軍事アナリストが期待を寄せる「日中トラック2」という安全装置

 

もちろん最初は、互いに相手に関する知識が不足しており、認識もちぐはぐで、議論がかみ合わないことが少なくありませんでした。しかし、何度か交流を重ねるうちに問題点や論点が整理されていきます。たとえば台湾問題は、互いの主張が一致することはないにせよ、このあたりまでは歩みよることができる、という落としどころがわかってきます。中国側は自衛隊の訓練を見て練度の高さに驚きますが、同時に『自衛隊は右翼集団』という思い込みも捨てることになるわけです。

トラック2は、最初から試練を迎えました。2001年4月、中国側が来日しているのと同じ時、台湾の総統を退任した直後の李登輝氏が心臓手術のために来日し、倉敷の病院に入院したことがあります。このとき中国側は激怒し、日本を訪れていたビジネス関係やスポーツ関係の使節団をすべて帰国させました。しかし、人民解放軍のグループだけは当初の予定通りに行動し、最初に呼び戻されてしかるべき軍人たちだっただけに、中国側の抗議が国内のナショナリズムを意識した政治的ポーズなのだとわかりました。

そんな日中トラック2も、中断したことがあります。1回目は、2010年9月の尖閣諸島中国漁船衝突事件のあと、中国側が10月の来日予定をちょっと延期したいと連絡してきたからです。これには笹川さんも烈火の如く怒り、『どんなことがあっても中止しないという約束ではないか。尖閣衝突事件ごときで延期したいとは何事か!』と、中止を宣言したのです。その後2011年7月、来日した馬暁天・副総参謀長が笹川さんに謝罪し、再開されることになりました。しかし、2012年9月に民主党の野田佳彦政権が尖閣諸島を国有化し、中国側からの「時期が悪いので延期したい」との申し入れに、笹川会長は廃止を宣言するに至ったのです。

むろん、日中双方ともトラック2の重要性を踏まえ、様々なチャンネルから再開を模索してきました。笹川平和財団日中交流基金のホームページは次のように記しています。

「2012年まで11年間継続し、政治関係の悪化により中止となった日中防衛関係者の交流を再開しました。自衛隊と中国人民解放軍の佐官級幹部が毎年1回、相手国を訪問します。陸海空部隊の視察、国防政策の講習、防衛関係者や民間人との意見交換、企業や農村の視察、歴史・社会・文化研修などを行い、相互理解と親善に努めます」

今年は、上記の中国側の来日に先駆けて防衛省・自衛隊の代表団(団長・栗田高明1等空佐)が4月16日から25日まで中国を訪問し、中国人民解放軍の基地などを視察し意見を交換しました。この日中トラック2を、世界平和になくてはならない大きな幹に育てたいと願っています。(小川和久)

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地方新聞記者、週刊誌記者などを経て、日本初の軍事アナリストとして独立。国家安全保障に関する官邸機能強化会議議員、、内閣官房危機管理研究会主査などを歴任。一流ビジネスマンとして世界を相手に勝とうとすれば、メルマガが扱っている分野は外せない。

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