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軍事アナリストが評価。災害対策訓練中止を告げた某県知事の意図

地方自治体では通常、9月1日の防災の日に実施される総合訓練の少し前に、災害対策本部の運営訓練が行なわれています。そんな中、ある県の「本部運営訓練中止」という出来事について、主宰するメルマガ『NEWSを疑え!』で紹介するのは、防災の専門家でもある軍事アナリストの小川和久さんです。小川さんは、突然の出来事に際しどう調整し対応するかは、災害時に必要な能力であると、早速自身が関わる静岡県の訓練にも採用。意識向上を求めていくと決意を新たにしています。

訓練中止!

9月1日の防災の日を前に、全国で防災訓練が行われる季節となりました。私が関わっている静岡県でも、8月23日に(災害対策)本部運営訓練、9月1日に総合防災訓練と、例年通りのスケジュール感で進められています。

そういう中、ある県で知事さんが県職員を青ざめさせるような号令を発して、関係者の注目を集めています。なんと、本部運営訓練の直前になって「中止」を命じたのです。その理由は、毎年同じような「スケジュール闘争」になっていて、なんのリアリティもない内容だから、訓練をやる意味がないというものでした。

県庁中に激震が走りました。なにしろ自衛隊、警察、消防、海上保安庁、DMAT(災害派遣医療チーム)、電力会社、鉄道会社、電話会社、米軍など、訓練に参加する機関に迷惑がかかるからです。先方になんと言えばよいのか、といったところから頭を悩ますことになりました。知事さんは、ある目的を持って、その様子をじっと観察していました。どんな目的だと思いますか?

県職員の災害への即応能力、対処能力を試し、観察していたのです。柔軟に考えれば、容易にわかることですね。県知事の中止命令を突然降りかかってきた大災害だと考えれば、関係機関へのお詫びひとつとっても、大災害時の調整能力のレベルが現れてくるものです。知事は、中止命令を出すことによって、その点を試すばかりでなく、実際に則した訓練を実施したのです。

この県の本部運営訓練は、県職員が必死になってお詫び行脚に走り回り、再調整し、新しいシナリオで実施されることになりましたが、またとない訓練になったと思います。

この知事さんは明確な思想と哲学を持っており、「いくら地方自治だといっても、知見と能力を持っていない市町村に危機管理を丸投げしていては、住民を守ることはできない。県が口も出し、手も突っ込まないと県民は命がいくつあっても足りなくなる」と、東日本大震災後、津波の危険が予測される市町村への対策を一気にやってのけました。この県は、防災先進県と言われてきた静岡県を抜いて、いまでは日本一の防災先進県になっていると思います。

そこで、私も静岡県の本部運営訓練の前日、危機管理部の会議の席で言ってみました。「明日の訓練は中止」。私から事前に耳打ちされていた危機管理監を除いて、幹部全員が凍り付いてしまい、重い沈黙が支配しました。「さあ、どうする」。

ややあって、最高幹部の一人が言いました。「既に準備している自衛隊などとの調整が大変です」。私は、「中止命令を災害だと思えば、対処しないわけにはいかないだろう」と答えました。知事が中止命令を出さなくても、ほかの理由で中止になる場合もあります。そのときと同じように対処すればよいのです。

中止命令が冗談だと明かしたあと、私は災害に置きかえて考えることの重要性を説明しました。さきほどの最高幹部が「人災ですね」と苦笑いしながら呟いていましたが、人災も災害です。対処できないでどうするのかという点が問われています。

これが自衛隊だったら、迷惑そうなニュアンスで「人災」などと言わず、「奇襲」と表現するところです。奇襲対処は本来の任務ですから、不意打ちに堪えられなければ存在意義を問われます。

さあ、これから静岡県の訓練の中身がどのように変化していくのか、嫌がられながら、意地悪く見守っていきたいと思います。(小川和久)

image by: Rikujojieitai Boueisho [CC BY-SA 3.0], via Wikimedia Commons

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地方新聞記者、週刊誌記者などを経て、日本初の軍事アナリストとして独立。国家安全保障に関する官邸機能強化会議議員、、内閣官房危機管理研究会主査などを歴任。一流ビジネスマンとして世界を相手に勝とうとすれば、メルマガが扱っている分野は外せない。

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