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香港には介入せず、台湾を睨む習近平の中国。問われる日本の戦略

長引く米中貿易戦争、一国二制度を揺るがす香港デモなど、習近平の指導力の低下が疑われていますが、建国70周年の国慶節での様子からそれらの噂は完全否定されたと見るのは、メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』の著者で国際交渉人の島田久仁彦さんです。島田さんは、その確固たる習近平体制の元で中国が目指すOne China、One Asia構想を解説。独自情報を元にした香港、台湾への対応を示唆するとともに、日本も態度を明確にすることが必要と訴えています。

習近平が目指すもの:アジアの盟主へのシフトチェンジ

10月1日、中華人民共和国が建国から70周年の節目を迎えました。米中貿易戦争の影響が長引き、習近平国家主席の指導力に陰りが出てきたのではないかとの噂を完全に否定するかのように、国慶節の一連の行事において、習近平国家主席による全権力の掌握と未来に向けた自信が窺える機会になったとの印象を持っています。

その典型例が、天安門広場で開催された大規模な軍事パレードです。今回、アメリカへの警告として発表されるのではないかとされたICBM(大陸間弾道ミサイル)である東風41ミサイルも披露されたほか、極超音速のミサイル(アメリカの最新鋭の防衛システムをしても検知できないほどの速さで、飛行速度はマッハ5を超えるとのこと)なども披露され、中国が確実に軍事大国(現時点でアメリカに次ぐ第2位)に成長している姿を世界に発信しました。

この軍備および総力200万人と言われる中国人民解放軍の圧倒的な実力の誇示はもちろん、式典に江沢民・胡錦涛元国家主席を左右に従えて登場した姿は、国内外に習近平体制の完成、特に軍部の完全掌握を印象付けています。それを確実にしたのが、軍事パレードの儀仗隊が最初に掲げた旗が、これまでのように国旗や軍旗ではなく、中国共産党旗であったことで、共産党による軍の支配を確実にしていることを示しています。

軍事パレードが国内外に示したメッセージは、いくつかありますが、アメリカへの牽制という側面以外に、ウイグルや香港で進む民主化運動の“抑圧”への覚悟と、香港と同じ『一国二制度』の適用を通じた、近いうちの“台湾統一”への意欲の表れという意味合いも含んでいると思われます。

また台湾を含む“周辺国”に圧倒的な実力差を示すことで、中国への対決姿勢を牽制し、中国を中心とした“第2の勢力圏”の形成への覚悟を見ることができました。アメリカ中心の覇権に替わる第2の勢力圏への道についてはこのコーナーの最後で再度触れるとして、ここでは香港、ウイグル、そして台湾をターゲットにした“民主化運動への徹底抗戦”の観点について、もう少し掘り下げてみたいと思います。

まず、今回の香港における民主化デモは、香港行政府による犯罪人引渡(逃亡犯引渡)条例案への反対が起点となり、途中、香港国際空港の閉鎖や地下鉄駅の閉鎖など、結果的に香港の国際経済における信用性を没落させる結果を招きました。ロンドン証券取引所と香港証券取引所との合併・協業の話も、今回のデモによる混乱で、無期限延期になっていますし、香港訪問の外国人観光客数も今は激減しており、香港経済を苦しめています。

一国二制度の下、この負の状況は、中国(北京)政府も憂慮すべき事態となっているかと思いますが、対岸の深センに大規模な人民解放軍および武装警察隊の派遣を行った以外は、目立った介入は行っていません。非常に不可解に思われますが、これはどうしてでしょうか。

様々な情報筋からの情報を分析すると、「これは香港での出来事として、対応は香港の行政府に任せ、あえて北京としては手は出さない」という方針のようです。深センに大規模な部隊を派遣していましたが、その規模は、今や縮小の一途をたどっています。

そして今回の発砲事件の余波が、仮に香港行政府が実力行使に踏み込んででもデモを終わらせるという暴力的な結末であったとしても、北京は口も手も出さない、というのが私の見解です(まあ、“懸念”は表明するでしょうが)。

その背景には2つのポイントがあるのではないかと思います。1つ目は、香港が英国から返還された約束の項目に『今後50年は香港政府の自治を認める』という条項がありますが、これを逆手にとれば、「いずれ香港は、完全に中国に返ってくる」という認識が北京にあります。

ゆえに今は、香港で起こっていることに対して、あえて距離をとり、あくまでも香港行政府に今回の責任を負わせることで、国内外情勢において、中国共産党支配体制に与える悪影響を最小限に抑えるというリスクマネージメントが行われているように思われます。

時折、懸念を示すことで、ウイグル自治区などへの牽制は行っていますが、英国との“約束”に縛られている今は、中国による香港への実力行使はぎりぎりまで控えるのではないかと考えています。習近平国家主席への批判として、「彼には強硬手段に訴える勇気はない」とのものがありますが、私は、綿密に練られた中長期的な戦略に基づいた『意図的な非介入』だと考えます。

2つ目は、予想以上に早く進んだ上海の成長です。特に国際金融センターとしての上海および証券取引所の成長は著しく、返還時、北京政府が香港に期待していた『中国経済の国際化のハブ』という役割を果たせるのではないかと思われるレベルに成長しました。それが今回のデモを受け、北京からすると、香港の凋落は惜しいが、同時に上海の成長ゆえに、危機的な状況ではないとの分析があると聞きます。

そして、先述のロンドン証券取引所と香港証券取引所との合併・協業の無期延期の背景には、ロンドン証券取引所からすれば、すでに香港に当初期待していたアジアマーケットへのアクセスポイントとしての役割は、十分上海で果たすことができているのではないかとの思惑もあるようです。

中国のメディアでは「今回の香港での一連の騒動は、アメリカによって仕掛けられた対中ゲームだ!」との批判を行っていますが、いろいろな状況に鑑みると、もしかしたら、上海の勢力による仕業ではないかとの陰謀論にも似た分析もできるのではないかと思われます。

実際の意図はわからないにせよ、不思議なぐらい、今回の香港でのデモからは、北京政府は距離を置き、国際的な批判をかわそうとしているように見えます。

しかし、香港への介入の代わりに台湾に対する態度は硬化させる見込みです。国慶節のスピーチでも明言されたように、習近平国家主席の中国は、そう遠くないうちに台湾を統一し、『一国二制度』によるOne Chinaを目論んでいます。スピーチの中では年限については触れませんでしたが、習近平国家主席周辺の情報によると、2020年までに、香港と同じく、一国二制度を固定させる動きに出るのではないかとの見解も出てきています。

もちろん台湾政府および“国民”は激しく反発し、その結果、対中強硬姿勢の与党・民主進歩党から再選を目指す蔡英文総統が、来年1月に行われる総統選挙に向けて優位を保つ(取り戻す)という事態になっています。今後、この総統選挙に向けて、北京政府がどのような工作を行ってくるかは、現時点では分かりませんが、来年1月、誰が台湾を率い、中国と対峙するのか、目が離せなくなってきました。

しかし、先日のソロモン諸島やサモアなどが相次いで台湾と断交し、中華人民共和国と国交樹立を行っている事実は、確実に台湾の外交力を削ごうという北京政府の策が見事に当たっている証拠とも取れますので、新しい総統の国のかじ取りは、かなり困難なことになるでしょう。

ちなみに、今回、軍事パレードで圧倒的な軍事力を誇示したのは、香港、ウイグル、そして台湾への軍事的な絶対優位を印象付けていますが、同時に、香港、ウイグル、台湾からの対中反発を強めていることも事実で、それぞれ国連や他の国際社会などを巧みに巻き込む努力をしていますが、中国政府にどこまでのインパクトを与えられるかは不明です。

ここまでの話だと、確実に習近平国家主席による集権体制は完成に向かっており、かつ中国が抱く世界的な覇権への飽くなき欲望が、批判を受けつつも着々と進んでいる様に見えますが、本当にそこまでネガティブな話なのでしょうか。先日、たまたまですが、習近平国家主席による演説を聞く機会があり、正直、「習近平体制そして中国は、もうNext Stepに進んだな」と感動にも似た印象を受けました。

アメリカのトランプ大統領が進めるAmerica Firstに代表される『自国第一主義』は、メキシコやブラジル、ハンガリー、チェコなど、じわじわと国際協調体制を蝕み、第1次世界大戦や第2次世界大戦前夜の世界のように、ブロック化する状態が進む中、今年に入り、習近平国家主席の演説は「中国のみの利益だけではなく、どうしても欧米に軽んじられてきたアジア全域のために中国がリーダーシップを発揮する。その覚悟にあたり、中国は、日本や韓国、北朝鮮、そしてアジアの周辺国と手を携えてアジアを一大勢力圏にするために全アジアのリーダーとして邁進する」との覚悟表明に近い内容だったように聞こえました。

この『中国によるリーダーシップ』という概念に反対するアジア諸国は多いかと思いますが、今年に入って日本を友好国と公言し、激化する日韓問題においても、真意はわかりませんが、常に日本サイドについている気がします。

日本からの“返答”は特にありませんが、今後、「中国とどのように付き合っていくのか」、「そしてアメリカとどう付き合っていくのか」という日本外交の根幹ともいえる方針を急ぎ立てておく必要があるように思います。

韓国に対しては、すでに文政権は見放していますが、習近平国家主席の中国が抱く大アジア構想には欠かせない“パーツ”として、政府内の友人の表現を借りると、韓国に止めを刺さずに生かす働き掛けは行うようです。

北朝鮮に対しては、金体制の後ろ盾としての地位を固めることで、今後、朝鮮半島がどのようになろうとも、確実に中国の勢力下においています。 トランプ大統領のアメリカが、実質的に朝鮮半島に対する関心を失っていることもあり、これで朝鮮半島に対する中国の“影響力(支配力)”は確立される方向に進んでいます。そして、朝鮮半島の南北が統一される暁には、38度線は、対馬海峡まで下がってくることになるかもしれません。

ほかのアジア諸国については、一帯一路の背後に隠れた中国の思惑への解釈の違いで、中国に阿るカンボジアやラオスという親中国諸国と、フィリピンやベトナム、インドネシアという南シナ海問題を抱える反中国グループ、そしてモルジブなど、すでに中国経済圏に組み入れられた国々で、中国に対する感情は異なりますが、「アジアはこれまで長く欧米に軽んじられ、常に見下されてきた」という“認識”については、習近平国家主席の中国に共感している様子を、最近、よく耳にします。

アメリカとの貿易戦争で真っ向から対峙する中国。世界第2位の経済力を用いて、『一帯一路』政策の下、アジア、アフリカにつながる中国経済圏の帯を作ろうと邁進する中国。実際に使わることはないと思われるが、ひたすら軍備を拡張し、更新していくことで、軍事大国としての地位も確立しようとする中国。そして、One Chinaを足掛かりに、周辺国も“束ねた”共同勢力圏としてのOne Asia構想を今後実現するために邁進する中国。

その中国といかに付き合い、混乱を極め、すでに絶対軸が存在しない国際情勢の中でどのような役割を果たすのか、日本としても急ぎ国家的な戦略を準備しておく必要があると私は強く感じています。それは『米国か中国か』という二者択一ではなく、いかに日本独自の位置取りを決めて、国際情勢の中で存在を示すのか、私もしっかりと考えておきたいと思います。

image by: Gil Corzo / Shutterstock.com

島田久仁彦(国際交渉人)この著者の記事一覧

世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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