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日米の勤務医「給与差拡大」の最大理由はこの病気だった

大学病院に数千人もの無給医が存在することが明らかになり問題となりましたが、今後報酬を支払い、働き方改革にも対応していくと、病院経営は非常に厳しいものになると、メルマガ『ドクター徳田安春の最新健康医学』の著者で、現役医師の徳田先生は指摘します。先生はまた、アメリカでは医療費が高額で、勤務医が日本の勤務医の倍以上の報酬を得ていることについて、バブル崩壊後の日本では進行が止まった「経済の病」に原因があると解説しています。

無給医問題と働き方改革でますます厳しくなる病院経営

最近、文部科学省が発表したあるニュースが注目されています。それは、大学病院で無給で働いている医師が全国で数千人もいる、とのニュースです。しかし、このニュースで伝えている無給で働く医師群は日本の大学病院の中では昔から存在しています。ほとんどのケースは、医師免許を持つ臨床系大学院の学生であり、「研究にも役に立つし勉強になるから」との理由で患者さんを診療しているのです。

このような無給の医師兼大学院生は、週何回か「バイト」と呼ばれる診療行為を大学病院以外の病院で行って生計を立てています。しかし、このニュースが世の中にカミングアウトした結果、大学病院はこのような医師たちにも給料を支払わなければならないことになり、人件費が急激に上昇するため、大学病院の経営状況は今後ますます厳しくなるでしょう。無給労働はルール違反なのです。

しかし、大学病院以外の市中病院も楽観視することができません。その理由は働き方改革です。電通社員の過重労働による自殺事件が発端となり、日本全体の労働環境にメスが入ってきています。さらには、過労で鬱状態となった若い医師の自殺事件などもあり、医療現場にも働き方改革が導入されつつあります。医師数を十分に確保できない病院は、国の定める新しい働き方のルールを守ることができなくなり、病院の役割を担うことができなくなる可能性もあります。

米国の医師の年収はなぜ高いのか?

日本には無給の勤務医がたくさんいることが世の中に知れ渡りましたが、米国ではどうなっているのでしょうか?私は国際共同研究を行っているため、米国人医師と話をする機会がよくあります。最近、懇親会の席で給与の話になりましたので、単刀直入に尋ねてみたことがあります。

勤務年数と診療科によって異なりますが、米国人勤務医の平均年収は日本円換算で3000万~4000万円程度はあります。日本人医師の給与と比べると倍以上です。脳神経外科医や整形外科医などには、8000万円程度ももらっている医師もいます。日本には無給の勤務医がいる一方で、アメリカには8000万円ももらっている勤務医がいるのです。

アメリカの医師の給料はどうしてこんなに高いのですかと私は尋ねました?ある米国人医師の説明では、子供の教育費が高いから、とのことでした。子供がお二人いますが、両方とも大学に通っており、その学費がやたらに高いとのことでした。私自身も約15年前にハーバード大学の大学院に1年間留学しましたが、そのときの学費が高額であったことを記憶しています。奨学金を借り、帰国後約10年かかってやっと返済することができました。

アメリカの医療費が高い理由。ボーモルのコスト病

私の家族が、先日アメリカに滞在中に口内炎を発症し、ある病院の外来を受診しました。1回きりの受診で幸い良くなりました。その時の外来の医師も親切に対応してくれたとのことで私の家族も満足はしていました。しかしその後、私のもとに約10万円もの医療費の請求書が届きました。旅行者保険に入っていたために、全額保険から支払うことができましたが、もし加入していなかったら全額自己負担となっていたところでした。

アメリカの医療費は対GDPで世界一高いことは有名です。しかしその原因についての評価には間違った説が米国内の論文でもよくみられます。医療機器や事務管理、医療過誤保険の費用が増大したのが最大の原因だ、などの論調が多いですが、これらはマイナーな理由です。最大の原因としての正しい診断は「ボーモルのコスト病」です。この病気によって、医療従事者の給料が高くなり、アメリカの医療費が高くなっているのです。

ボーモルのコスト病は資本主義経済でコモンにみられるものであり、経済学者のボーモルとボーエンが1960年代にすでに指摘していた疾患です。芸術分野では、クラシック音楽を演奏するのに必要な演奏者の数や、ある演劇を実演するのに必要な舞台役者の数は、昔も今も変わらない、つまり生産性は上がりません。しかし、資本主義における労働市場の性格上、低生産性の分野であっても、賃金の上昇は避けられず、コストは増大してしまうのです。

芸術分野以外では、代表的な生産性の上昇がみられにくい産業には、教育と医療があります。ここで言うところの低生産性とは、人員削減を行うことが困難であり、労働集約的産業セクターだからなのです。生産性をアップさせた産業における知的労働者の給料が増えた結果、そうでない産業セクターである教育と医療における知的労働者の給与もそれに引きずられるかたちで増えていったのです。アメリカでは子供の教育費が高いから勤務医の給与が高い、というのも因果関係ではなく、両方とも同じ病による結果なのです。

さて、バブル崩壊後、日本の産業は全体として生産性を上げることができませんでした。そのため医師の給与も上がらなかったのです。日本経済は、この病気にかからなくてすんだのですが、そのせいで勤務医の年収は勤務内容に比べて低くなっています。アメリカ臨床留学に行った多くの日本人医師が日本に帰国せずに、アメリカの病院で勤務し続けようとする理由は、この給与差にもあります。

文献:Eric Helland, Alexander Tabarrok, and the Mercatus Center at George Mason University. Why Are the Prices So Damn High? Health, Education, and the Baumol Effect. 2019. E-book.

image by: Shutterstock.com

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