考えられている)も多く、そうなると、門の数は現在の動物界の37門(分類学者の見解により多少前後する)よりはるかに多いことになる。たまたま絶滅した門はもはや復活せず、例えば、脊索動物の祖先種が運悪く絶滅したとすると、ヒトは現れなかったに違いない。グールドが過激だったのは、多くの場合、絶滅するかどうかは自然選択(すなわち環境に適応できなかった種は絶滅して、適応した種だけが生き延びた)の結果ではなく、運次第だと主張したことにある。

これに対し、バージェス頁岩の化石を実際に研究したコンウエィ=モリスは、グールドの門の数の見積もりは大げさで、実際にはカンブリア紀の門の数と現在のそれは、ほぼ同じくらいだったのではないかと主張した。そうだとすると、カンブリア紀に出現した沢山の門の非運多数死ということはあり得ない話になる。それどころか、コンウエィ=モリスは、進化をやり直しても、進化プロセスは繰り返すので、ほぼ同じような生物が出現するはずだと主張して、グールドの考えに真っ向から反対したのだ。

冒頭に紹介したロソスの本の帯には「進化は偶然か、それとも必然か」と記されているが、時間が一方向にしか流れない現実世界では、この二者択一の問いは意味をなさない。「進化は予測可能か、それとも不可能か」という問いならば、答えようがある。1億年後にどんな動物が地球上を闊歩しているかといった問いには、ペテン師以外の誰もが答えられない。進化が必然だとしても、進化の法則が分からない限り、どんな新奇な生物が出現するかの予測は不可能だからだ。

しかし、同じ遺伝子組成の生物を異なる複数の環境に放してしばらくたつと、この生物が環境の違いに応じて、どのように変化するかを予測することはできるかもしれない。過去の例を調べて、変化パターンに共通性があれば、同じように変化する可能性は高いだろう。もしそうであれば、局所的、短期的な進化は繰り返す場合があると言えるだろう。

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