人前で話すあらゆるシーンに役立つプロの技を伝えてくれるメルマガ『話し方を磨く刺激的なひと言』の著者で、アナウンサー歴30年の熊谷章洋さん。「話し方の表現力を上げる5つのアプローチ」シリーズ、今回のアプローチは「口調を操る」です。口調を意識することでバラエティに富んだ話し方ができるようになり、話すこと自体を楽しめると、「デパートのアナウンス口調」から「志村けんのバカ殿様の口調」まで分析し、解説しています。
口調を自在に操る話し方の技術
話す内容の良し悪し、完成度に関係なく、表面的な「しゃべりの技術」によって、話し方の表現力を上げる5つのアプローチをご紹介しています。今回は、アプローチその3、口調を操ること、です。
口調とは何か?その意味を辞書で調べても、「ものの言い方の様子」ぐらいの説明しかありません。一見、とても大雑把な説明のようにも感じますが、確かに、その話しぶりとでもいいましょうか、聞き手の目と耳で捉えられる話し手の印象、そのほとんどが口調とも言えるわけで、辞書としては、いろいろな形で無限に存在しうる話す様(さま)を、うまくまとめた表現なのだろうと思います。
言葉の意味を細かく厳密に定義するのも、辞書の役割ですが、最大公約数的な言葉でまとめるのも、辞書の意義のひとつですからね。それに加えて、辞書が書けないような表現で、私が補足を入れるとするならば、口調とは、「〇〇口調」というように、その口調を表現する何らかの修飾語が付けられる、全ての口ぶり、話しぶりのこと、だと思います。
では、どういう口調があり得るのか、「〇〇口調」の〇〇に入る言葉を、ちょっと想像してみましょう。
常識的、慣用句的な言い回しとしては、冷静な口調、快活な口調、ちょっと怒ったような口調、媚びるような口調、何かを隠すような口調、男らしい口調、恫喝するような口調、押し殺したような口調、懐かしむような口調…。
これらは、話し方と親和性の高い修飾語が付いたものですが、それだけでも、無限にあり得ますよね。ここで何が言いたいのかと言いますと、このような、言葉になる口調、イメージできる口調は、全て、再現できるということ。
つまり、自分の話し方の技術のなかに、思いつく限りすべての口調を取り入れることができる、ということです。こんなにバラエティー豊かな話し方が、あり得るんですよね。あなたはどのぐらい、使えていますか?
口調を操ることで、できること。それはもちろん、話の雰囲気を作って盛り上げるための演出であり、どういう口調を使うかで、その人のキャラクターを確立し、その個性を聞き手に印象付けたりすることができるわけですが、話す自分が楽しめるという意味でも、口調の使い分けはとても意義のあることだろうと思います。
話すことのプロであろうと、なかろうと、意図的に、さまざまな口調を使い分けられるならば、それはひとつの楽しみ、喜びになるのではないでしょうか。
さて次に、「〇〇口調」の〇〇に当てはまる、重要ジャンルのひとつは、具体的な職業や、人名だと思います。
例えば、「デパートのアナウンス口調」であれば、
- 声は高くて細め
- 発音は機械的ではっきり
- 母音を伸ばして館内に響かせる
- 抑揚を大きく
- 語尾を上げるイントネーション
- 甘い、優しい
- です、ます、ございます、申し上げます、ませ~
- 最後の音を半音上げる…
などの特徴がありますよね。
それに対して、「野球場の場内アナウンス口調」は、デパートに似ていますが、
- 声が中音域で太め
- 発音がキリっと歯切れが良い
のがスポーツらしいところ。
デパートも野球場も、広いスペースに響かせるアナウンスメントであるという性質上、母音や語尾が響き渡る時間は、次の言葉を被せられないため、必然的にああいう口調になるのだと思います。
また、話し方に特徴が出やすい職業、「男性ソムリエ口調」では、
- 声は中~低で太め
- 強弱のメリハリ
- 高低のメリハリ
- 声帯にピンポイントに当て過ぎない、柔らかい丸い声
- 専門用語
- 国際性を感じさせる口ぶり
- です、ます、ございます
- うやうやしさ
- ディテールの表現
- 自信、朗々とした話しぶり
- 豊かな表情を伴う…
なんとなく、このような共通のイメージがありますよね。
ソムリエさんが、だいたいこのような話し方になるのも、理由があって、まず、比較的至近距離で主に少人数に対する接客をすること、その客層が客単価の高い富裕層中心であること、ワインという西洋文化に通じていること、そしてその知識の披露も味の内であること、自分が管理しているワインをオススメするという、プレゼンに慣れていること、見せることを意識していること、論理的でありながら、味覚などの情感も豊かに言語化すること…など。
こういう共通の環境があるからこそ、口調も似通ってくるわけですね。そして、専門用語など、使う言葉の傾向も、口調を構成する大きな要素になっていることがわかります。
さらに、〇〇口調の〇〇に、個人名が入れば、それこそ、人の数だけ口調がある、ということになります。例えば、「誰々先生の口調」。小学生の頃は、真似のうまい子がいましたよね。「誰々部長の口調」。同僚の仲間内で再現されることがありますが、本人に聞かれたら、大変ですね。
そして、芸能人の誰々みたいな口調。「志村けんのバカ殿様の口調」であれば、声は甲高く張って、口の形を、半開きで歪めがちにしつつ、舌がべろんと見えるぐらい出しながら、わざと滑舌を甘くして曖昧に発音、なおかつイントネーションを訛りっぽくすることで、いかにも、おつむの弱い子供がそのまま大人になってしまったような役作りをしているわけですね。
もちろん、使う言葉、言い回しも、その役にふさわしいものが確立し、それらトータルで、バカ殿様というキャラクターの口調となっていたわけです。そして、その口調の特徴が際立っていたため、子供たちが真似をする、ということですね。
最後に、おまけです。「〇〇口調」というのは、言い換えれば、まるで〇〇みたいな話し方、というような、その人の話しぶりの喩え、比喩表現、と言うことも可能だと思います。
では例えば、比喩表現が巧みな人気作家、村上春樹さんの小説には、どんな口調が、どんな言葉で表現されているのか、いくつか挙げてみることにしましょう。
「もしもし、」と女が言った。それはまるで安定の悪いテーブルに薄いグラスをそっと載せるようなしゃべり方だった。~『風の歌を聴け』
私、あなたのしゃべり方すごく好きよ。きれいに壁土を塗ってるみたいで。~『ノルウェイの森』
「可哀そうな人」と彼女は言った。まるで壁に書かれた大きな文字を読み上げているような声だった。~『国境の南、太陽の西』
いかがですか?解説は野暮ですね。
先に述べたように、〇〇口調は、イメージ出来たら、再現できる話し方です。「壁土をきれいに塗るような、口調」。なるほど、こんな話し方かな~なんてイメージして、実際に誰かに試してみる、なんていうのも、遊び心のある取り組みかもしれません。
村上春樹の小説に出てきそうな話し方、なんだか、漫才のネタになりそうですね…。
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